ある夏の日の話

文字数 1,983文字

「あれ?これ……」
 母の実家の納屋を片付けるお盆。
 祖母が亡くなって久しいので使わない物を家から出している。納屋の奥から白い花のステッカーが貼られた赤いエレキベースを見つけ、私は思わず声をあげた。
「あ、それ。アンタのおばあちゃんの」
 え?でも、これは彼女の……。私は手に握るエレキベースをじっと見る。


 3年前、大学受験の夏。 私は完全に行き詰っていた。勉強漬けの毎日で将来も自分自身も完全に見失ってしまっていた。
 もうどうにでもなれ! 大声で叫びたい、そんな気分。
 その年のお盆は祖母の七回忌だった。
 着いたその日に迎え火をたくと、あとはのんびり過ごすだけだ。ひっきりなしの蝉の声を聞きながら縁側でぼんやりする私。
「暇なら一緒に出掛けよう」
 滅多に会わない祖父からの誘いにそのまま一緒に家を出た。
 何かと思えば祖母のお墓の大掃除だった。愛する妻の居場所だからこれくらいはね。と、暑さをものともせずにこにこ笑って手を動かしている。私も祖父の指示で雑草を引っこ抜く。
 蝉の声と作業の音だけの静かな時間だ。
「受験、苦しいか?」
 不意に祖父が私に尋ねた。どう答えるのが正解だろうと戸惑っていると、
「そういう時は家ででもなんでもしてみたらいい」
 家出? 
 祖父は掃除の手を止めず話し続ける。
「っておばあちゃんが生きていたら言うかもしれないな。君の年の頃のまさよさんは凄かったから……」
 私の記憶の祖母は祖父の隣でいつも静かに笑っている人だ。とんでもないことをしそうには思えない。
 そのまま会話を終わらせると私たちは帰宅の途についた。
 帰り道、町の広場で盆踊りと演芸大会の貼り紙を見かける。
 例年なら気に留めない夏祭りだけど、退屈しのぎに広場に出掛けることにした。
 お盆の祭りは亡くなった人のものだ。演芸会も死者への餞なのに違いない。
 今年は祖母の七回忌の年だしね、と理由をつける。
 広場へ急ぐと近くの店のシャッターの前でエレキベースを手にたたずむ同年代の浴衣の女の子が目に入った。
 どうかしたのかな?
 見ると足元の下駄は鼻緒がもげていた。
 思わず声をかけると、家を抜け出して全力疾走したら下駄が壊れちゃったんだよねとからからと笑う。
 女の子がバンドなんてとんでもない、ってご両親は反対しているらしいが、今日の演芸会で演奏をするらしい。
「誰かに決められてきた毎日はもうやめたの」
「私は想像を超えた私になりたい。だから、これ!」
 誇らしげに手に持つベースをかかげる。
「私の大好きな先輩が、ギター弾いてるの。私、その隣でベースが弾きたくて猛練習したんだよ? 今日のためにね」
 けど、と下駄を見つめる。
 気の毒すぎる、とスマホで「下駄、応急処置」と検索をかけていると、
「もうこのまま行く! 私はこれからの時間の為に走る!」
 彼女はベースを手に駆けていった。
 え?え?
 私は検索結果を手に慌てて追いかけたけど彼女の姿はもうなかった。
 演芸会に出ると言ってたから受付に立寄るとバンドは40代のおじさんバンドしかエントリーがなかった。
 狐につままれた思いでさっきの彼女を思い返しながらぼんやり演芸会を眺めるのだった。

 
 結局、今私は子供の頃から憧れていたパティシェを目指し専門学校で学んでいる。
 3年前彼女が手にしていたエレキベースが祖母のものだとは。
 訝る私に母が古いアルバムを手に手招きするので手元を覗く。
「ほら、おじいちゃんとおばあちゃん。アンタ位の年の時の写真」
 アルバムの中では、あの時の女の子と若い頃の祖父が笑っている。
 やっぱり祖母だったのか、と納得半分驚き半分で納屋を出て庭の畑で水やりをしている祖父の元へ向かう。
 私は納屋での話を祖父にする。
「そうそう僕がギターを弾くのをずいぶんと羨ましがってねぇ、厳しい家だったのに説得やら家出やら繰り返して、駄々をこねてとうとうエレキベースを手に入れちゃった。それで、猛練習して本当に弾けるようになっちゃったんだ」
 実はその勢いで僕はおばあちゃんにプロポーズされてしまったんだよ、と祖父は笑った。
「良家の長女で色々大変だったけど、一度言ったら彼女は退かなかったねぇ」
 思えば私もしっかり祖母の足跡をなぞって生きている。
 名うての進学校に通っていたから大学進学が当たり前。それを蹴ってパティシェを目指すのは簡単ではなかった。
 それはもうあの手この手を使ったものだ。
 3年前に若い頃の祖母と出会あわなければ夢をあきらめ、殺伐とした思いを抱えて惰性で日々を送っていただろうなと思う。
 祖父の話を聞いて私もますます祖母のように生きられたらいいなぁと思う。
 その瞬間、私達の間を今まで停滞していた空気を動かす風が吹き抜けた。
 びっくりした!
「おばあちゃんが私たちに何か言っているみたいだなあ」
 祖父と二人顔を見合わせ少し遠くの空を見た。
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