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 ――どうやら夢を見ていたらしい。懐かしく、苦い回想だった。
 そう思いながら、二日酔いの頭をなんとか持ち上げる。
 手紙を見てから、私は会社に連絡を入れてしばらく休みを取らせてもらっていた。理解のある上司で、こちらの声から様子でも見て取ったのだろうか、一週間だけならなんとかしてやると言ってくれた。その言葉に心底感謝をしつつ、甘えて、出来た時間でやっていたことと言えば酒に溺れることだった。
 現実をなんとしても忘れてしまいたかった。自分の酒量は知っているが、明らかにそれを超える量を無理してあおり続けた。流石に朝日が緑色やら紫色やらに歪んで混ざって見えるようになったのはまずいと思って飲むのをやめて眠っていたのだが、そんな中で見た夢があの時期の回想だったのだから目覚めの気分は最低の底をぶちぬいたくらいに最悪だった。
 苛立たしいと感じたのは一瞬だった。二日酔いの頭痛と倦怠感が辛くてそれどころではなかったからだ。
 寝起きでだるい体を引きずるように動かして、台所に行って水を飲む。少し気分が落ち着いた気がした。蛇口から勢いよく落ちる水の真下に頭を突っ込む。冷えた水が熱くなった頭に当たって非常に気持ちがよかった。水を止めて、近くにあったタオルで頭を拭きながらリビングに戻って、ベッドに横たわる。
 少し冷静になったような気はしていた。久しぶりに頭が起きたような気分になっている。まぁ頭痛が酷かったりとか体調面での問題は発生しているが、気分の上ではいくらかすっきりしているような気持ちがしていた。
 しばらくベッドの上でぼうっと天井を眺めていたが、ふいに、けじめをつけようかなと思った。どうしようかなと考えて、ふと思いついた案を実行することにした。
 どこかに放り投げていた携帯を探し出して、残っていた彼女の連絡先にメールを送る。文面は迷ったが、結婚おめでとう、幸せになってくださいとだけ書いた。
 送信ボタンを押して、そう時間が経たない内に携帯が震えた。何だろうなと思ってみると、メールを一通受信している。
 中身を見ると、着信拒否を示す内容が書かれているものだった。
 思わず笑ってしまった。けじめをつけることすらまともにできないのかと、笑わずには居られなかった。
 この着信拒否はなぜ行われたのだろう。愛想が尽きたからだろうか? それとも、連絡を取れば採った選択を後悔するくらい思い入れがあったからだろうか?
 出来れば後者であってほしいと思うが、どうなのだろうか。あれからさして時間は経っていないが、当時の対応は非常に情けないものであったのだろうと思う。自分の行動は、彼女の何かを変えるまでには至らなかったのだから。
 ただ、もう縋る縁もないほどに関係は切れてしまった、終わってしまったことだけは理解したし、納得もした。これ以上はどうにもならない。本当に終わってしまったと、そう思うしかなかった。
「……これからどうしようかなぁ」
 携帯で日付を確認して、今日が金曜日だということがわかった。仕事が始まるまであと二日しかない。この一週間はろくに外に出ていないから、買い物をして、部屋の掃除をして――色々なことをやらなければならない。ならないのだが、そんなことをする気力はやはり湧かなかった。
 視界が歪む。かろうじて声は歯を噛み締めて我慢したが、頬を流れる涙は止まらない。服の袖を目元に押し当てる。
 ああ情けねえなぁ、とそう思いながら、そのまま眠りについた。
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