(2) 献立

文字数 998文字

 今では十二期生が募集されている老舗(しにせ)の女性アイドルグループがある。秋庭真冬はその結成メンバーで、一時はキャプテンも務めた。

 取材で将来の夢を()かれると、女優になりたい、モデルの仕事がしてみたいなどと答えるメンバーが多い中、彼女だけが小料理屋を開くことだと答えていたのを知っている。

 夢を叶えた元アイドルと、道半ばで挫折した元お笑い芸人のしがない探偵。(はた)から見れば不釣り合いな二人だろうが、仕事での接点はそれなりにあった。

 彼女の方が少し歳下ではあるものの、デビューがかなり早いから、芸能界では大を付けてもいいくらいに先輩だ。こっちは学生時代には彼女が所属するアイドルグループに夢中になっていた、ただのファンに過ぎなかったのだ。

「推しメンはわたしじゃなかったくせに」

「そっちこそ、初めて週刊誌に載ったお相手はプロ野球選手だったじゃないか」

 真冬お前もかと、当時は大いに嘆いたものだ。

「あれは完全なる誤報よ」

「どうだか」

 無駄口を叩きながらも、箸は進む。

「いいカムフラージュにはなったけどね」

「げ。誰が本命だったんだよ」

「そんなこと聞いたら、()いちゃうくせに」

 玉子焼き以外におかずは四品。
 きんぴら。
 ほうれん草のおひたし。
 冷奴。
 豚汁。
 いつもながらどれも絶品で文句のつけようがない。
 冷奴にちょこんと置かれた、行者にんにくを練り込んだ特製の醤油(こうじ)がまた(うま)い。これだけでごはんが何杯でも進むだろう。
 そして、さらにそのごはんの方も、今夜はひと味違った。

「コメ、変えたか?」

「分かる? 美味しいでしょう。理沙ちゃんの実家から送ってくれたお米なの」

 理沙も同じグループ出身の元アイドルだ。今でも芸能活動を続けており、何度か二人で舞台を観に行ったこともある。

「実家のコメ農家はお兄さんが継いだんだったな」

「秋田、行ってみたいね。本人はもうすっかり東京が長くなっちゃっているけど」

 このまま永遠に箸と胃袋を動かしていられそうな気がしてしまう。
 胃袋を掴まれて、もう何年だろうか。
 籍も入れずに続いている関係を、ずっと負い目に感じていた。

 芸人を辞めてこの街に戻ると決めたとき、彼女は東京で大繁盛していた店を畳んでまで着いて来てくれた。東京の店は夏雪(ここ)とは違って芸能人御用達(ごようたし)で、アイドル時代のファンも多く通う有名店だった。それを彼女はあっさりと捨ててしまった。

 いや。
 捨てさせてしまったと言うべきだろう。
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