4.動き出した歯車

文字数 15,424文字

 明かりの消えた部屋の中。様々な研究機器に囲まれ、彼女は頭を抱え、涙にくれていた。
「私の計算は完璧だった。なのに、どうして?どうしてセトには感情が、自我が、心がないの?どうして……どうして……」
 リノリウムの床に散らばった紙の上に座り込み、彼女はただそれだけを呟き続けていた。
 全てを捨てて、ここまでやって来た。しかし、その結果は精巧で緻密な素晴らしいアンドロイドを作り出す技術を彼女に与えただけだった。どんなに周囲から賛辞を与えられても、彼女の望むものは何一つ手に入らない。
 嗚咽を漏らし、泣き崩れた彼女の上に青く煌めく光が降る。
 それからどれだけそうしていただろうか。
 泣き疲れ、無気力になった彼女の耳に、かさりと紙の音が届く。
「……本物と見間違う程の素晴らしい人型ロボット。だが、人の外見をしているだけで、あなたの人型ロボット(大切な人)は人ではない。人になるには、明らかに足りない。心が」
 その言葉に反応し、彼女の首が声の聞こえた方へとゆっくり向いた。
 そこには。細い目と口を弧の字型に曲げた、藍色の生地に銀色の繊維が走るスーツ姿の男が立っていた。手には、床に散らばっている紙の一枚が拾い上げられていた。
「……誰?」
 力のない声で、彼女が問う。
 ここは彼女の研究室。関係者以外の立ち入りを禁止している筈だった。
「あなたの望みを、叶える術を持っている者です」
「私の、望み?」
「はい」
 男が、ゆっくりと頷く。
「あなたの望みは、私共の望みでもあるのです」
「……アンドロイドに心を与えることが、あなたにはできると言うの?私にさえ、出来ないことを?」
 男の頭からつま先まで眺めて、彼女は低い声で問う。
 どこからどう見ても、自分と同じ研究者には見えない。そんな得体の知れない男が、自分にできないことを出来ると言う。
「ふ……あはははっ。あはははははっ!あなたが?あはははっ!!あぁ、可笑しい!」
「はい」
 あまりに人のことを馬鹿にした発言に、彼女は笑った。力のない笑顔に、狂気と怒りが入り混じる。それでも、男は貼り付いたような笑みの顔を崩さない。
「……」
「……」
 笑みを消し、彼女はじっと男を睨みつけた。視線だけで、彼の心の内を探るように。
 崩れない笑み。物怖じしない態度。自信に満ちた声と仕草。それら全てが、嘘をついている人間のするものではない。
「……何が望みなのかしら?」
 視線を男から青く煌めく天窓へと向ける。彼女の瞳に、青い光が灯り揺らめく。
「ご理解が早くて助かります。もちろん、あなたのその研究手腕を私共のために、使って頂きたいのです」
「私に、何かを研究しろということかしら?あなたたちのために」
「はい。相田(あいだ)博士、あなたは…機械に人の心を与える、宝石の存在をご存知ですか?」
 ぴくりと、彼女の肩が震えた。
 ゆっくりと、顔が男へと向く。その顔は、驚きと期待、そして疑いの間で揺らいでいた。
「いいえ。詳しく、話を聞かせて頂戴」
 彼女の答えに、男の顔が初めて満足げに歪んだ。
「分かりました。では、一緒に来て頂けますね?」
 男の問いかけに、今度こそ彼女は頷き立ち上がる。
 心を、手に入れるために。そのためならば例えこの男が、悪魔だったとしても構わない。
 先程まで、悲しみに暮れ絶望に沈んでいた彼女は、もはや何処にもいなかった。

  * * * * *

 明け方。
 ドンドンと言う戸を叩く音で、ニアは意識を浮上させた。
「……うあ?は…い……」
 半分眠ったまま、手に持っていた銀色の棒をへろへろと振るった。
『かしこまりました』
 男とも女とも取れない機械音声が了解を告げ、ニアは自分の身体が物凄いスピードで揺らされ運ばれて行くのを感じた。
「んー…?んう?」
 バキッ!と言う木製の何かを破壊する音が聞こえ、ぼやけた視界を色々なものが猛スピードで通り過ぎて行く。何だろうと何度か瞬きを繰り返し、それがいつものラボ内の景色だと気づいた。
「…あ、あ~…そっかぁ……」
 昨晩。ウメコ三号の改造終了と同時に意識が飛び、そのままウメコ三号に寄りかかって眠ってしまったことをニアは思い出した。起き上がろうとして、急にウメコ三号が動きを止めた。
 それと同時に響く破壊音と、ニアではない誰かの悲鳴。
 ニアはといえば、叫ぶ間もなく板張りの床へと投げ落とされていた。
「いたた……。なんだと言うのだ、急に――」
 ぼやきつつ身を起こしたニアが見たものは、ラボの玄関扉を外側へとなぎ倒したウメコ三号の姿だった。
『おはようございます。ご用件をお伺い致します』
