第2話『葛飾区立石_クリーニング店の探偵』

文字数 12,812文字

東京都葛飾区立石。おれはこの町の駅前にあるクリーニング屋で店主をやってる。
ブログなんて書いた事がないけど、まあ、アカウントも作ったし、せっかくだから、こないだおれの周りで起きた小さな事件について書こうと思う。

その前にまず、おれの素性から。歳は今年で32になる。元々は葛飾区水元の生まれで、高校をでてから、そのままフリーターをしてた。ピザ屋、カラオケ屋、パチンコ屋と転々としながら、母親と2人で暮らしてた。

おれが21のとき、母親は肝臓を悪くして亡くなった。
静かで優しい人だったから、高校をでてフリーターになったおれに何も言わなかったけど、おれは、もう少しちゃんとしておけば良かった、と思った。実家のマンションは賃貸だったから、フリーターの仕事で家賃を全額払うのもきつかったしね。

だからその後すぐ、必死で就活してフリーターから正社員になった。といってもブラックの不動産会社ね。朝8時から夜11時までひたすら電話越しに綺麗ごとを並べ、マンションを高く売りつける仕事。仕事には慣れたが、人を騙す事にも慣れていく気がして、結局1年で辞めた。

少しは貯金ができたから、落ち着いて、もうちょいまともな仕事を探そうと思った。
そんなとき、久しぶりに高校時代に仲の良かった先輩と飲むことになった。内村先輩(以下、ウッチー)はおれが高校のときやってたコンビニのバイト仲間で、歳は4つ上。早稲田の法学部に通う大学生だった。シフトがよくかぶってたから、仕事のほとんどはウッチーに教わった。バイト終わりには、廃棄の弁当をよく一緒に食べた。

そんなウッチーと久々に会って居酒屋で飲みながら、近況報告をしあった。
ウッチーは司法試験に受かって弁護士になるという。気がづくと「すげえじゃん!ウッチー!」と言っていた。ウッチーだったからかな、不思議と嫉妬や妬みは湧かなかった。

おれも仕事を辞めたことを話した。しばらく黙って聞いてたウッチーは、もし興味があればだけど、と前置きして「うちのクリーニング屋で働く?」と言った。

ちょうどウッチーの実家「クリーニング内村」で社員を募集してるところだったらしい。

クリーニング内村は、立石にあるクリーニング屋で、社長はウッチーの親父さん。あとは30代の社員が1人。その社員がちょうど独立するタイミングだったらしい。

もう22で、同級生も就職してたから、結局、雇ってもらった。おれは小さいころからの思い出が詰まった実家の賃貸マンションを引き払い、立石の家賃4万、1K、築40年の部屋に越してきて、「クリーニング内村」で働き始めた。

ウッチーの家はお袋さんを早くに亡くし、親父さん、つまり社長が男手ひとつでウッチーを育てたと聞いてたけど、それが信じられないくらい社長はガハハ系の下町親父だった。

でも、社長とおれはウマが合った。働き始めて1か月もしたら、しょっちゅう明るいうちから店を閉めて立石のアーケードで飲んでたよ。親父さんは、実家を継ぐ気がない息子、つまりウッチーの悪口をよく言ってたが、弁護士になったことが誇らしくもあったみたい。

ここまでがちょうど10年前の話。

そんな親父さんも今から3年前に亡くなった。息子であるウッチーは実家のクリーニング屋を相続したが、事業は継ぐ気がないって事で、おれが「クリーニング内村」の店主になった。客も減ってきたから今は1人でやってる。これが現在。
まあ、そんなわけでもう10年くらい立石に住んでるわけだけど、ここはあと数年したら再開発で無くなっちゃうエリアも多いから、この町のことも少しだけ紹介しておく。

この町には「呑べえ横丁」、「立石仲見世」、「立石駅通り商店街」と大きく3つのエリアがあって、どこも2、3分で回れちゃう小ささだけど、なんとなく雰囲気が違うんだ。

「呑べえ横丁」は、マツコ・デラックスが来たとかで一時期、人が増えてた。でも、たぶん立石で一番ディープなエリアだから、一見さんにはキツイと思うな。10年住んでるおれも1人では行ったことがない。

「立石仲見世」は、昔からの人気店がたくさんあるエリア。いかにもな赤提灯のもつ焼き屋の「宇ち多゛」なんかは、昼から大行列だし。仲見世の入口にある立ち食いの「栄寿司」も、看板はかなり年季がはいってるけど、ネタは新鮮でデカく、おまけに安いから人気だね。まあ、メディアで取り上げられる立石は、この仲見世のイメージが強いかな。

「立石駅通り商店街」は、先に挙げた2つより、もう少し普通の商店街っぽい。300mくらいの長さで、入口と出口にはそれぞれファミマとローソンがあって、途中にも松屋、天や、オリジン弁当、マツキヨなんかがあるし。

でも、そういうチェーン店に並んで、いきなり昔ながらの純喫茶「カフェルミエール」とか、黄色い看板が目印の「丸吉玩具店」とかは、昭和な雰囲気を残したまま。

商店街の入口にある「洋服の福トミ」もそのひとつだ。

「洋服の福トミ」は、トミさん、というおばあちゃんがやってる昔ながらの服屋で、なんていうか、商店街にたまにある、なんで潰れないのかがわからないシリーズの店。

トミさんと知り合ったのはけっこう前だ。昼飯に松屋で牛丼を食った帰りに商店街を歩いてたら、片手に杖を、もう片手に重そうなスーパーの袋を持ちながら歩いてたおばあちゃんが目にはいった。その時から腰がすごく曲がってて、とにかく歩くのが遅かった。

