第二話「はじまりはこんな感じ」
文字数 1,960文字
ベッドとテレビモニター、大きめのデスクトップPC、目立ったものはそれしかない
簡素な部屋。
水島は少し立った寝癖に手を当て気にしながら玄関に続く通路脇にある冷蔵庫から慣れた手つきで牛乳を取り出す。
ボリボリと音を立ててフレークを口に入れる。食べ終わると食器を流しに入れて歯を磨く。一連の朝のルーチンを終えて
やかんに沸かしたお湯でインスタントコーヒーを入れている。
ちゃぶ台にコーヒーを置き、水島は胡坐をかいた。
さて、こんな感じか。このノベルはこんなテイストで進むんだな。
俺にもよくわからないが、簡単に言うと夢の中で夢、って気づいてしまった状態みたいなもんだろう。
小説の人物が小説だ、って気がついてしまった状態、ってとこか。
コーヒーカップを口に運び静かにすする。
キルケゴールの説明を始めよう。とにかく簡潔に言おう。あいつは・・・
恋人を捨てた、突然に。愛を誓い合っていた人との婚約を破棄したんだ。
その絶望、美学、矛盾のように見える人生、がキルケゴールの魅力ってとこだ。
少しだけ目を伏せた水島の瞳は明かりを反射し少し潤んでいる。
俺はさ、昔から感化されやすかった。でも昔は誰だってそうだろう?
ヒーローやヒロインに憧れて、白馬に乗った王子様に恋をしたり、世界を救う英雄になろう、と夢想する。
最近だったら、退廃的なものに憧れたり、自分を闇の深い異端児だ、と確信したりするかな。
なにもかもありがちだ。
なにもアニメや漫画ではなくたって、太宰治なんかの文学に憧れたりする中二病は昔から同じだろ。
まだ熱いコーヒーを一気に飲み干しカップを置いた。
身支度をしながら水島は話し続ける。
20歳のころから世界を変えたい、救いたい、なんて周りに語りながらなにもできない主人公。生業は、、、、アルバイト。
いろんな夢を追ってきたけど、どれもダメだった。はぁ、どれも長続きしない、というか、人付き合いも苦手でどうにもシステム、に疑問を持ってしまう。気晴らしにボランティアに参加したりしてみて社会貢献してみても、じゃあそれに本腰入れて中に入る、ということ
もしてこなかった。もちろん夢を追っていたから、なのだけど、どれも中途半端になってしまった。貧乏や環境のせいにしてもしかたがない。
まぁ、とにかく今は今、だ。
小さな本棚から文庫本を取り出し開く。
さて、こいつも持っていこう。キルケゴールの「死に至る病」だ。
死に至る病とは絶望のことである。なんとも美しい、カッコいい言葉だ・・・
死に至る、ってことはまだ死んでない状態、死ぬことすらできずに精神的に死に至る。
あらゆる艱難や病苦、とは別のキリスト教的な意味の悲惨な状態、絶望。
まず、俺が納得しない。
まあ、本を手にするとなんとなくキルケゴールが少し気配をもたげてきたようにも思える。
俺はやつを倒す。
仲間は読者であるあんた一人。
外の世界はきっとなにがしかの展開があるはずだ。きっと俺以外の登場人物も出てくるだろう。
さあ、冒険のはじまりだ。