 態度だけは礼儀正しく見本のようなお辞儀だが、その足元では扉ごと踏みつぶされたスーツ姿の男性が一名のびていた。そして、そんなウメコ三号に恐れをなしてか、遠巻きに見守る来訪者らしきスーツ姿の女性が一人と男性が三人いた。
広がる光景に、目を瞬かせるニア。
 ふと自分の手に握られている銀色の棒を見て、合点が行った。
「ああ、なるほど。寝ぼけて僕が、この棒を振ったのか」
「な、何なのこの家は!こんな所に本当にマリはいるの?!」
 怒鳴り声にそちらを見れば、スーツの女性がウメコ三号を指さし眉を吊り上げ体を震わせていた。
「ん?マリ君の知り合いか?」
 寝ぼけた頭を掻きつつ、ぽつりとこぼす。真っ直ぐなニアの黒髪には、寝癖は一切つかない。ずぼらなニアにとっては、有難いことだった。
「ちょっと、そこのあなた!」
 腕を組んだ女性の視線が、ウメコ三号から背後のニアへと向く。ニアは自分を自分で指さして、そこのあなたがニアであることを確認してみる。
 まどろっこしいやり取りに、女性の表情が険しくなる。
「そうよ!この状況で一体あなた以外、誰がいると言うの?!」
「あはは。それもそうですね。申し訳ない、ちょっと寝起きで頭が上手く働かないもので……」
 へらりと笑うニアに、女性のイライラは余計に増したようだった。
「……まあ、いいわ。それより、あなたこの家の人?マリは、伊利マリはいるかしら?」
 女性はため息と共に怒りの感情を一旦心の端に追いやると、切れ長の目を更に細めてニアを見た。ニアは立ち上がり、白衣の埃を払った。しかし、ズボンの埃はそのままである。
「ふむ。その質問に答える前に、どちら様かお尋ねしても?」
 白衣のポケットに両手を突っ込み、ニアは首を傾げた。
「伊利カスミ。マリは私の娘よ」
「なるほど。お母様でしたか」
 納得して、ニアは頷いた。
「ええ、いますよ。まだ、寝ていると思いま――」
「失礼するわ」
 ニアの言葉が終わる前に、女性はウメコ三号とニアの横をすり抜け家の中へと入った。
「あ、ちょっと……」
 ニアが止めようと伸ばした手が、虚しく空を掴んだ。
「きゃあっ?!」
 カスミの悲鳴が直ぐ横手から聞こえ、ニアはそちらへと視線を向けた。そこには、ウメコ三号の逞しく設計された両腕によって、拘束された彼女の姿があった。ニアの手が届くよりも先に、ウメコ三号が腰から上を半回転させ彼女を摘み上げたのだ。
『お客様。主の許可なく住居への侵入は御遠慮下さい』
「ちょっと、何なのよ!本当にこの気持ち悪いロボットは?!離しなさい!!」
 どんなに暴れても、機械の腕から逃れることは出来ない。掴まれた腕を叩いてもそれは同じだった。
「もう、何なのよ!」
「すみません。ここには家主の僕にとって大切なものが多いので、無断で侵入を試みるやからは拘束するようプログラムされているのですよ」
「説明はいいから、早くこのロボットをなんとかしなさい!家主なら、あなたがこのロボットの主人なんでしょう?!」
 頭を掻いて説明するニアに、カスミがヒステリックに叫んだ。それに、腕を組んで考え込む。
「うーん。でも、拘束を解いたらあなた、マリ君のところへ行こうとしてまた不法侵入しますよね?」
「母親が娘を迎えに来たのだから、当然でしょう?」
「ところであなた、僕らのところにマリ君がいることについて何もおっしゃらないのですね。こんな状況。僕らをマリ君誘拐犯だと思っても、おかしくないというのに」
 カスミの問いかけには答えず、ニアは質問に質問で返す。彼女たちの今の態度は、強引だが最初からマリを迎えに来たという姿勢を崩さない。それが、ニアには疑問だった。
 ニアの態度が気に入らなかったのか、カスミは彼へ険しい視線を向けた。
「そんなこと。あなたたちが誘拐犯と接触した際、マリを発見して暫く様子をみていたシーナから、どういう状況になっているのか聞いているからよ。マリを取り返してくれたことは、感謝しているわ。だからと言って、誘拐されそうになった子を助けてそのまま帰さないなんて非常識だと思わない?」
「僕はまだ未成年ですから、大人の常識は正しく理解できていないのでしょう。その点で間違った判断を下してしまっていたのなら謝ります。でも、家に戻らないと選択したのはマリ君自身です」
 きっぱりと言い放ったニアの言葉を、カスミは信じる気になれなかった。どこの世界に、親の待つ家へ帰りたがらない子供がいるというのだろうか。まして、マリは病気を患っている。自分たちなくして、生きて行くことはできないのだ。そんな思いが、彼女にニアへの不信感を煽っていた。
