第4話

文字数 1,172文字

「いらっしゃいませー」

 いつもの日常に戻った。数日間の夢からさめた私に、現実はなかなか厳しい。出勤直後に私じゃない人間がしたギフトラッピングで怒られる。その日、私は出勤じゃないとシフト表を見ればわかるのに。

「いらっしゃいませー」

 友人に朝イチでLINEしたらとても喜ばれた。空さんと社長さんらしき人が夜中にフォローしたらしい。彼女から来た「やる気出るー!」という文面とは反対に、私のやる気は深海の底まで落ちていった。

「いらっしゃいませー」

 造花の棚はレジから1番離れているうえに、一部が死角になるせいか、たまにひどい有様になっている。元あったところに戻してほしい。わからなくなってしまったなら、一声かけてくれれば良いのに。……なんて、ワガママだろうか。たかが、造花。されど造花。本当のように存在する花たちは今日も綺麗で、しゃんとしている。

「こんにちはー」
「あっ……」

 目の前には、記憶から消したはずの人。初めて逢った時と同じ、大きい黒のリュックとキャリーバックを持っている優しい顔をしていて、花が似合う人。

「これから電車乗って空港行くんだ。次は来月にこっち来るから」
「はい」
「それまで、たまに電話していいかな?」
「はい」
「敬語に戻ってるよー。安心して。俺、普段こんなことしないから。本多ちゃんだからしたの」
「……うん」
「またね」

 私の頭をポンポンとすると、空さんは満面の笑みで去っていった。大きなリュックが見えなくなるまで、私は背中を見届けた。私は夢から覚めていないのか? ここまでが夢なのか。


「閉店間際に来たの!! あんたの言ってた2人!!」
「……えっ?」

 バスの中で「一瞬だけ電話したい!」と友人からLINEが来たので、バス停を降りてすぐに電話をかけた。歩きながらはなんとなく怖いので、コンビニの前に居る。いや、私なんか襲う奴居ないだろうけど。

「東京帰ってきて時間的に行けそうだったから寄っちゃったって! 今度ちゃんと買い物しに来るねって!」
「よかったね、新規顧客」
「その言い方良くないー。で、空さんにあんたのLINE教えたからね」
「えっ? なんで?」
「だってずっと電話とSMSで連絡するわけいかないでしょ。せっかくのチャンス、モノにしないと勿体ないよ。あー電車来たから切るね!」
「はーい、気をつけて帰ってねー」

 スマホの液晶に目を戻し、LINEアプリを開く。チャンス? 生きるのもしんどい女に恋愛なんてしてる余裕ないのよ。「知り合いかも?」には、雲一つない青空のアイコンが表示されている。あの人にはピッタリなアイコンだ。対する私は何も設定していない、初期状態のまま。

「……はぁ」

 生きるの面倒だな。仕事も、人間関係も、何もしたくないな。幸せって、なんだっけな。コンビニに売ってるかな。スマホの電源を切って、トートバックの奥底に放り込んだ。
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