第4話

文字数 2,693文字


希死念慮
おまけ①【奇跡】

おまけ①【奇跡】

























 将烈が斎御司のもとで働くようになって少しした頃。

 将烈が1人で何かを調べていることに気付いた斎御司は、将烈を呼びだした。

 「一体何をしているんだ」

 「別に」

 「大方、洌羽のことでも調べてるんだろう」

 「わかってるなら問題ないだろう」

 「詳細を話せと言っている」

 「事件が解決したら報告書は書く」

 「そういうことを言ってるんじゃない」

 将烈はある日、偶然見つけたのだ。

 忘れようとしても忘れるなんて出来ない、あの男のことを。

 名前だけではなく、男の顔正面から見て右側にはホクロが2つ並んでいた。

 すでに斎御司に言われてカラコンを入れていたからなのか、それとも、そもそも過去に関わった人間のことなど覚えていないのか、男、洌羽は将烈とすれ違っても気付かなかったようだ。

 恨み辛みなど忘れて職務を全うしようとしていた将烈だったが、これだけは、この男だけは、どうしても忘れられなかった。

 「異動してきたらしい」

 鬧影にそう聞いて、チャンスだと思った。

 盗聴器も発信機も、使えるものはなんでも使って、洌羽に接触しながら設置し、時には自ら運転手のフリをして後部座席での話を聞いていた。

 少しずつ、綻びが見えだした。

 ハッキングもとある人物から教わり、洌羽のパソコンに忍びこんで情報を見た。

 違法捜査がしたくてこの仕事をしているわけでないが、自分で言うのもなんだが、こういう時は役に立つ仕事だと思った。

 証拠を集めて、どんな言い訳も出来ないように調べ上げて、数年かけて、ようやく逮捕出来た。

 「無茶するんじゃない」

 「無茶してねぇよ」

 「1人でこんなに。私が頼んだ公務もこなしていたと聞いた。寝ずに調べていたのか」

 「・・・俺はよ、別に復讐しようなんて思ってねぇよ。その気なら、あんな男1人くらい簡単に殺せた」

 「物騒なことを言うな」

 「あいつ以外にも、あいつと同じようなことをしてるクソ野郎がいるんだったら、そいつらも檻にぶちこまねえと気が済まねえ。だからちゃんと証拠集めてあいつを捕まえた」

 「随分な進歩だ。だがな、上司の私にくらい、話しておくべきだった」

 「言ったらどうせ1人では無理だとか言うんだろ」

 「それはそうだ」

 「今の俺にとって、信頼出来るのはおっさんだけだ。だがおっさんは現場から離れてる。となれば、俺1人でやるしかねえだろ」

 「誰か信頼出来る者を出したさ」

 「おっさんが信頼してるからといって、俺が信頼出来るとは限らねえ」

 「・・・・・・」

 「俺は、1人でやっていく」

 「将れ・・・」

 言い終わる前に、将烈は出ていってしまった。

 残された斎御司は、今までしたことのないくらい、深いため息を吐いた。







 「この逮捕は不当だと何度言ったらわかるんだ」

 「しかし、このような証拠が」

 「そんなもの、誰かがねつ造したに決まっている。誰なんだ、この私をくだらんことで逮捕しようとしているのは」

 「俺だけど」

 洌羽の取り調べをしている部屋に、男が乱入してきた。

 洌羽は男を下から上まで一瞥したあと、馬鹿にしたように鼻で笑った。

 男が洌羽の正面の椅子に座っている別の男をどかせると、そこに悠悠と座り、洌羽に向けて煙草の煙を吐く。

 いや、故意に向けたわけではなく、風向きがそうだっただけなのだが。

 「なんだお前は。こんな若造が私を捕まえたのか?馬鹿馬鹿しい。上層部の古内に連絡をしてくれ」

 「・・・・・・」

 「おい!早く呼んで来い!!」

 「俺を覚えてるか?」

 「?なんだと?お前なんて知るわけないだろう」

 「俺はあんたを知ってる。あんたがどんなことをしてきたかもな」

 「一体何のことだ。時間の無駄だ」

 「さぞかし、甘い汁を吸ってきたんだろうな。吸い過ぎて胃がもたれるような、溝川みてぇな臭いがするよ」

 「口の利き方に気をつけろ」

 洌羽は一向に反省した様子を見せず、男は少し俯いた。

 男のそんな姿を見て、これで解放されるだろうと思っていた洌羽だったが、顔を上げた男の目を見て、息を飲んだ。

 まるで時間が止まったかのように、男も洌羽もしばらく動かなかった。

 「見覚えがあるだろ」

 「・・・・・・」

 「俺はこの目で、あんたのしてきたことを見た。澱んだ正義ぶら下げて、極悪非道三昧。俺はあんたとは違う。ねつ造も隠蔽もしねぇ。どれだけ時間がかかろうとも、あんたみたいな連中を追い詰めるために泥水だって啜ってやらぁ」

 「お前なんぞ知らん」

 「安心しろ。お前に直接手を出す心算は無ぇ。二度と這い上がって来れねえくらい、地獄の底まで落としてやる」

 「おい!誰かこいつを連れ出せ!」

 男は椅子から立ち上がると、洌羽ごと机を壁に激突さえ、洌羽の顔の横を殴りつけた。

 壁には大きな穴が開いており、単に殴っただけでは出来ないようなそのぽっこりとした穴の大きさに、洌羽だけではなく、扉近くで見ていた男たちまでもが、その威力に目を見開いていた。

 洌羽にいたっては、顔色が急激に悪くなっている。

 「せいぜい、言い訳してろ。これは餞別だ」

 男が部屋から出て行くと、洌羽はその場にズルズルとへたれこんだ。







 「ふう・・・」

 いつもの場所で煙草を吸っていると、いつから煙草を吸う様になったのかと考える。

 「あのおっさんのせいだな」

 思い当たる人物の名前を呟くと、煙と共に空に吐いた。

 「・・・・・・」

 それからすぐ、洌羽が罪を認めたという話を聞いたが、関係者全員を捕まえるとまではいかなかった。

 歯痒さを残したまま、とりあえずは事件解決となったわけだ。

 「クソが」

 「いつからそんなに口が悪いんだ」

 気付けば、斎御司がいた。

 「昔からだよ」

 「そうか。じゃあ、私の影響というわけではなさそうだな」

 「全く無いわけじゃねえからな」

 「洌羽、その部下たちが捕まって、裁判になるそうだ」

 「そうか」

 「気にならないのか」

 「司法には関与出来ねえだろ。どうせ、息のかかった連中の集団だ」

 「お前がやらねばいけないことは、山積みだな」

 「面倒くせぇなぁ。ちっとも片付かねえじゃねえか」

 「死にたくても死ねないな」

 「・・・・・・」

 「そのうち、死にたくなくなるさ」

 「・・・・・・」

 「もう泣くなよ」

 「俺がいつ泣いたんだよ」

 「つい最近だって泣いてただろう」

 「泣いてねぇよ。ふざけんなよ」

 「それだけ元気があれば大丈夫だな。何かあったら来るといい」

 「・・・・・・」

 斎御司が去って行くと、将烈も煙草の火を消して身体を伸ばす。

 少し温い風を感じながら。

 また、理不尽な世の中に潜りこむ。

 「うし。行くか」




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