久我山蒼生

文字数 2,056文字


 
 久我山蒼生(くがやま あおい)は、齢19にして早くも人生に飽き飽きしていた。
 先の見える人生ほどつまらぬものはない。それもろくな終わり方はしないだろうとわかっているのでは尚更だ。
 というのも、彼の身近には端的に言ってろくな大人がいなかった。

 物心ついたときから、母親は家に男を連れ込んでいた。
 三番目の愛人は彫師だった。その男に刺青を入れられたのが本格的な不良人生の始まりだった。生来の目つきの鋭さに加えて一丁前に墨など背負っていては、絡まれるのも無理はない。
 顔も知らない父親の遺伝子が屈強だったのだろう、低栄養な子ども時代を過ごしたにもかかわらず頑丈に育った蒼生は、喧嘩も滅法強く、そのうち特区きっての不良少年として名前が売れていった。
 中学を卒業する頃には、特区の不良少年たちによって構成されるグループのリーダー格まで上り詰めていた。

 しかし蒼生はこの状況を皮肉に捉えていた。
 喧嘩自慢を誇ったところで、プロの格闘家に勝てるわけでもなかろう。川崎でてっぺんを取ったところで所詮は井の中の蛙。外の世界に出た途端に自分が何者でもなくなることが、蒼生にはよくわかっていた。
 そもそも、とりたてて喧嘩が好きだったわけでもない。ただ生き抜くのに必死だっただけだ。
 その結果がこれだ。

「途中で降りられねェゲームってバグってんだろ……」
 蒼生のつぶやきは、虚しく初秋の空に消えていく。

 見上げれば、高速道路と工場の煙突が空を埋め尽くす。川崎特区は工場地帯のすぐ横にあり、空気はいつも淀んでいた。
 蒼生はため息を一つつくと、運河沿いの溜まり場へ向かって歩き出した。

(いや、別に降りたっていいんだ)
 歩きながら蒼生は思う。
 俺みたいなクズが一人消えたところで、社会は痛くもかゆくもない。むしろ血税を払っている連中からしたら、犯罪者予備軍なんていなくなったほうがせいせいするだろう。
 だがそれができない理由が蒼生にはあった。
 蒼生は首から下げた小さな十字架を服の上から握りしめる。
 蒼生自身は何の信仰も持っていない。その十字架は友の形見だった。
 ──俺にはまだやることがある。ゲームを降りるのはその後でも遅くない。
 そうだ。どうせ俺の人生なんてたいした価値はない。それならせめてあいつの仇を取って、その結果を引き受けよう……。

「蒼生君」

 物思いに沈んでいた蒼生は、はっと顔を上げた。
 高架下の溜まり場。仲間たちが車座で時間を潰していた。
 マサ、恭平、ユウキ。いずれも中学からの連れだ。
「どうしたぁ? 昨日食った弁当が当たったかー?」
 幼馴染のマサ。親父が本職で、暴力が当たり前の環境で育ったせいか、本人もすぐにキレる。一度暴れ出したら蒼生以外には誰も止められない。しかし普段は無気力で、間延びしただるそうな口調で喋る。
「蒼生君、一人でふらふら出歩いたら危ないよ」
 中学で一つ学年が下だった恭平。喘息持ちで身体が弱い。気が優しく、およそ不良社会などには似つかわしくない少年だったが、蒼生を慕っていつも彼の後にくっついている。蒼生にとっては弟分のような存在だった。
「…………」
 中学でずっと同じクラスだったユウキ。三人兄弟の次男だが、兄弟全員が揃った試しがほとんどない。兄弟たちが自宅と鑑別所を行ったり来たりしているせいだ。ユウキだけが今のところ無事なのは、彼の情熱が、違法行為よりはトラックメイキングに向かっているためだ。
「蒼生君、バッドヘッズの奴らに囲まれたらどうするの?」
 恭平が心配そうに言う。
「そんなのいちいち気にしてたらコンビニにも行けねぇべ」
 蒼生は面倒くさそうに答えて、彼らの間に座る。

 バッドヘッズとは、在留外国人(多くは不法滞在)の三世たちを中心に構成された不良グループだ。バックに母国の暴力団がついており、その凶悪さは地元住民にも恐れられていた。
 蒼生たちが所属する“フッド”こと川崎ブラザーフッドは、数年に渡って彼らと抗争をつづけている。
「馬鹿馬鹿しいんだよ。狭い特区の中で縄張り争いしてどうすんだ」
「そうは言っても、向こうが襲ってくるんだからしょうがない」とユウキ。
「それにあいつの(かたき)を取んなきゃだろ」とマサが呼応する。
「…………」
 蒼生の顔つきが暗くなる。
 恭平はおずおずと蒼生の顔を伺った。
「……でもさ、蒼生君、本当は復讐なんかしたくないんでしょう? どこかで誰かがやめないと……」
「何なまっちょろいこと言ってんだよ恭平! 仲間やられっぱなしで黙ってられるわけねーだろぉ。な、蒼生?」
「……恭平の言う通り」蒼生は重い口を開いた。「どっかで誰かがやめなきゃいけねぇ。でないと俺たちの下の代までずっと殺し合いがつづくぜ」
「だから召集かけてヘッズをぶっ潰しちまえよ! なに日和(ひよ)ってんだよ蒼生ィ」
「……」

「あのう」そのときだった。彼らの緊迫した空気を、ほのぼのとした声がぶち壊した。「お取り込み中すみません。ちょっとお尋ねしたいのですが」
 蒼生たちは怪訝そうな表情で声の主を見上げる。
 黒いコートを身に纏った男が立っていた。
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登場人物紹介

木城朔太郎(きじょう・さくたろう)

新任司祭。川崎特区の教会に赴任する。

久我山蒼生(くがやま・あおい)

川崎特区生まれ育ちの少年。

恭平
蒼生の仲間。蒼生を慕っている。

マサ

蒼生の仲間。

ユウキ

蒼生の仲間。

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