一時限目

文字数 2,740文字

 昨日買ったポスター型ホロテレビの紙をおれは六畳一間の部屋に貼った。
 認証は完了し、ホログラムモニタから朝のお天気ニュースが流れ出す。
「間に合った……」
 安堵のため息をつく。
 お目当てはもちろん、お天気アイドルユニット『パスカルガールズ』のうっちーを高画質で観るためだ。
 新型のホログラムモニタはすごい。おれは現時点で最高画質で観るうっちーの姿に涙した。大枚はたいて買ってよかった……。
 お天気ニュースの最後に愛しのうっちーが、
「それでは、次は『基礎教養の五分間』です。今日はお二人の刑事さんに、わたしが話を聞いてきました。では、その様子をどうぞ」
 と言い、画面が変わる。うっちーの基礎教養のコーナーだ。
 これが結構人気がある。
 うっちーの私服姿が観られるからだ。この私服が衣装スタッフさんが考えた衣装だなんておれは信じない。うっちーは私服でもハイセンスなのだ!


「あー、あー、これ、映ってんのか、今?」
 ジャケットを着込んだおっさん刑事がカメラに寄って顔を大写しにする。
「谷崎さん、やめてくださいよ、みっともない。これ、録画っすから」
 おっさんの肩に手を置いて、若手らしい刑事がカメラからおっさんを引きはがす。
「そうなのかよ。ったく。で、嬢ちゃん、なにを話せばいい?」
 若手刑事の方がため息を吐く。
「段取りしなかったんすか、谷崎さん」
「うっせーな、津島。冗談だよ、冗談」
「あ、あの……、それでは本題の方に」
 うっちーが戸惑いながらコーナーを進行させる。
「おう。なんでも聞けや。どんと来い」
 おっさんが自分の胸を拳で叩く。
 おれのうっちーはよくできた子だから、相手が不愉快なくそ親父でも笑顔を崩さない。
「それでは、本題です。お二人が所属しているGWP能力者対策課ですが、そもそもGWPとはなんなのでしょうか。わたしら一般のひとたちには、なじみのない言葉ですよね」
「確かに。なじみはねーかもしれねーなぁ」
「僕が説明しますか」
「津島は黙ってろ。依頼受けたのはおれだからな。……知っての通り、〈GWP〉とは〈ゴールデンウィークポイント〉という和製造語の略だ。では、ゴールデンウィークポイントとはなにか。ゴールデンウィークとはそのまま、祝祭日が連なった連休を指す。能力としてのGWPとは『毎日がゴールデンウィークになる能力』のことだ。お気楽、極楽。……で、お気楽極楽だけの奴らであれば済むんだが、そうもいかない。GWPは異能力だ。周囲を自分の都合に良い位相空間にすることができる。パーティー会場にするんだ、パーリーピーポーらしく、パーリーに適したトポロジーに、な。やつらGWP能力者は〈パーリーピーポー〉とも呼ばれている。パーティばかりしてる奴ら、という意味さ」
 うっちーが頭を抱える。
「えーっと、専門用語ばかりで意味がわからないんですが」
「ほら、谷崎さん。アイドルが困ってるじゃないですか。僕が説明しますよ」
「はぁ。お願いします」
 うっちーがぺこりと頭を下げた。
「GWP能力はこう解釈されています。……パロール、つまり発話……は、そのひとにとって意識的になされます。でもランガージュ……言語というのは、それ自体は意識的なものではないのです。それは無意識の領域でなされるもので、イマージュ……イメージが貯蓄された無意識の中から取り出されたものがパロールなんです。他の発話されなかったものは無意識的にプールされています。ひとつのシニフィエに対してひとつのシニフィアンだけが対応するとは限らないでしょう?」
「は、……はぁ?」
「プール……貯蓄している以上、無意識はひとつの言語のように構造化されているともいえる」
 若い刑事……津島、と言ったか……のあとに、おっさん刑事、谷崎……が会話を引き継ぐ。
「しかし、主体は主体なんだな。他人の主体は客体っていうだろ。客体から見たら自分もまた客体。それをGWP能力者は、位相空間化によって、自分の無意識を現実に拡張し、客体の見ている現実に作用させてしまう。つまり、やつらの妄想が〈拡張妄想力〉として、現実のものになってしまうんだ。妄想の中で動けって念じれば、そいつがテレキネシス保持者ならば実際に、現実でビルが動いたり空中に浮いたりしてしまう。それが〈拡張妄想力〉だ。GWP能力と拡張妄想力を区別して使っているのは、我がGWP能力者対策課の刑事もまた、拡張妄想力の持ち主だからだ。目には目を、ってな」
「さっぱりわかりません」
「ピンク、……だな」
「はい?」
「いや、嬢ちゃんの今はいてるぱんつの色さ」
「ッッッ!」
 キレかかるうっちーは、咄嗟に、スカートへ手をあてて、隠すかのようなそぶりをする。
「図星かい? いや、当たってなくても実際にピンク色にしてしまうのが拡張妄想力さ。現実をねじ曲げて、ね。ははは、ごめんな、嬢ちゃん」
「セクハラオチですかっ!」

 そこで番組が終わる。
 さっぱりわからなかったが、うっちーの今日のぱんつはピンクだというのがかろうじてわかった。

 番組終了直後、映話フォンが鳴ったので、通話をタップする。
 相手は友人の松本ひろゆきだった。松本の姿が浮かび上がる。
「おい、川尻! 今日のお天気ニュースと基礎教養、観たか?」
「ああ、観た」
「ピンク色なんだってな!」
「殺すぞ」
「ああ、おれはパスカルガールズ、もっちー派だからな。しかしよー、うっちー派の奴らにボコられるぞ、あの谷崎とかいう刑事。あ、おまえはうっちー派だったな。ぎゃはは」
「用件はそれだけか」
「いや、部室に来てくれ」
「何度言ったらわかるんだ。おれはオカルト研究会になんて入らない」
「いいから来てくれ!」
 通話が切れた。
 プー、プーと映話フォンが鳴っているので、ホロを消した。
 テレビも消した。
 六畳一間はしじまに包まれた。
 今日もやることないので、松本のところへ行くことにした。仕方ない。
 おれは出かける前にひげを剃ることにし、洗面所へ向かう。
 洗面所はトイレと一体型になっている。
 ひげを剃ろうとやってきて。
 そのトイレの中の洗面所に備え付けの鏡を見て、おれは言葉を失った。

「顔が……消えてる……ッ」

 鏡の中の、おれの顔はのっぺらぼうになっていた。顔に、目も鼻も口もついてないのである。
 自分の顔を手で触る。
 すべすべしている。目や、鼻や、口があるべきその場所が。
「バカな」
 だって、こうやって声に出してるし、視界は良好だ。空気だって吸って吐いてる。呼吸している。生きてる。
 なのに。
 なんだこれ?
 なんなんだこれは?

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