「何を馬鹿なことを。マリが、そんなことを言うわけがないわ」
 自信たっぷりにニアの言葉を鼻であしらう。
「いいえ。彼の、ニア様の言っていることは本当のことです。マリ様は、ご自身の意思でここに残られたのです」
 カスミの自信を否定する声は、リビングへ続く廊下からだった。
 二人の視線がそちらへ向く。
 そこには、ピシッと糊の効いた白いワイシャツに黒のスーツを着て、真っ直ぐに背筋を伸ばしたシーナさんが立っていた。両手で桜色の携帯を大事そうに持っている。
「シーナ!あなた、一体どの面を下げて私の前に出て来られたのかしら?」
 途端に厳しい口調になり、再び怒りの表情へと変わった。
「申し訳ございません。インカムの電源を勝手に切り、その後の状況報告義務を放棄したばかりか、お嬢様を発見しておきながら連れ戻さなかったこと。全てお咎めは承知しております」
 まずカスミに向かって深々と頭を下げ、謝罪をした。そして頭を上げると、その視線を正面から見据えてきっぱりと言う。
「ですが、マリお嬢様が家に戻らないとご自分で決めたことに、嘘偽りは全くございません」
「……もう、いいわ。シーナ、あなたは首よ。雇い主の与えた仕事をまともにこなせない人なんて、家にはいらないわ」
「……わかりました。お世話になりました」
 そう言うと、再び深々と頭を下げた。
 次に頭を上げた時、シーナはニアに向き直った。
「ニア様、大変です。マリお嬢様がいらっしゃらないのです」
「なっ?!どういうことよ!?」
 その言葉にニアより先にカスミが食いつく。しかし、シーナはそちらを見ず、ニアに歩み寄ると持っていた携帯電話を差し出した。桜色のボディカラーが綺麗なスマートフォンだった。
「今朝、私が目を覚ますとベッドにいらっしゃらなかったのです。それで、トイレにでも行かれたのかと思っていたのですが中々戻られないため、探しに行ったのです。そしたらこれが、台所の裏口前に落ちておりました。マリお嬢様の携帯電話です」
 ニアは携帯を受け取ると、電源を入れた。電源ボタンを押しただけで、画面が表示された。発着信履歴を調べると、最後にかけた相手はナツだった。時間は本日の午前3時半頃。
 そこまで確認すると、ニアは無言のままつかつかと歩き出した。シーナもその後を慌てて追う。
「ち、ちょっと!私を放ってどこへ行く気なのよ!?」
 背後からかかったカスミの声にも、二人の足は止まらなかった。
「もおぉぉぉぉっ!ちょっと!あんたたちも、ボーっと見てないで助けなさいよ!!」
「で、でも……」
 外で事の成り行きに驚き、その場に立ち尽くしていた黒スーツの男女合わせて三人組。カスミの叫び声で我に返ると、慌ててカスミを助けようとウメコ三号に近づく。しかし、どうしたらいいかわからず、困ってオロオロするばかりだった。
 そんな一行はさて置き。ニアとシーナはニアの研究室横にある、ナツが使っている客室へと辿り着いていた。木製の水色のドアをノックする。しかし中から返答はなかった。ドアノブに手をかけ回してみるが、回らない。中から鍵がかかっているようだった。
「まだ、寝ていらっしゃるのでじょうか?困りましたね」
 片手を顎に当てて言うシーナ。
「全く。これだけ騒がしいのに、起きないのか。ナツにはやはり、ジャーナリストは向いていないな。今こそ起きて、スクープをものにするべき時だろうに。本物の事件だったら」
 ため息をつき肩を竦めるニア。
「どう致しましょうか?」
「鍵を開けて、入るしかないな」
「ですが、この部屋の鍵はナツ様しか持っていないはずでは?」
 遠慮がちに言うシーナの目の前で、ニアは白衣のポットから鍵の束を取り出した。
「大丈夫。こういうこともあろうかと、この家の鍵という鍵の複製品を一本ずつ作っておいたのだよ」
 にんまり笑うと、ジャラジャラと金属の擦れあう音をさせて束に中から一本のかぎを選び出す。それを目の前のドアに鎖し込むと、見事に入り回すとカチリと解錠を知らせる音が響いた。
 鍵を白衣のポケットに収めると、ニアは無遠慮にもノックせずドアを開けた。
「ナツ!起きろ!起きて、お前の携帯を見せるんだ!」
 室内に入ると、ベッドの上にナツの姿はなかった。タオルケットと夏掛けの蒲団が半分捲れ、その足下には本人が脱ぎ散らかしたらしきピンクのパジャマが無造作に置かれていた。そしてそのパジャマの横で、ナツが座り込みベッドに寄りかかって寝ていた。
 来ている服が水色のポロシャツにジーパン記事の短パンと言う姿からして、一度起きて着替えた後また眠ったことが伺えた。その手には、しっかりとデジカメが握られている。
