上田少尉の息子

文字数 1,371文字

 若くして病気で亡くなった上田少尉は妻に手紙を託していた。
 修さんが物心ついた時、すでに父親は他界していたので、父の記憶は全くないという。
 上田少尉が相良君から預かった手紙は奥さんに渡り、奥さんの死後、息子である修さんに委ねられた。美代子さんの時と同じだ。
 新一宛ての手紙は、令和3年7月11日以降に渡すよう指定されていたという。

 上田さんが母親からこの手紙を受け取ったのは11年前で、その二日後にお母さんは亡くなっている。享年83歳、苦労はしたが幸せな人生だったと言っていたそうだ。
松野家同様、上田さんも、その手紙の事は直ぐに忘れ、再び思い出したのは先月の事だという。
「上田さんにとっては全くの他人である僕の為に……ほんとに、ほんとうにありがとうございます。何とお礼を言ったらいいか……」
 新一は深々と頭を下げた。
「いえ、私は楽しかった。失礼。ですがワクワクしました。でも最初に手紙を読んだ時はとても信じられませんでした」
「でしょうね」
「母の死後、言われた通りに封を開けて中を見ると、相良氏からの貴方宛ての手紙と、もう一通、父と私達に宛てた手紙も同封されていました。そこには昭和が64年で終わる事、次の元号が平成と令和である事が書かれていました。父、隆明が亡くなったのは昭和26年です。平成、令和という元号を知る由はありません」
「それでその手紙を信じたのですか?」
「それもありますが、先程お話したように、私はその手紙の事を忘れていました。再びそれを思い出したのは先月、7月11日です。信じざるを得ません」
 修は一口、水を飲んでから続けた「ほんとはすぐにでもお会いしたかったのですが、戦友会の名簿にあった柳原さんの住所は駐車場になっていました。やっと現住所がわかったら、今度は私がギックリ腰をやってしまって……気持ちは焦っていたのですが、遅くなって申し訳ございません」修は頭を下げた。
「いえいえ。こちらこそすみませんでした」
 こんな年配の人に謝られると、とても恐縮してしまう。一息おいて新一はアイスコーヒーをすすった。
「母がその手紙を私に託した日、手紙の事を思い出したのは父の葬儀の時以来だと言っていました。母が私に嘘をつくはずがありません」  
 修は話し終わると、一気にコップの水を飲み干した。
「そうでしたか。ありがとうございます。同じように、相良少尉が別の家族に宛てた手紙で僕は現世に戻る事ができました」
 新一は大津島での出来事を上田さんに話した。
 長い話だったが修は真剣に新一の話に耳を傾けた。
「お話頂きありがとうございます。父は……父は相良少尉に助けられたのですね」
「解りません。でも、自分が行かねば上田が死ぬ。それは絶対にさせない。そう言っていました」
「そうですか。そんな友達がいたのなら父はきっと幸せだったのだと思います」
 そう言うと修は新一に手紙を渡した。
「これも縁です。何かありましたらご連絡ください」
 修はテーブルの上に名刺と珈琲代を置いて立ち上がった。
「あの……」
「その手紙はお一人でお読みください。ではまたいつか」
 そう言うと修は丁寧にお辞儀をして店を出て行った。
 テーブルに置かれた名刺には、浜松北リハビリテーション病院・院長・上田修と印刷されていた。
マジか。相良君、上田少尉の息子さん。メチャメチャ立派な人だったよ。
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