第11話 陽だまりの終焉

文字数 2,902文字

 パレードの始まる、数刻前だった。先刻来たばかりの、パレード開幕を知らせるピエロの余興でさえ余韻が窓の外でまだ音色を奏でていた。
 子供たちが居室でキャッキャキャッキャ騒いでいる。多分、一年に一度あるかないかの無礼講に舌鼓だ。私はもう少しお姉さんだから、姿焼きの肉料理くらいで騒げないが、もらった高価そうな手鏡は大事に手製宝箱の奥にしまった。
 すっと戸板が開かれ、両親が入ってくる。タバコを燻らせた父がそう固くなるなよっと言った。
「あの子たちも王様の催し物より家のケーキや偶の贅沢の方が嬉しいみたいね。あなたも、こういう日の趣向品で舌がお喜びなのかしらね。そしてリリー」
 振り返ると、その手に鍵、家の鍵。何を意味するかすぐにわかって、私はようやく目が輝いた。
「いこう! パレード!」
「ええ、行きましょう。特に今年のは、何やら催し物が豪華だとか言ってたわね、期待していいかもね。でもリリー、気合い入りすぎて、人にぶつかったりしないでね」
「わかったわママ!」
 私は嬉々として、両親の背中を追った。

 もうすぐ、はじまる。先頭の踊り子が、視界の隅に映った時、リリーと妻は、突進する猪のように、人を分けて、見に行った。
「ったく。好奇心のすごい奴らだな……まあ今日は特別か」
 私はとりあえず、また煙草をゆっくり吸い深く吐きながら、こんなものが吸えているのも、全て国の争いの種を華麗に沈めた国王のおかげだと、見た事もない恩人に頭の中で礼を言って長い文章をつらつらと並べ敬具する。
 今年は何祝いのパレードかは聞いていないが、パレードがあるという伝達だけが、街を駆け抜けた。それですぐに家に帰宅し、妻はごちそうを買ってきて、御馳走で小さい方の子供達を縫い留めているうちに、外出してひたすら酒と踊りを楽しむのが今日のプランである。
 実に、実に景気がいい。近所の者達も、そのまた向こう近所や遠く向こうの人々もほぼ全員が出てきてはしばらく覗いた後で、路地の隅に待機したり、わざと進行の邪魔になりそうな位置で口笛を吹いたり、昼間から酒を飲んだりしている。
 やがて、ピエロと踊り子と、華麗な技芸を魅せる集団が、じわじわと家の前に近づいて、通り過ぎようとしていた辺りで、噂が聞こえてきた。このパレードに王様や王女、つまり王族が参加していると。ならば、お目通りが叶うかもしれない。ここは城下でも辺境にあるせいかこういった国主体の催し物が行われずいつも寂しい思いをしていた。
 既にほとんどの人間が無礼講だ。行事周りで開かれる露店や行商人に金を払って食事をしたり、趣向品を買ったり、気など遣わずに老若男女好き放題して、場の雰囲気を楽しんでいる。
 この国にかつてあった災害を知らぬものなどいない。辛い環境を耐え抜いてきたからこそ、国全体がこうして傷を癒すように楽しまなければならないのかもしれない。
 川の様に長いパレードの列は終わりが見えぬ程、続いていた。どうにも妻と子の二人はその一番最後尾を目指しているようで、そこまでいかなければ追いつきそうになかった。人は1時間も経過すればすごい数になっていた。ようやく最後尾が見えた時、同時に娘たちもみえてきたので私は手を振った。
 恐れ多い事に、パレードの最後尾には明らかに雰囲気と召し物の違う数人がいて、恐れ多くも娘たちと何事か会話していた。その様子が慎ましやかで、和やかで、私は駆けた。私も王族を一目見てみたいと。
 ここは辺境だからどうしてもそういう事に疎い。この国の王族はあまり城下に顔を出さないことで有名だ。一部で心身を病んでいるという噂もあるが、噂は噂だ。
 近づくと王族の隣辺りに詩人がいて、何やら楽器を奏でていた。