「……気持ちだけは一丁前か。体は、ついて来ていないようだが……」
額に手をあて、やれやれとニアはため息を落とした。
「ナツ様は、器用な方ですね」
 流石のシーナも、これには苦笑を浮かべている。
「さて、起こすか。『あ、あんな所に女優でモデルの多嘉良(たから)ツカサが歩いているぞー?しかも、今話題の有名男優、時谷(ときたに)ニズとツーショットだー』」
「なんれすって!?」
 ニアの声に、バッ!とナツが飛び起きた。デジカメを構え、辺りを見回している。その目は眠気でしょぼしょぼしている。
「……あれ?ここ、ニアのラボの…?あれ?スキャンダルスクープは?」
「おはよう、ナツ。さっそくだが、携帯はどこだ?」
 まだ寝ぼけているナツに構わず、ニアは部屋の中を見渡した。
 ドアとは反対側に設けられた窓の下。置かれた簡単な机の上に、象牙色の携帯が伏せられて置かれているのを見つけた。
「あそこか」
 つかつかと歩み寄り、携帯を手に取る。電源を入れ、立ち上がった画面を操作しマリから着信を確認した。アイコンから留守電メッセージを開き、再生ボタンをタップした。
『――違います!あたしじゃない!』
『騒ぐな!』
『むぐっ?!』
『へへっ。お前を連れてい行けば、俺の手柄だ。そうすれば……へへへへっ』
 本体から流れる録音メッセ―ジは、まさに今マリが連れ去られる瞬間を録音していた。
 ガタン!と、衝撃音が聞こえた。恐らくそこで、携帯を落としたのだろう。
 ガチャリと裏口を開けた音が聞こえた後はもう、マリの呻き声と引きずられるような音が遠ざかって行くだけだった。
「連れ去った相手の声に、聞き覚えがあるな」
 再生を止めると、ニアは腕を組んで考え込んだ。
 ガラガラ声。嫌らしい喋り方。
 やおらあってから、ニアはパチンと指を鳴らす。
「ああ、アイツか。ロリコン探偵ジャックさんの、アルバイト半魚人顔」
「え?!ジェームス殿のところのアルバイトが、何故マリお嬢様を?!まさか…あの探偵、嘘をついていたのか?!」
「え?え?ちょっと!何の話よ、ニア!シーナさん!」
 意外な犯人に驚き、それと同時にジャックへの疑念を口にするシーナ。その握られた拳とニアを交互にみながら、未だ話に加われないナツは不満顔だ。
「いや。録音メッセージを聞いた限りでは、これはアルバイト半魚人顔の単独行動だろう。どうやら彼は、ジャックさんの所に彼の本当の雇い主の依頼をこなすために、アルバイトとして潜り込んでいたらしい」
「マリお嬢様を狙っている者が、ジェームス殿の雇い主以外にもいる。と言う事でしょうか?」
 ニアの言葉で怒りの矛先がそれたシーナは、落ち着きを取り戻したようだった。
 冷静な質問に、ニアの首が左右に振られる。
「いや。同じだろうね。ジャックさんが言っていた通り、彼の雇い主は彼以外の同業者も雇ったのだよ。その内の一人がアルバイト半魚人顔君」
「同業者なら、なぜジェームス殿に雇われていたのでしょうか?」
「どうやら、依頼は受けたものの自分一人では何もできない、三流探偵だったようだね。どうやって知ったのかは知らないが、ジャックさんに同じ依頼が入ったことを調べてアルバイトとして雇われたのだろう。そして、あわよくば手柄を横取りしようとしていた」
「しかし、なぜマリお嬢様を?昼間に誤解が解けたばかりのはずでは……」
 シーナの疑問に、ニアは手を振って否定する。
「アルバイト君は、聞いていないからね。目を覚ましたら知らない部屋のベッドの上。隣のベッドにはジャックさん。わけも分からず廊下に出たら、マリ君と鉢合わせ。まだマリ君が依頼のあったアンドロイドだと思っている彼は、そのままマリ君を攫って逃走した。と」
「そんな…。では、マリお嬢様は一体何処へ攫われたのか、全く分からないということでしょうか?それでは、マリお嬢様をお助けするにはどうすれば……」
 焦ったように呟き、考え込むシーナ。ニアも流石に良い案が思いつかずにいた。
「彼の足取りを追いたいのなら、できますよ?」
 背後からかかった声に二人が振り返れば、ストライプ柄のパジャマを着てボンボンのついた毛糸の帽子をかぶったジャックが立っていた。欠伸を噛み殺している所を見ると、まだ寝起きらしい。
 昨晩、ジャックはラボに泊まっていった。理由はお詫びのため何か手伝えることをしたいから。と、ただ飯にあり付けるからとは本人談。それを言ったら、シーナに帰れと凄まれていたが、結局泊まることになった。
「しかし、この家は朝から騒がしいですねぇ。いつもこんな感じなんですか?」
 目を擦りながら言うと、また一つ欠伸をする。
「いや、今日はたまたま非常に煩いだけですよ。朝から何故かお客様が多くて」
