第4話

文字数 1,010文字

 夜になった。川の水はやけに穏やかに流れている。沈黙の時間が流れる。何かが頭の中にあって、それが徐々に溶けていくような気がした。空には星が輝いている。まばらに浮かぶ星は一つ一つがガラスの破片みたいだった。それで僕は昔のことを思い出す。友達とアスファルトの夏の道を歩き、何か話して、笑い合っていた。あの頃の自分はこんな旅行をするなんて思いもしなかっただろう。
 月が浮かんでいる。穏やかな光が辺りを照らしている。時間はゆっくりと流れていく。新幹線で弁当を食べてから、何も食べていなかったが、不思議とお腹は空かなかった。僕は河原に座り、ただ辺りの風景を眺めていた。
 辺りに人は誰もいなかった。皆、家の中にいるのだろう。このまま、朝まで起きていて、ここに座っているのも悪くないかもしれない。少し怪しまれるかもしれないが。
 誰かが河原まで歩いてくるのがわかった。街灯の光に照らされた顔は、見覚えのある人だった。それは新幹線で隣に座っていた人だった。
「どうして、あなたがここに?」
 僕は咄嗟に声をかけた。
「あなたは、新幹線にいた人ですね」
「そうです。実家に帰ったのでは?」
「家には帰ったのですが、あなたが京都に行くと聞いて、私も久々に京都に行こうと思ったんですよ」
 僕らは河原で話をした。すると、女性は鞄から袋を取り出した。
「線香花火です」
「どうしてそんなものを?」
「京都の街並みを眺めながら、やろうと思ったんです」
 女性はそう言って、僕に一本取り出して渡した。僕は受け取って、ライターで火をつけた。線香花火をやるのなんていつぶりだろう。今が何時なのかもわからない。僕らはまるで世界から切り離されたみたいだった。辺りには僕ら以外に人はいなかった。
 線香花火は火種からバチバチと火花を放った。
「なんだか懐かしいですね」
 女性はそう言って微笑んだ。
「理由のない旅だったんです。ここに来たのは」
「そうですか」
「でも、来てよかった。時間が経てば案外、回復するもんですね」
 火花は夜の闇に溶けて消えていく。僕はなんでここにいるのだろう。そしてなんでこんな偶然と出会ったのだろう。
「人生はいろいろありますからね。こうやって花火をするのも悪くないです」
 彼女はそう言って微笑んでいた。
 火種はぽとりと地面に落ちた。火薬の匂いがした。懐かしい気持ちになる。まるで全てが許されたような。明日の朝、東京に帰ろう。それで、また新しい日を始めることにする。
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