天の国の猛騎兵(ハッカペル)

求道

エピソードの総文字数=2,731文字

 わが魂はあなたの救を慕って絶えいるばかりです。わたしはみ言葉によって望みをいだきます。わたしの目はあなたの約束を待つによって衰え、「いつ、あなたはわたしを慰められるのですか」と尋ねます。

(旧約聖書『詩篇』119編81節)


 2人は電車に揺られる。

 幸音が躊躇いつつ口を開く。目は真っすぐ陽太を見つめている。

今日のことって、どう思う?
(偶然と言い切るわけにはいかないし、僕は神の存在なんて信じてないし、どうすれば……。)

うーん……。

 どう答えたものかと迷う。しかし、うまい逃げ方を思いつき実行する。

(あっ、そうだ。質問で返して一旦話題逸らそう。)

白附さんはどう思ってる?
神様が祈りを聞いてくれたならいいけど、偶然かもっていう思いもあるの……。
信じられるなら信じればいいと思うし、偶然だと感じるなら偶然だと思えばいいと思う。無理して信じる必要はないと思う。神様の存在についても。
 陽太は密かに決めていた通り、”無神論”という選択肢を提示する。神から見捨てられたのではと恐れるくらいなら、神の存在など信じない方が楽ではないか。そんな思いが陽太の発言には込められていた。

 しかし、そんな陽太の想いは届かず、幸音はかえって不安げな表情を見せる。

水野君は今も神様はいないって思う?
 不安げに陽太の顔を覗き込む。陽太の反応を判断材料にしようとしているようだ。陽太はそれを敏感に感じ取り、幸音を無神論サイドに引き込みたいという思いが強まる。
僕は神様なんて信じない。前は、典型的な日本人の家で育ったって言ってたけど、実は僕の家族も宗教のせいで痛い目に遭ったことがあるんだ。
え、そうなの?
家は代々普通の仏教だったんだけどね、父さんはある日別の宗教を信じるようになった。父さんが信じていた宗教ではね、怪我や病気は神様からのメッセージだって信じられてたんだ。人が怪我や病気になるのは、神が間違った生き方を戒めるためなんだって。馬鹿馬鹿しい話だろ?
病気や怪我はその人のせいっていうことになっちゃうんだね。
 軽く頷いて、陽太は話を続ける。
小学生の頃、僕は大きな怪我をした。そうしたらね、その宗教の先生が来たんだ。僕の怪我が治るように祈りに来てくれたんだけどね。それでその宗教家、何を言い出したのかっていうと、『親の徳に問題があると、子どもが怪我になる。親の心の汚れを落として綺麗にしないと、今後も同じことが起こる』だってさ。それで両親は結構傷ついたらしいんだ。
それはひどい……。
 幸音の共感が心地よく、語りは熱を帯びる。
それからも父さんだけは、その宗教と関わっていた。でも、その出来事以来不信感が募ってたらしい。で、その宗教では人に奉仕することを重視にするんだけど、そのせいで、教会側が信者をこき使うんだ。教会の先生は『神様に使っていただけることを感謝して、奉仕いたしましょう』ってよく言ってたんだってさ。神様のためにって言ってるけど、結局は教会のお偉いさんにこき使われてるだけなわけで。で、不信感を抱いたままこき使われて、だんだん疲れ果てて、その宗教が嫌になったってわけさ。
そんなことが……辛かったね……。
僕はそんなに被害は受けてないよ。嫌な思いをしたのは親の方だね。特に父さんは散々教会にこき使われて時間を無駄にしたらしいし。
そういうことがあって、無神論者に……?
 幸音の表情が暗くなる。”宗教”に苦しめられた過去を持つ幸音には”宗教”に戻ってほしくないという思いがこみ上げ、陽太の口調に感情がこもる。『幸音を宗教から解放したい』という思いが、陽太に追い打ちをかけさせる。
神様とかいう奴が本当にいるなら、神の名のもとに人を傷つける行為を許さないはずだ。十字軍による蛮行や、教会による魔女狩りがキリスト教の神の不在を証明している。僕はそう思ってしまう。
そっか……そうかもしれないね。
 幸音の発言を受けて、陽太は心のどこかで安堵する。幸音が”宗教”の世界に戻るのは辛い。幸音がまた辛い目に遭うのではないかという不安もある。しかしそれだけではない。幸音が遠くに行ってしまう気がするのである。物理的な距離でなく、もっと精神的な……。
…………。

 どんどん暗くなっていく幸音の表情。救いを切望しているように見える。

 宗教に戻ってもらいたくないという思いとは裏腹に、ついフォローしてしまう陽太。

あ、でもサイッコラさんの考えは、蛮行に走る連中とは違うところにあるよね。サイッコラさんはきっと何があっても、神が人間を愛してるってことを疑わない。そんな気がする。
 幸音の表情がぱっと明るくなる。笑顔を見てほっとする陽太であるが、『幸音を宗教から解放したい』という思いは一瞬で萎んでしまった。

 幸音が陽太に期待していたのは、宗教を否定することではなく、神の愛を肯定することであったようだ。複雑な気持ちになる陽太。

神様は何があっても愛してくれるって、愛花ちゃんは言ってくれた。クリスチャンでそんなことを言ってくれたのは、愛花ちゃんが初めて……。
 幸音は愛花について語るとだんたん笑顔になる。それは陽太の目には、恋する乙女のように見えた。幸音に笑顔が戻ったのは嬉しいが、幸音の心が愛花に向いているのは面白くない。
まあ、サイッコラさんが神の愛を確信していることと、神の愛が実在するかどうかは別の話だよね。
 幸音をフォローしたかと思えば、今度は意地の悪い発言をしてしまう。陽太の行動は一貫性を失っている。動揺しているのである。幸音を宗教から解放したい。でも笑顔になって欲しい。ただ愛花に気持ちが向くのは面白くない。

 一方幸音は、神の愛を信じるべきか否かで揺れている。陽太の腹の底など知る由もなかった。

確かに……。私には神様を知ることができない。

 再び幸音の表情が暗くなる。神が自分を愛してくれているかどうか、確信が持てないため、周囲の人間の言動を頼りにしているようである。それ故に、陽太の発言に過剰に影響される。

 神の不在を示唆すれば表情が暗くなり、神の愛に言及すれば表情が明るくなる。他者の言動に心理状態が左右される一方で、神の愛を信じたいという願望を抱いていることは、陽太の目に明らかであった。

 これ以上無神論を推すのは厳しいかもしれない。陽太は幸音に”近く”にいてもらいたいが、幸音が慕い求めているのは神の愛であった。急に幸音が遠くなったように感じる。まるで好きな人を奪われたような感覚。

 こうして波乱万丈の1週間が過ぎ去った。

 この時陽太は、愛花が教室内で”奇跡”を起こした時に感じた異様な雰囲気など、とうに忘れ去っていた。そして、これから学内にある”異変”が起こることなど、予想もしていなかったのであった。

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