 ニアは苦笑浮かべて肩を竦めて見せた。
「そうなんですか?うーん。まだ午前六時半だと言うのに、大迷惑ですね」
「全くです」
 納得して頷いたニアの方へ、ジャックは自分の携帯を投げた。
 受け取り画面を見れば、黒い地図のような上を赤い点が点滅しながら移動している。
「アルバイト君…あ、ちなみに彼、(じょう)カイ君って言うんですけど。カイ君が画面の赤い点です。こんな仕事をしていると、時々ヘマしてそのまま監禁されたり、痛い目みて何処かにポイ捨てされたりと大変なんですよ。だから、救済の意味で彼にこっそり市販の発信機をつけておいたのですが……。まさか、こんな形で役立つ日が来るとは、思いもしませんでしたよ。いやあ、世の中って不思議ですねぇ」
 ジャックは入口に寄りかかり、しみじみと頷いている。
 ニアはそれを耳で聞きつつ、画面の点を追っていた。周囲の地形や表示されているコンビニの名前や土地の名前から、アルバイトの彼――カイが今は海に沈みシースキンガイになっている都庁辺りであると推測した。
「彼は、アクアシティ東京の中心部へ向かっているのかな?」
 ぽつりと呟くと、赤い点滅はニアの予想に反して都庁辺りを通り過ぎ、明らかにシースキンガイを越えた海の上を指示していた。
「んん?どういう事だ?」
「どうかしたかな?」
 ニアの声に、ジャックは壁から背を離し歩み寄って来た。
 その手元をニアと揃って覗き込む。
「ああ、なるほど。これは妙ですねぇ。うーん……もしかすると、あそこかな?」
「心当たりが?」
 ニアの質問に、ジャックが頷く。
「ええ。お嬢ちゃんを攫いに行った時、チラッとみかけただけなんですけどね。多分、カイ君が向かっているのは、“スカイシティ東京”の試験場じゃないかなと。でも、どこかミーティング室みたいな所を通り過ぎた際に、チラッとそれっぽい地図が書かれたホワイトボードを見ただけですからね?確定的じゃないですよ?」
 ジャックは記憶を探るように目を閉じていたが、直ぐに開いて眉を寄せ不確定なことを強調した。
「いえ、それだけ分かれば十分です。後は、詳しい方々に聞きますから」
「詳しい方々?」
「早朝に騒いでいた、ちょっと非常識な今日のお客様ですよ」
「ああ。今日のお客様は、そう言う人々でしたか」
 ニアの言葉に、ジャックは納得したように頷いた。
「何でも、マリ君をお迎えに来たのだそうですよ。まあ、一足違いになってしまいましたが」
 ニアは肩を竦めて大げさなジェスチャーをすると、玄関へと向かった。その後をシーナ、ジャックと付いて行く。
「ちょっとぉ!みんなして納得してないで、あたしにも状況を説明してよっ!」
 おいてけぼりをくらったナツも、文句を言いつつその後へと続いた。
 玄関へ戻ると、相変わらずウメコ三号に拘束されたままのカスミの姿があった。他の男性三名が色々試したようだが、効果は現状見た通り。全く歯が立たなかったようだ。
「やっと戻って来たのね!さあ、早く拘束を解いて頂戴。そして、マリがいなくなったと言う話について聞かせて貰うわよ!!」
 相変わらずヒステリックに叫ぶカスミ。
「わかりました。が、その前に。一つ、教えて欲しいことがあるんです。“スカイシティ東京”の、実験場へは、どうやって行けばいいですかね」
「それを、私が知っているとでも?」
「知っているでしょう。あなたも関係者の一人なのですから」
 ニアの自信たっぷりな言葉に、カスミの顔が険しくなる。
「……どうして、そう思うのかしら?是非、聞かせて欲しいものね」
「とある情報脈から、あなたが身を置くMIKUNA製薬研究所の一つが、その研究に関与していることが分かっています。そして、あなたはまさに、その研究所で研究に携わっていらっしゃる。専門は先祖返り病でも、同じ研究所で働く以上関わっている,もしくは嫌でも空中浮遊都市計画の話は耳に入って来るでしょう?どこで研究が行われているか。それぐらいは知っているはずですよね?」
「……知って、どうするの?機密内容でも、盗み出したいの?それとも、マスコミに売るのかしら?」
 相変わらず鋭い視線で睨みつけるカスミに、ニアは首を左右に振った。
「いいえ。僕らは、マリ君を助けに行きたいだけです」
 初めて、カスミに驚きの表情が浮かんだ。
「マリが、そこに?」
 信じられないと表情に書かれていた。問うカスミに、ニアはゆっくりと頷く。
「はい。どうやら昨晩、何者かによって依頼を受けた人物が、トイレに起きた彼女をそのまま攫っていってしまったようです」
「どうしてそう、言い切れるの?それに、マリがそこへ攫われたことがどうして分かるのかしら?」