『王さま、ここは我らの手を借りて。宴の日には精霊がやってくる。我らは貴方に服従し、この歌をもって精霊を根絶やしに。精霊に触れてはならぬその御手で。精霊に話してはならぬ。連れていかれる。さあ、我らの出番だ精霊よ。ようやくみつけた。僕は君を許そう。その入れ物の死でもって』
 途端、荷馬車の中の誰かと話していた娘がこてんと地面に転がった。
「ん?」
 様子がおかしいと感じて私は少し早足に。大きな声を出せる雰囲気ではないので、でも何か胸騒ぎがした。
 誰かが悲鳴を上げた。毎日聞いていたから知っている。この声は妻だ。こんなにも叫ぶのは大昔に料理で火傷をした一回こっきりだが、もっと鬼気迫る声音だった。
 転がった娘は立ち上がり、妻に何か言っている。ようやく手が届きそうなところまで来た、時にはもう遅かった。
 周りが雑然としていた。悲鳴があちこちで聞こえる。怒声も罵声も聞こえる。それで思い出す。この雰囲気がかつての災害の時と似ていると。私は子供だったから家でずっと震えていたが、実際に王の周りを囲う直属の護衛兵や、よくわからない立場の人間達が、私達を取り囲み、騒いでいた。その一つが耳に入る。
「再三言っておろう。こんにち、我らに近づき、私に話しかけてきた者こそが、悪魔だ。ユリウス、お前の予言はあたっていた。後で褒美を」
 ユリウスと呼ばれた白く羽のついた衣を纏った詩人が、恭しく首を垂れる。
「王さま、他の者も拘束しますか?」
 衛兵が、淡々と言う。まて、と王が手で制する。
「そやつの目を見ろ。人の目の形をしていない。僅差だが、悪魔の遣いの伝承にでてきた目だ。となると……」
 その目が妻に行く。娘は妻似だ。目元はとくに。
 私は動けなかった。
「さて、この二人だけかな? もっと多そうだが、何せ、王族に話しかける程の蒙昧さだ。こやつらが普通の市井人でないのは明白。連れて行くのは決まった。処遇はいかにしよう、誰か提案せい」
 奥からまた一人恐ろし気な奴が出てきた。今度は背の高い、ギラギラと派手な服に身を包んだ、王より偉そうな男だ。
「ん、王よ。それなら、あのマクイに食わせてみてはどうだろうか? 悪魔とはいえ、器は人間。人間の肉を食わせればあやつも人間に戻り、人間の心を取り戻すかもしれない。仮に共食いということになれど、何か発見があるかもしれない」
 王は、髭を二回擦って、そうするか、と馬車の中にある飲み物を手に取り口をつける。すると残った飲み水を娘の頭にかけた。
「浄化だ。気休め程度だが、ゆっくり己が魂の汚れを清め改めい」
 二人は既に震える力もなくして、石のように固まった。それを王の周辺にいた衛兵たちが、淡々と連行していく。
 私は動けなかった。恐怖が身体を縫い留めて、身じろぎ一つできず、ただ動けずとも、口は動いた。
「やめろ!」と王族相手にどの口が命令したのか、一秒もしないうちに、手前の衛兵がすっ飛んできて、双剣を構え、そこから先は覚えていない。
 すまない、と小さく謝罪された後、視界が次々に移ろい気付くと、世界が回っていた。そして、何かの衝撃。景色が止まり、床にまいた血の流れを見ていた。
「レコン、素早く的確な判断にまた一つ主の成長をみた。嬉しいぞ。褒美を」
 死んだのだ、と初めて気づいた。



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登場人物紹介

後々記載するにゃ

実は前に出した分を削除してしまったので再投稿にゃ

因みに吾輩は作中で喋る猫として登場するにゃ

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