聴こえますか 聴こえますか 人の子よ 今魂に直接語りかけています

文字数 1,268文字



 通勤時の電車、何時もは座れる席はなくてドアの側に立っているけれど、今日は運良く席に座れた。流れる景色を眺めながらの移動も良いけれど、座れるのは楽だ。そして、楽なせいか眠くなってきた。どうせ、何駅も停まらない急行。暫く眠っておこう。

「貴方は死にました」
 いや、なんて?
「電車内と言う逃げ場の無い空間で、毒ガスにやられて、それに気付かないまま貴方は死にました」
 いやいや、ご冗談を。
「事実ですね、残念ながら貴方は死にました」
 うーん、電車で寝たから、変な夢を見ているのかな?
「いや、電車で寝たまま、さくっと貴方は死にました」
 これは、早く目覚めないとだな。
「信じないのであれば、貴方が電車内で寝る前まで時間を戻します」
 何でそうなる。
「何て言うんですかね? そもそも、貴方はまだ寿命が来るまで長いんですよ。それを、普段は乗らない電車に間に合ったせいで死ぬとか……そのせいで、因果律とか狂うんですよね。まあ、簡単に説明するなら、予想外のアクシデントが起きたので、その辻褄合わせですね。例え小さな小さな歯車の貴方でも、予想外の死は色々と不具合を起こしかねないと言いますか。ただ、私の力では少ししか時間を遡れ無いので、時間が戻ったら直ぐに電車を降りて下さい」
 そもそも、時間を遡れるのって……なんで?
「私には、人間は知り得ない力がありますので」
 そうして、目が覚めた。その後、車内アナウンスから聞こえた駅名は、寝る前に通過したものだった。先程の話を信じるかどうか……迷う時間は全く無かった。



 電車から降りると、何故か酷い目眩に襲われた。そこから、意識が不鮮明になり、ぼんやりしたまま立てなくなった。そして、何の返答も出来ないままに救急車を呼ばれて、担架に乗せられた様だ。
 病院に運ばれてから聞かされた話では、自分と同じ車両に乗っていた人も同じ症状に見舞われ、駅周辺の病院のベッドは搬送に次ぐ搬送で一気に埋まったと言う。そして、「病院をたらい回しにされなかったことは、とても運が良いことだった」とも聞かされた。
 まだ、完全に回復してはないものの、無断欠勤にはならないよう会社に連絡をしたい。鞄から手帳を取り出して、会社の代表回線を印したページを開く。小銭は……まあまあ有るから、搬送されて病院に居ることや、体調不良で休むこと位は話せるだろう。

 看護師に公衆電話の場所を聞き、会社に電話をする。突然の体調不良についてや入院した病院名などを告げ、必要最小限の事務的なやり取りをした。その後、念の為に数日間の有給をもぎ取っておいた。正確には、言い切ったタイミングで、最後の小銭が公衆電話に飲まれた。



 通勤途中の体調不良だから、申請すれば多分労災は下りる。その為の書類を入社時にあれこれ記入した苦労が、まさかこんな形で役に立つとは……なるべくなら使いたくない、使わないで済めば御の字な労災。まあ、有った方が安心だが、使わないで済めばその方が断然良い。
 さて、まだフラフラするから病室に戻ろう。折角、運良くたらい回しにされなかったなら、横にならなきゃ損だ。
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