 もっともな疑問に、ニアは持っていたジャックの携帯を指さした。
「マリ君の携帯から、僕らの携帯へ着信があり、そこに留守電メッセージが残されていました。そこにマリ君が昨晩攫われたことが、音声として残されていました。彼女には万が一を考えて僕が小型発信器を渡してあります。それを、この携帯で追えるのですよ」
 真実と嘘を巧みに入り交ぜつつ、ニアは平然とカスミに話す。
 まさか、ジャックの雇ったアルバイトのカイが攫った張本人で、しかもそのカイが発信機をたまたま付けているから場所が特定できました。とは、怪しさ大爆発でとてもじゃないが本当のことは言えない。何より今は、相手の不信感を煽りたくなかった。
「小型発信器なんて……。そうね。あなたのところならば、それぐらいあっても別におかしくはないわね。フリーランスの発明研究家を自称しているようだから」
「お見知りおき、恐縮です」
 お互い笑みを浮かべてはいるが、その目は全く笑っていない。
 暫くそのまま笑顔を(表面上は)交わし合っていた。が、カスミが折れた。
「……わかったわ。教えるわよ。その代わり、早くこの拘束を解いて頂戴!!」
「分かりました、有り難うございます」
 諦めた様子で言うカスミの顔には、先程とはまた違った焦りがにじみ出ていた。
 ニアは銀色の操作棒を取り出しつつ、それが妙に気になった。
 確信ではないが、カスミは恐らくマリの連れ去られた先を知って何か別の不安にかられているように見えたのだ。
「……何か、マリ君をスカイシティ東京へ連れ去った人物に、心当たりがありそうですね」
「!」
 ニアは棒を構えたまま、カスミを見据えていた。
「あなたには、関係ないことだわ」
 あからさまに同様の色を含んだ声が返って来る。
「いいえ、関係ありますよ。僕らにとってマリ君は、大切な友達ですから」
 きっぱりと言うニアに、後ろで事の成り行きを見守っていたナツが大きく頷き同意する。
「そうよ!マリちゃんはあたしたちの大事な、大事な友達なんだから!助けに行くに決まっているでしょ!!」
 拳を握って力説するナツ。
「……」
 そんなナツとニアの姿を、カスミはじっと見つめていた。二人の真意を図ろうとする、そんな目線で。
「…奥様。私が言ってもきっと信じて頂けないかもしれません。ですが、お二人にとってマリお嬢様は本当に大切なお友達なのです。それは、もちろんマリお嬢様にとっても。私は昨晩この家で時間を過ごすマリお嬢様を見て、初めて心から笑顔を浮かべていらっしゃる姿を拝見致しました。……研究施設にいた頃は、見る事の出来なかった笑顔です」
「……だって、仕方なかったのよ。それが、マリにとって一番良いことだったのよ。先祖返り病を、マリが発症した時は本当に毎日絶望的な思いでいっぱいだった。でも、MIKUNA製薬の人が声をかけてくれて、先祖返り病に効力のある薬の開発を手伝って欲しいと言われた時は、救われたと思ったわ。これで、マリは未来に希望を持って生きて行けるって。現に、マリの先祖返り病は研究施設で投与を受けるようになってから、症状が出なくなっているのよ?これで、やっとマリも救われる!そう、思っていたのに。それが、マリから笑顔を奪っていたと……あなたはそう、言いたいの?」
 目尻に涙をためて聞くカスミの表情には、悲壮感が漂っていた。
 彼女にも分かっていた。発症して、検査入院を繰り返す大変だったあの頃よりも、確かにマリが心からの無邪気な笑みを浮かべなくなっていることを。母親だから、分かっていたのだ。しかし、娘のためと言い聞かせて、見ないふりをした。ただひたすら、娘の未来を思って。
「違います。勿論、病気が治ることはマリお嬢様にとっても喜ばしいことです。でも、もう少し、違うやり方があるのではないかと、差し出がましいようですが毎日考えておりました。閉じ込める必要は、なかったのではありませんか?治療を怠らなければ、もっと自由を与える選択肢もあったのではないでしょうか?そうすれば、マリお嬢様も戻らないという思い切った選択をすることは、なかったのではないかと。私には、そう思えてならないのです」
「……」
 シーナの言葉に、カスミは黙って目を閉じた。ぽろりと一粒、右目から涙が零れ落ちる。
 次に瞳を開いた時、カスミはここに来てから初めて優しい笑みを浮かべた。それは、娘を思う母親の愛情に満ちた笑顔だった。
「マリは幸せね。こんなにも思ってくれる人たちがいてくれる。母親の私が知らない場所で、あの子はあの子なりにどんどん成長していくのね。何だかちょっと嬉しいけれど、寂しいわね」
「奥様……」
