act.02-01 守られるべき人物
文字数 1,363文字
奥歯を強く噛みしめていた。無意識だった。
道路は空いていた。凝視するようでも泳がせるようでもない曖昧な視線で、鷹は先行車の後ろ姿を眺めていた。シルバーの国産セダン。無意味にふらつく運転席のシート越しに見えているのは、真っ赤に染めた長い髪。ぬいぐるみで満艦飾にした軽自動車でも転がしてるのが似合いそうな若い女が、フルサイズのセダンに乗っている。そんな光景が、心で渦巻く違和感と重なり合った。
――なぜだ。
――何が起きた。
断片的な情報をかき集めて、あらゆることを精査する必要があった。だが、まだ点でしかない。全部をより合わせて糸にして、縦糸と横糸を紡ぎたかった。
「鷹――あ。すみません、邑久保さん」
助手席。横からドライバーに声をかけられて我に返った。
「なんだ?」
「これは、単純な拉致でしょうか。それとも、犯人は何らかの要求を……?」
顎だけに伸ばしているヒゲに触っていることに気づいた。伸ばし始めて五年か六年になるが、それが考えごとをするときの自分の癖だと自覚したのは、つい最近のことだ。
「わからんよ。現時点で明らかなのは、相手が組織的だってことだけさ」
先行車の赤髪女は携帯電話を耳に当てた。
「――それから、俺の呼び方は鷹でいい」
「失礼しました。一応、逆探知その他の装備は後ろに載せてあります。必要なら、すぐ海斗の家の固定電話に取りつけますので」
わかった、とうなずいて、手元のデバイスを確認する。局員全員に配布された専用品の液晶画面には新たな情報が刻々と上書きされ、海斗を連れ去ったワゴン車の動向も逐一報告されていた。しかし、数台出ているこちらの追跡車両との距離は、最も接近したものでも五キロ以上あった。とはいえ、いずれ追い詰める。時間の問題だ。
すぐに海斗を取り戻す。まだ十七歳の少年に、いらぬ負荷などかけたくはない。犯行グループはいったい誰なのか、そこを見定める必要があった。
「前の車、抜いてくれ」
赤髪女はまだ通話を続けていた。
――なぜだ。
――何が起きた。
この仕事がなすべきなのは、たったひとつ。「守ること」だ。
それは組織的に、注意深く継続されている。ひと筋のほころびもなく、安定もしてきた。しかし今日、突然それが崩れた。
いや、まだ崩れてはいない。崩れかけただけだ。放置しておけば決壊につながりかねない傷口も、今のうちに塞げば奔流を招かずに済む。
七尾海斗。
守るべき五人のうちの、ひとり。
誰が、どんな目的で連れ去ったのか。
映像には、三人の実行犯がくっきりと映っていた。最初に海斗に声をかけた男、ワゴン車に押し込むのに協力した男、そしてドライバー。動きに無駄はなかった。明らかに指揮系統が存在している。そいつらは、海斗の何を、どこまで知っている?
知らなければ、身代金目的の営利誘拐かもしれない。だが、海斗の父親は製薬会社に勤める一介のサラリーマンだ。資産家の子息であれば別だろうが、海斗が営利誘拐のターゲットになるとは考えにくい。可能性はゼロではないが、かぎりなくゼロに近いと断定していいだろう。
ならば、答えはひとつ。
犯行グループは、海斗が
道路は空いていた。凝視するようでも泳がせるようでもない曖昧な視線で、鷹は先行車の後ろ姿を眺めていた。シルバーの国産セダン。無意味にふらつく運転席のシート越しに見えているのは、真っ赤に染めた長い髪。ぬいぐるみで満艦飾にした軽自動車でも転がしてるのが似合いそうな若い女が、フルサイズのセダンに乗っている。そんな光景が、心で渦巻く違和感と重なり合った。
――なぜだ。
――何が起きた。
断片的な情報をかき集めて、あらゆることを精査する必要があった。だが、まだ点でしかない。全部をより合わせて糸にして、縦糸と横糸を紡ぎたかった。
「鷹――あ。すみません、邑久保さん」
助手席。横からドライバーに声をかけられて我に返った。
「なんだ?」
「これは、単純な拉致でしょうか。それとも、犯人は何らかの要求を……?」
顎だけに伸ばしているヒゲに触っていることに気づいた。伸ばし始めて五年か六年になるが、それが考えごとをするときの自分の癖だと自覚したのは、つい最近のことだ。
「わからんよ。現時点で明らかなのは、相手が組織的だってことだけさ」
先行車の赤髪女は携帯電話を耳に当てた。
「――それから、俺の呼び方は鷹でいい」
「失礼しました。一応、逆探知その他の装備は後ろに載せてあります。必要なら、すぐ海斗の家の固定電話に取りつけますので」
わかった、とうなずいて、手元のデバイスを確認する。局員全員に配布された専用品の液晶画面には新たな情報が刻々と上書きされ、海斗を連れ去ったワゴン車の動向も逐一報告されていた。しかし、数台出ているこちらの追跡車両との距離は、最も接近したものでも五キロ以上あった。とはいえ、いずれ追い詰める。時間の問題だ。
すぐに海斗を取り戻す。まだ十七歳の少年に、いらぬ負荷などかけたくはない。犯行グループはいったい誰なのか、そこを見定める必要があった。
「前の車、抜いてくれ」
赤髪女はまだ通話を続けていた。
――なぜだ。
――何が起きた。
この仕事がなすべきなのは、たったひとつ。「守ること」だ。
それは組織的に、注意深く継続されている。ひと筋のほころびもなく、安定もしてきた。しかし今日、突然それが崩れた。
いや、まだ崩れてはいない。崩れかけただけだ。放置しておけば決壊につながりかねない傷口も、今のうちに塞げば奔流を招かずに済む。
七尾海斗。
守るべき五人のうちの、ひとり。
誰が、どんな目的で連れ去ったのか。
映像には、三人の実行犯がくっきりと映っていた。最初に海斗に声をかけた男、ワゴン車に押し込むのに協力した男、そしてドライバー。動きに無駄はなかった。明らかに指揮系統が存在している。そいつらは、海斗の何を、どこまで知っている?
知らなければ、身代金目的の営利誘拐かもしれない。だが、海斗の父親は製薬会社に勤める一介のサラリーマンだ。資産家の子息であれば別だろうが、海斗が営利誘拐のターゲットになるとは考えにくい。可能性はゼロではないが、かぎりなくゼロに近いと断定していいだろう。
ならば、答えはひとつ。
犯行グループは、海斗が
守られるべき人物
であることを知っている。