最終話 狙撃者

文字数 2,363文字

 それは突然の出来事だった。警備員が車から離れた直後、鋭い破裂音と共に右の大腿部に衝撃が走った。
 急いで大腿部に目をやる。そこには複合防弾繊維製の特殊スラックスと、強化措置を施された俺の鋼の大腿筋で停止を余儀なくされた、哀れな弾頭の先端部分がめりこんでいる。弾頭は着弾の衝撃により二つに裂けて分離され、後端部は足元に転がっている。

 残念だったな、俺の肉体には例え徹甲弾であろうとも通常兵器の弾丸が貫通する事はない。狙撃手を雇ったのはどこの組織なのか心当たりが多すぎて見当も付かないが、俺に関する情報不足だったとみえる。
 俺はグローブボックスからポケットティッシュを取り出し、スラックスにめりこむ弾頭の先端部を引き剥がし、床に転がる後端部を拾い上げる。

 駐車スペースに車を停車させ、スラックスの弾痕を精査する。
 直径は約10ミリほどだ。10ミリ弾と言えば、かなり昔に9ミリパラベラム弾の威力不足を疑われていた頃、9ミリと.45ACPの中間で両方のいいとこどりだと一時期もてはやされ、銃器製造会社の各社から新型銃がこぞって発売されていた。
 9ミリより威力が高く、.45ACPよりも装弾数が多いと言われていたが、現在では人気が衰退してしまっているようだ。まあ、拳銃弾を使用しての狙撃などあり得ないだろう。

 西側諸国で広く採用されている、5.56×45 NATO弾が着弾で潰れて広がった、という事でもないだろう。そもそも精密射撃用の銃弾ではない。アサルトライフル(突撃銃)は接近戦を想定している。遠距離狙撃ができるほどの精度は持っていない。
 ゴルゴが使用しているM16ほどのカスタムチューンアップを施し、弾薬も特別製にすれば可能なのかもしれないが。しかし、強いこだわりがあるのなら別だが、そこまで無理して使用しなくとも、他にいくらでも優秀な狙撃ライフルは存在する。
 だとすると、7.62x51 NATO弾か、東側諸国の7.62x54 R弾の可能性が高い。どちらも優秀な狙撃用の銃弾だ。


 俺を狙った狙撃手だが、腕前はまあまあ、そこそこに優秀だったと認めてもいいだろう。20センチほどの窓の隙間を抜けて、俺の大腿部に命中させたのだからな。
 だが、なぜ大腿部を狙ったのかだ。角度的に頭部は無理だったとしても、胸部や腹部は狙えたはずだ。なんなら股間でもだ。いや、なるべくならば股間は勘弁してほしいがな。鍛えられないからな。その代わりに防御は完璧にしてあるから大丈夫と言えば大丈夫なのだが。
 複合防弾繊維製のスラックスにコーティングされている特殊樹脂は、普段はしなやかだが、表面に強い力が加わるとタイムラグ無しで硬化する。重機関銃程度なら余裕で弾き返す。1秒半で100発の弾丸を吐き出すミニガンだと危ないかもしれないらしいが、その時はなるべく避けるようにと兵器開発部には言われている。
 着弾部位だが、本来ならば胸部に当てるはずが大腿部にずれたのか、それともわざと足を狙って行動の自由を奪ってからもて遊ぶつもりだったのか。もしわざとだったらかなり嫌な性格の野郎だ。いや、女かもしれないが。

 しかし、いったいどこの場所からの狙撃だったのかがわからない。
 この寺の周りには高層の建築物は見当たらない。車の強化防弾ガラスの20センチの隙間と大腿部とを線で結ぶと、かなり急な入射角度だったと思うのだが。
 考えられるのは空中からの狙撃しかないが、あの時には飛行機やヘリの音は聞こえなかった。
 下手に確認しようとすれば第二射、三射を喰らう恐れがあったために確認しなかったのだが、もしかしたらハングライダーかパラグライダーのようなものからの狙撃か?
 しかし、それはかなり不安定で精密射撃には向かないと思うのだが、振動吸収装置や照準補正装置などを取り付けた、フローティングマウント構造の特殊ライフルだとしたら可能なのか? いや、狙撃手自体が強化改造手術を施されていた可能性も否定できない。



 などと時間潰しにあれこれとヘンテコな妄想を膨らませていると親が戻ってきた。予想していたよりも時間がかかった。駐車場から溢れるくらいの人が居たんだから、焼香だけとはいえ、時間がかかるのは当然かもしれないが。元は会社の経営者かなんだかで顔が広くて弔問客が多かったらしいし。

 帰りの車の中で、親に駐車場での出来事を語ってみた。

 さっき駐車場で順番待ちをしていたら、バチーンって大きな音がして、太ももにものすごい勢いで何かがぶつかってきた。見るとそれはどでかい鳥のフン! 直径1センチもあるフンがズボンに貼りついてて、割れた残りが床に転がってた。
 今までに見た事もない、こんなでっかいフンをする鳥って、カラスかトンビかハトか、それとももっと大きなシラサギみたいな大型の水鳥か、いったいなんだったんだろう?
 普通の鳥のフンって水分が多くて車や地面に落ちるとベッチャーっと広がるけれど、このフンは水分が少なくて妙に固い。そのおかげでズボンも車内もあまり汚れずに済んで助かったんだけど。
 しかし、なんでこんなに水分が少なかったんだろう。太ももに感じた衝撃具合からみて、ものすごく高い空の上から落ちて来て、その途中で水分は空中に吹き飛ばされて、温かい空気と日光で乾燥されたのかな? それとも元からこの鳥は水分が少ない固くてでっかいフンをする種類なのか?

 それにしても、絶妙な角度で車内に飛び込んだもんだ。
 空を飛ぶ鳥が空中でしたフンって、どんな感じに落下するんだろうか? 垂直にポトンなのか、飛行方向とは逆向きに斜めに落下するのか。あ、いや飛行中の鳥の慣性力が加わって斜め前方かな。それとも今回のは上空の風に流されて斜めに落下しただけなのか?

 まあ、そんな事はドーデモいいけど。

【終】
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