「有り難う、シーナさん。あなたは、私の目の届かないところで、マリをいつも見守ってくれていたのね」
「いえ、私などは……。ただ、奥様の気持ちは痛いほど良くわかるのです。私も、マリお嬢様と同じ病気で、妹を亡くしておりますから」
 そう言うと、シーナさんは寂しそうに微笑んだ。
「そう、だったの。ごめんなさい、私、全然知らなくて……」
 シーナさんの告白に、カスミは目を見開き狼狽した。
「いいえ。私もお話しする機会がございませんでしたし、採用面接も旦那様がご担当されていらっしゃいましたから。知らなくて、当然です」
 首を左右に振ってにっこりと笑った。そして、直ぐに真剣な表情になるとカスミをしっかりと見据えた。
「奥様。マリお嬢様を攫った相手にお心辺りがあるのでしたら、どうぞお話しください。お願い致します」
 そう言うと深々と頭を下げた。
「……わかったわ。私たち夫婦をMIKUNAにスカウトした人物で、アランという男よ。アラン・ガーレット。彼は自分で私たちを引き抜いておきながら、常に研究を監視しているの。まるで、先祖返り病の特効薬を作らせたくないみたいに。彼はより良い研究のために助言していると言っているけど、私たち研究のプロから言わせれば、知識もない人間が口を挟んでも余計にややこしくするだけだわ。ある時なんて、治療薬を作っているのに逆の効果のある薬を作るようなアドバイスをしてきたりしたのよ?信じられないわ、あんなの奴が研究所の所長だなんて!肩書きだけだわ、本当に!!その癖、マリへの投薬実験には随分と興味を持っていて毎回毎回見学にくるのよ?まるで、人体実験そのものを見るのが好きな変態見たいに!でも、ある時気がついたのよ。あいつのマリを見る目が、おかしいことに」
「おかしい、とはどういうことです?それが、今回の件と関係があると?」
 ニアの質問に、カスミは頷く。
「ええ。あいつ、もしかしたらマリのこと……好きなのかもしれないわ」
「「「え?」」」
 真剣に聞いていたその場の全員の目が点になった。
「そうよ!あいつきっとロリコンよ?!でも、私たちがマリにシーナをつけたからとうとう実力行使に出たのよ!!」
「えっと、とりあえず落ち着いて下さい。奥様」
「いいえ!これが落ち着いていられますか!!こうしている間にも、マリがあいつの毒牙にかかっているかもしれないのよ?!」
 慌てて駆け寄り、カスミを落ち着かせようとするシーナ。しかし、予想の斜め上を行ったヒートアップぶりのカスミは聞く耳を持たない。
「さあ、皆さん!私が案内しますから、マリを助けに乗り込みましょう!!」
 すっかり一人で意気込み、突入する気満々である。
 ウメコ三号に拘束させておいて良かったなと、内心ニアは思っていた。
「……実際の所は、どうなんだと思う?ニア」
 騒ぐカスミとシーナを横目に見つつ、ナツがニアに近寄りそっと聞いて来た。
「……おそらくは、先祖返り病の特効薬研究自体がフェイクなのだろう。本来の目的は……彼の実験に見合う、実験体を手に入れること。それが、マリ君だったというのが僕の見解かな。一体何の実験かは、僕にも分かりかねるが。マリ君の母親とシーナさんには非常に残念な推測ではあるけれどね」
「そんな……!じゃあ、そのアランって男は始めから、それが目的でマリちゃんのお母さんとお父さんをだましたってこと?!」
「かもしれないという、推測だ。もしかしたら、本当にマリ君に恋してしまった可能性もないとは言えない」
「どっちにしろ、マリちゃんの身が危ないことには代わりないんじゃないの!!あああ、こうしていられないわ!さっそくマリちゃんのお母さんに案内してもらいましょう!」
 そう言いつつ、手にはしっかりと一眼レフデジカメが握られている辺りナツらしい。
「お前も落ち着け。とりあえず、準備でき次第向かおう。丸腰では、不安が残る。それに、シーナさん以外は全員、寝起きのままだ」
「了解!そうと決まれば、こうしちゃいられないわ!」
 カメラを引っ提げ、ナツは腕まくりをしつつ台所へと入って行った。
「……あいつは、何の準備をするつもりなんだ?まあ、ナツは殆ど準備できてそうだから大丈夫…か?」
 それを見送っていたニアの肩が、トントンと叩かれる。
 振り返るとそれはジャックだった。
「私も同行させてもらうよ。何だか面白そうだし。何より、同業者と気づかずカイくんを雇ったのは私だからね。このままここに残ったら、責任の一端を感じて夜も眠れなくなりそうだよ」
「付いてくるのは、ご自由に。でも、ご自分の身はご自分で守ってくださいね」
「分かっているよ。足は引っ張らないようにするから。さて、そうと決まれば私も準備をしようかな」
