ただ、愛のために

文字数 1,691文字

どうした、勇者よ。

貴様の力はそんなものか?

くっ……さすが魔王……つ、強い……!!
フン、たわいもない。

失望したぞ、勇者よ。とっとと死ぬがよい!

う、うわッ!!
キィン!!
おいおい、なーにやってんだよ、勇者。

ちゃんと前を見て戦えって言ってるだろうが。

せ、戦士さん!
勇者殿。勇者殿は独りで戦っているのではござらんよ。
そうだよ、勇者くんには僧侶がついてるんだからね!
みんな……うん、ありがとう!

そうだ、僕は独りじゃない……みんながついていてくれるんだ……!!

ぬ……?

身にまとう気の力が……変わった……だと?

いくぞ魔王!

この剣を受けてみろ!

ガキィィィィィン!
な、なんだこの力は……!

先ほどまでとは、まるで別人ではないか……!

僕には、仲間がいる!

そして、旅の途中で出会った友人たち、僕を信じて待っていてくれる人たちがいる!

こんなところで、負けるわけにはいかないんだ!!

バ、バカな……!

想いが、想いの力が貴様を強くした……だと!?
僕は……僕の愛する人たちのために、絶対にお前を倒す!!

ウォォォォォォォォ!!

え……ちょっと待って、勇者くん。
ど、どうしたの、僧侶さん?
勇者くん……ううん、ゆーくん。

ゆーくん、言ってくれたよね?

僧侶のこと、好きだって。ねえ、言ってくれたよね?

そ、それは言ったけど……。
なんだよ、お前らデキてたのかよ?
仲間である拙者達に一言もなかったのは、いささか寂しい気持ちになるでござるな……。
ご、ごめん……。
ゆーくん、ちゃんこっちを見て! 僧侶のこと、ちゃんと見てよ!!
ごめんね、僧侶さん……。

僕は僧侶さんのことは好きだし、その気持ちに偽りはないよ。

僧侶ね、すごく嬉しかった。

ゆーくんにとって特別な存在になれたんだって。

なのに……なのに、なんであんなこと言うの?

あんなこと……?
誤魔化さないで!

さっき、聞こえちゃったもん。ゆーくん、はっきりと言ってた。愛する人『たち』って!

それは、その……。
世界一愛してるって言ってくれたのは、嘘だったんでしょ?
嘘じゃないよ!

でも、他の人も大切というか……。

その、それとこれとは別の意味で……。

ねえ、ゆーくん。

ゆーくんってさ、優しいよね。

そ、そうかな……。
でも、誰にでも優しいのって、本当に優しいのかな?

ゆーくんは自分が嫌われたくないだけじゃないの?

僧侶は……ゆーくんが愛してくれれば、それでいいのに……。

僧侶さん……。
来ないで!

今、ゆーくんに優しくされたら……もっと酷いこと言っちゃうと思う。

ゆーくんの優しさって、時々すごく残酷だよ……。

……。
あーあ。僧侶、本当にひどい女だよね。

ゆーくんには世界を救うっていう大切な使命があるのに……。

がっかりさせちゃったよね、ゆーくん。

僧侶さん……。
ごめんね、ゆーくん。

ゆーくんのこと大好きなのに傷つけちゃう……。

今の僧侶じゃ、ゆーくんにとって負担にしかならないのかも……。

僧侶さん……!
こんなこと言いたくないけど……やっぱり……お別れしよっか……。
僧侶さん!
ゆーくん……。
よく聞いて、僧侶さん、いや、僧侶。

僧侶は、僕にとって世界で一番大切な人だ。

僕が愛してるのは、僧侶だけだよ。

ゆーくん……本当に?

本当に、信じてもいいの?

不安な気持ちにさせてごめん。

これからはもう、僧侶を悲しませることはしない。

他の人のこと、愛してるって言わない?
ああ、もちろん。
世界中の誰よりも僧侶のことが大切?
当たり前だろ。

僧侶に比べたら、他のやつらなんてゴミさ。

呼吸をする生ゴミだよ。

じゃあ……ちゃんと言って。

女の子って、言葉にしてくれないと安心できないから……。

ああ、分かった。

いいかい、僧侶。僕を信じて。

うん……。
よく聞け、魔王!

僕は、世界中でただ一人愛する僧侶と、呼吸をする生ゴミ達のために、お前を倒す!!

ゆーくん……嬉しい……。
……。
……。
……。
なあ、魔術師。
戦士殿、皆まで言う必要はござらん。

魔王殿、お頼み申し上げる。

うむ、そうだな……。では、言おう。
よく聞け、勇者よ!

我らは世界のために、貴様を倒す!!

王国歴749年、勇者による魔王討伐は失敗に終わった。
世界は魔王により支配され、国民は末永く平和に暮らしましたとさ。


おしまい

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登場人物紹介

勇者

まだ幼さが残る。

僧侶

お姉さんタイプ。

戦士

脳筋。

魔術師

一人称は拙者。

魔王

魔王の腹心

カエル

カエル

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