2021年1月 静かに年は明けていた

文字数 2,035文字

2020年は年の瀬が近づいても、街は人の往来が少ないままだ。ゴールデンウイークに続き、不要不急の外出を控えよというアナウンスは続いている。せめて外で食事でも……ということもなかなか難しい。気軽に誰かを飲食に誘うような雰囲気でもなくなってしまったからだ。随分前から若者を中心に不要論が唱えられてきた会社の忘年会も、ここで一気に息の根を止められてしまったのではないかと思えるほどに、年の瀬の街が静まり返っている。

家の最寄駅近くには戦後の闇市の気配を残す、細い路地に飲み屋の集まる一角があり、忘新年会や歓送迎会シーズンになると、呑んべえたちがその風情を楽しみに集まってくる。戦前からある光学機器メーカーの工場から、三交代制で吐き出されてくる工員たちと、その周辺にある下請けの町工場、駅には鉄道省の時代から続く車両基地があって、かつてはそこで働く人たちの受け皿だったのであろう。休暇も娯楽も今ほど充実していなかったあの頃、彼らが一日の終わりを過ごし、仕事の疲れを癒したであろう街が、わずかながら今も雰囲気をとどめているのは奇跡と言えるかもしれない。何度かボヤを出しながらも、小さな飲食店がひしめきあって21世紀まで生き延びてきたこの街が、今や観光資源になりつつある。その町にさえ赤提灯の灯は消えて、あそこの店は廃業しただの、時短営業の協力金もらってるのにこっそり深夜営業してるだの、どこでクラスターが出ただのと噂ばかりが流れていた。
普段なら夜12時過ぎると、そうした店から出てきた酔客の集団がわあわあと騒ぎながら通り過ぎてゆく気配もするが、緊急事態宣言以降そうした人々の往来もぱったりと途絶えて、夜は静かに更けていくようになった。

音の問題は市街地で暮らす人間の古典的な悩みだが、それが表面化したのもここ最近、特に緊急事態宣言以降のような気がする。うちの場合はゲリラ的にやってくるスケートボードが迷惑極まりない騒音源なのだが、東京オリンピックの公式種目に選ばれ、それが感染対策で延期しているうちに競技人口が増えてしまったようだ。競技施設内でやってくれれば何の問題もないのに、いかんせん出自がストリートカルチャーなだけに、街中でガラガラと始めてしまうから騒々しいこと甚だしい。私の棲家の目の前には小洒落たマンションのエントランスがあり、そこが彼らにとっては絶好の「競技場所」に見えるらしく、夜中に複数名でやってきて滑る。騒音で起こされるだけでも大迷惑なのだが、そればかりか彼らはスマホで動画を撮影し、YouTubeにアップする。するとそれを見た愛好者たちがまたぞろボードを小脇に抱えて、わざわざ電車に乗ってマネをしに来てしまうのである。人のいない場所でやってくれと思うんだが、彼らは『イカしたストリートキッズ』を標榜しているので、人里離れたスケートボードの競技場に会員登録して1時間200円払って滑るなんて、カッコ悪くてやってらんないのだろう。

業界団体は特需とばかりにボードを売り、ねだられた親は(あるいは祖父母は)プレステに夢中になるよりマシだと買い与えたが最後である。子供や孫がこのボードをどこでどうやって使って、誰に迷惑をかけているかなんて知りもしないし、知ろうともしないんである。
しょーがないから役所に頼んで「スケートボード禁止」という看板を付近の道路に設置してもらった。よくよく街中を見渡すと、都内のマンションエントランスには禁止事項を書き連ねたサインボードが設置されていることが多い。喫煙飲酒禁止、駐車駐輪禁止、スケートボード等での遊戯禁止は定番中の定番らしい。しかし文字が読めない、読む気もない者にサインボードは無力である。当然これしきのことで一掃されるわけもないが、一定の抑止にはなったらしく、夜中に騒音で起こされることも減った。

近所の神社では年越し行事があり、毎年大晦日は除夜の鐘ならぬ和太鼓の音が響いてくる。戦後もだいぶ経ってから始まったこの年越し行事も、近年はやりづらくなっているようだ。周辺にあった工場が売りに出され、その跡地に建ったマンションに引っ越してきた住民から、苦情が来るようになったと神職がぼやいていた。以前から住んでいる人にとっては「大晦日の風物」でも、引っ越してきた人にとっては太鼓の音も「単なる騒音」でしかないらしい。今年はその行事も取りやめになった。いつもなら午前0時が近づくと、数分おきに刻を知らせる和太鼓の響きが聞こえて、ああ年越しかと思うのだが、今年はそれもないまま、気がつくと静かに年が明けていた。

どうなることやらで始まった2020年は静かに暮れていった。私は職場を離れ、家人は職を手放し、いくら焦って頑張ろうにも、新型コロナウイルスの感染者数は増えて減ってを繰り返し、何をもってして収束と呼ぶことになるのか、見当もつかない様相を呈している。それでも季節はウイルスの存在なんぞ気にとめるわけもなく、音もたてずに巡っていくのであった。
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