 ニアの了承に、ジャックはにっこりと笑うと与えられた客室へと戻って行った。
「さて、と。あちら…はまだ終わりそうもないし、僕も研究室へ戻って準備をしておくか」
 ちらりと未だ説得に苦労しているシーナを見て、ため息をつくとくるりと向きを変えた。
 と、プルプルとニアの白衣の内ポケットが震えた。片手をつっこみ中身を取り出すと、携帯電話が着信を伝えていた。ディスプレイは、トウタの家の固定電話番号を告げていた。
「お、トウタからか。サブロウおじさんは生きていたかな?」
 ぼやきつつ通話ボタンを押す。
「もしもし、トウタかな?」
『ああ、ニアくん。良かった』
 予想に反して出たのはサブロウだった。その声はだいぶ疲れているようで、力がなく掠れていた。その様子に、幾分かニア表情も嫌な予感で硬くなる。
「サブロウおじさんでしたか。おはようございます。珍しいですね」
 トウタがニアと大体一緒に行動することが多いせいか、サブロウからニアに連絡を入れることは月に一度行うトウタのメンテナンス日ぐらいだった。
『おはよう、ニアくん。大変なんだ』
「……何か、あったんですか?」
『トウタが、トウタが昨晩妙な男たちに連れて行かれた』
 嫌な予感敵中に、ニアは思わず絶句した。
『どこから情報を仕入れて来たのか、どうもここ数年で海辺に流れ着いたアンドロイドを探していたらしい。急にやって来るなりわしを拘束しよった。その後はトウタのことを根掘り葉掘り聞いてきてな。そうこうしている内にトウタがタイミングよく帰って来て、やつらわしを人質にトウタを連れ去ったんじゃ!わしは、直ぐに薬を嗅がされて意識を失ってしまって……』
「分かりました。大丈夫、落ち着いて下さい。トウタを連れ去った人物については、心当たりがあります」
 不安からか一気に喋るサブロウに、ニアは静かな声で答える。内心は自身も動揺で焦っていた。
 ニアの推測は、大体合っていたようだ。ただ、相手の探していたアンドロイドが、まさかトウタ自身だったということは予想外だったが。それでも、疑問は残る。明らかに、ジャックたち依頼主があげた、探しているアンドロイドの特徴とトウタが合致しない点だ。
「こんな時に変なことを聞きますが…サブロウおじさん、トウタを発見した時彼の髪は白かったですか?」
『髪の色かい?いや、最初から黒かったよ。マスミも、そんなことは言っていなかったな。確かだよ』
「そうですか……」
 瞳の色は、ニアも初めて起動した時立ち会っているから知っている。
彼の瞳は目覚めた時から黒だった。
『それが、今回のことと何か関係があるかい?』
「ええ。もしかすると、トウタは別のアンドロイドと勘違いされて連れて行かれた可能性があります。あるいはもしかしたら……」
『もしかしたら?』
 思い浮かんだもう一つの可能性に、ニアは口を噤む。
 あるいは、トウタが本当に探されている当のアンドロイドだったという可能性。特徴が一致しない理由は、探している依頼主が目にした時のトウタの姿がその状態だったのかもしれない。今のトウタの髪や瞳が黒い理由は、ニアにはよくわからないけれど。
「……ああ、いえ。何でもありません。とにかく、僕はこれからその人物の元へ向かいます。必ず、トウタを連れて帰って来ますから、待っていてください」
 ニアは頭を振って、自分に言い聞かせるようにサブロウに答えた。
『……分かった。よろしく頼むよ、ニアくん。じゃが、無理をしてはいかん。君にまで何かあっては、わしは君のご両親に顔向けできんよ』
「大丈夫!僕を誰だと思っているのですか?新時代を切り開く、自称今世紀最高の和製エジソンですよ?もちろん、丸腰で突っ込むような真似はしませんよ。では、急ぎますので……」
 大袈裟に、できるだけ明るくニアは答えた。
『そう、じゃったな。気をつけて、ニアくん。……有り難う』
 その一言を聞くと、ニアは通話を切った。自信満々の表情が消え、その口元がグッと結ばれる。
 本当は、酷く不安でしかたなかった。今すぐサブロウや両親に泣きついて、全て投げてしまいたい衝動もある。でも、きっとそれでは二人に二度と会えなくなる。そんな気がするのだ。その気持ちが、ニアに弱音を吐くことを堪えさせていた。
 じっと暫く携帯を眺めていたが、直ぐに気を引き締めると元の位置へと滑り込ませた。
「さあ、行くぞニア。二人を必ず助けるんだ」
 小さくそう呟くと、止まっていた足を動かし研究室へと向かった。

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