【episode3–甘い思い出】

文字数 665文字



「ありゃりゃ、また靴を脱ぐ場所がない…。」


玄関のタタキは、その日も草鞋(わらじ)のような靴で埋まっていた。


私は、彼らの靴を踏まないように避けると、端の方にそっと自分の靴を脱いで部屋に向かう。



同じ高校に通い始めた私たちは、ちょっとした名物姉弟だった。


ダークカラーの眼鏡をかけた私たちは、まるで双子のようだったからだ。


髪型はお揃いのツーブロック。染髪は、お小遣いを出し合って購入したカラー剤を半分に分け、染め合いっこをした。



落ち着いた物腰の弟と、破天荒な姉である私たちのことは、教論の間でもしばしば話題になっていたそうだ。



制服を着替えた私がリビングにおやつを取りに行くと、不意に弟の部屋の扉が開く。



「ねーちゃん、お帰り!!」



そこには、20人あまりの男子高校生が所狭しと(ひし)めき合っていた。




私は、弟と同じクラスの男子学生から『ねーちゃん』と呼ばれていた。


一気に、ひとクラス分の弟ができたというワケだ。




「ただいまぁ。」あまりのむさ苦しさに、眉を下げ苦笑いした私の前に1人の男子くんが進み出る。



「ねーちゃん、これどうぞ。」



普段から好意を示してくれる後輩が、私の手にお菓子を握らせる。



「ありがとう。」




照れた笑顔を見せる彼が、数年後若いパパとなり、お子さんに私と同じ名前をつけていたことを後から知った。



弟が言う。



「あいつ、ずっとねーちゃんのこと好きだったんだよ。」身に覚えのある様々な場面が(よぎ)った。



なんとも甘酸っぱい思い出である。



私たち姉弟の高校時代は、毎日が賑やかで輝きに満ちていた。



そうして新年度、私は高校を卒業し歯科衛生士科へと歩みを進めたのである。




ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み