第20話 無人島の海賊

文字数 1,909文字

 どことも知れない島にいる。無人島なのかも知れない。

 嵐の海で邂逅したそれは、確かに幽霊船に見えた。マストに海藻を絡ませ、船体は藻やフジツボに覆われている。一度沈んだものが海底から浮かび上がったかのような姿。死霊が操る船ではなく、船自体の亡霊と言ったところか。

 嵐に襲われ操船がままならぬなか、俺達の乗る船に苦もなく接近してきたそれは、船体の裂け目から幾本もの触腕を伸ばしてきた。滝の様な雨と波が洗い、傾ぐ甲板の上。足場は最悪だ。

 銛やカトラスを手にした船員達と共に、取り付こうとするそれに応戦した。幾本かは斬り飛ばしたが、船ごとぶつけられた衝撃に、俺は海に投げ出されてしまった。絡み付こうとする触腕を振り解き、必死で大波に逆らいもがく記憶が最後。今こうして生きているのが不思議なほどだが、船と船員たちは無事だろうか。

 嵐の中での会敵で満足に戦えなかったが、海魔は沈没船に潜み、獲物を見付けると船ごと浮上し襲い掛かる存在だとは判明した。戦船を何隻か用意するか、それこそダゴンあたりに祈願しなければ相手にならないかもしれない。

『教団もあれだけ羽振りが良さそうなのに、いまごろ巫女を立てての祈念を検討ってのもおかしいわよね?』

 ダゴン教団は信徒の数が多い。それ故、いつどこにでも召喚に応じてくれるという物でもない。信徒が多く信仰の篤い地にしか、ダゴンかその伴侶・ハイドラが顕れることはない。それに代わる存在が、亜神として扱われる眷属。ダゴンに奉仕する深きものは、長く生きれば生きるほど、その大きさと神威を増す。教会のある土地には、随神もしくは神使として、それなりに力を持った歳経た深きものが祀られている。あの港町の教団の規模なら、ダゴン自身の召喚が叶わないとしても、加護をもたらす亜神級の深きものが存在しているはずなのだが。

 幸い骨剣は海で失くすことなくまだ手にしていたが、食料はおろか水さえ持ちあわせていない。俺は引っ掛かっていた岩場をよじ登り、島の探索を開始した。

 ただの岩礁だったなら絶望的だが、そびえる崖の遙か上には緑が見える。ありがたい。上手くすれば、水や食料が手に入るかも知れない。登りやすそうな場所を求めて岩場を回るうち、岬を越えた先に小さな入り江を見付けた。狭いが砂浜になっており、繋がれた小舟と粗末な小屋が見える。避難所か、隠し港の類だろうか。

「何者だァ!? ここを見られたからには生かして帰すわけにはいかねェ!!」

 誰何の声に目を向けると、一人の子供――少女だろうか――がナイフを振り回し叫んでいた。右目に眼帯を付けている。黒地に髑髏。海賊か?

『海賊きどりでしょ?』
「はなせ! はーなーせー!!」

 俺は摘み上げナイフを取り上げたあと、少女を砂浜に放り出した。ただの遭難者で争う気はなく、水と食料を分けて欲しいのだと説明する。

「てめェこのやろう! このニキ様にお願いするなら、それなりの態度で……」

 砂浜に転がりながらも、少女は威勢よく啖呵を切る。だが俺の異形の右手に奪われたナイフと、腰の骨剣を交互に見るうち、次第に語尾は尻すぼみに消え入った。

「……こちらへどうぞ」


 ここはニキの父が隠し港として使っていた場所らしい。海賊というほど大げさなものではない。漁師として働く傍ら、嵐のあと商船が落とした積み荷や、沈んだ船からお宝を引き上げ、隠すのに使っていたのだという。

「一月ほど前の嵐で、ザハンの船が落とした積み荷を拾いに行って、親父は海魔に船を沈められたんだ」

 港町に豪邸を構える豪商、ザハンは交易で財を成した人物で、異国にまで行ける大きな船を持つという。元の漁港では手狭なので、新しい港を作る計画まで進めているようだ。

「親父の敵だ。兄貴があいつを倒すってんなら、ニキなんでもするぜ!」

 ニキはしなを作って片肌を脱いで見せる。力で敵わないなら色仕掛けというつもりなのだろうが、十年早い。

『そういうのはいいから』

 敵と言ってもニキの父は海で死んだのではなく、船を失った失意から、その時掛かった肺炎で亡くなったらしいのだが。

 ニキの話では、この島は人は住まないが、港からそれほど遠い訳ではないらしい。もちろん、俺が泳いで帰れる距離ではないが。溜めた雨水を少し分けて貰ったが、ここではやはり水の確保は難しい様だ。崖の上に草地が見えるのだから、登れば小さな池くらいはあるのではないかと問うと、

「あるにはあるけどね。アレが生えてるからなあ……」

 崖の上にはわずかな草木だけでなく、奇妙なものが生えているという。
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