めったにしないけど、その日は見かねて声を掛けた。

「あの、よかったら荷物持ちますよ」
トミさんは立ち止まるとゆっくりこちらを向いて言った。

「ありがとうございます。でも大丈夫ですよ、すぐそこですから」

少し迷ったが、おれは言った。
「なら商店街の入口まで持ちますよ」

そう言って、半ば強引にスーパーの袋を取った。トミさんの店「服の福トミ」は商店街の入口手前だったから、結局、店の中まで持って行った。

店に着くと、トミさんは「ありがとうございます。ありがとうございます」と何度も言った。「いえいえ、大丈夫です」と言って帰ろうとしたら、「今お茶、入れますから」と小上がりの奥に行ってしまった。

ほんと言うとすぐ帰りたかったが、昼休みもまだ20分残ってたから、結局、お茶をもらった。

「いやあ助かりました。毎回重くて大変でねえ」と、おれがお茶を飲んでる間、トミさんはずっとお礼を言っていた。

今思うと、今よりも意識がしっかりとしてたんだと思う。

小上がりには食器棚とちゃぶ台とテレビがあった。食器棚の中には湯呑が1個と、平皿が1枚、あとはお茶碗が一つだけだった。

「いやいや、別に大丈夫っすよ」と言って、お茶も飲み終え、帰ろうとしたら、

小上がりの奥に洗濯物の山が目に入った。

よく見ると、トミさんの服は皴が目立っていた。たぶん、アイロンはかけていないんだろう。もしかしたら、さっきの足取りからも察するに、洗濯をするのも一苦労なのかもしれない。

やりすぎかな、と迷ったが結局話してみた。

「あの、おれ、もうちょっと言ったところでクリーニング屋をしてるんだけど、よかったらそこの洋服、洗ってきますよ。初回サービスって事でいいんで」

トミさんは最初、何のことかわからないみたいだった。おれがもう一度説明すると、わかったようで「そんな悪いですよ」と答えた。

あれ、と思った。多分、もっと遠慮されるか、ハッキリと断られるかと思っていた。事実、おれの言った提案は、人によっては余計なお世話な感は否めない。

でも、実際は意外と柔らかいリアクションだった。

もしかしたら、洗濯ができていない事が結構なストレスだったのかもしれない。

おれはもう一押ししてみた。で、結局、トミさんから洋服を預かって、簡単に洗濯をして届けることになった

おれはこの街を散歩するのが結構好きだ。散歩がてらトミさんの家に洗濯ものを置いてくるだけだから、別にそんなに面倒ではない。

洗濯もクリーニングの客のと一緒に洗ってしまう。唯一手間がかかるのはアイロンだけど、トミさんは1週間で3~4着しか着ないから特に問題はない。

もともとは、最初の1回だけをサービスでするつもりだった。でも結局、初回からトミさんはお金を払う、といって譲らなかった。

で、結局、今は週1回ペースで洗濯物を届けてる。別にこれと言って約束してるわけじゃないけど、もうずいぶん長く続いている。

あの日も、おれは夜7時にクリーニング屋を閉め、洗い終えたトミさんの服が入った紙袋を持って商店街に向かった。

「クリーニング内村」は駅から少し離れてるけど、立石は街全体がコンパクトだから、5分も歩けば駅通り商店街に着く。

アーケードの入口にある「洋服の福トミ」に着くと、ハンバーラックにたくさんの洋服がかけられてる店内を奥に進んでいく。

おれは店の奥の小上がりに腰をかけると、声を張った。

「トミさーん、先週の分、洗ってきたよ」

おれがそう言うと、子上がりの奥の引き戸がゆっくり開いて、腰が90度近く曲がった、パーマの白髪のおばあちゃんがでてきた。

トミさんは、周りのものを掴みながら、ゆっくりとこちらに歩いてくる。

おれの前まで来ると、口元を震えさせながら言った。

「あらあら、クリーニングの内村さん。いつも悪いね」

トミさんはアイロンで仕上げたばかりの洗濯物を受け取ると、「今、お茶いれるからね」と言って店の奥に戻ろうとした。

「大丈夫、大丈夫。もう行くから」と言って、今週分の洗濯物を受け取ると、おれは立ち上がった。すると目の前に置かれたクリアファイルに目が留まった。

表紙に「シャッターの修理について」と書かれた書類の束が入っている。

おれはトミさんに聞いた。

「トミさん、店のシャッター壊れたの?」
トミさんは、聞こえなかったのか、首を斜めにかしげた。おれがもう一度同じように聞くと、トミさんはうなずきながら言った。

「そうそう、なんか下まで降りなくなっちゃってね」
たしかに、シャッターが下まで降りず半開きになっている。古い店だしそうい事もあるよな、と思った。

「ふーん、けっこう年代物だもんね。じゃあ、またね」
そう言って、店を出て、アーケードの屋根にぶら下がってる時計を見ると19時20分だった。ラーメンでも食って帰ることにした。

「ラーメン みんみん」はお酒の飲めるラーメン屋。駅前に店が多い立石には珍しく、駅からちょっと歩くけど、味はたしかだ。なぜか、店の一番のおすすめはお粥。ホタテの出しを使っててたしかにうまいけど、おれのおすすめは、普通に味噌ラーメンの方。あと、サイドメニューのもつ焼きも美味しいよ。

その日もいつも通り瓶ビールを飲みながらもつ焼きをパクついてた。〆めの味噌ラーメンのオーダーを入れたところで、斜め向かいの席の二人組の若い男たちの話声が聞こえてきた。

二人とも肌が黒く、タイトなスーツに身を包んでいた。

1人は、流行りのツーブロックの髪型。グリースみたいのを髪にべったりつけて、テラテラしてる。もう一人は、短髪を立たせたメタルフレームの眼鏡。懐かしのベッカムヘアーと言えなくもない。

なんとなく堅気じゃない空気感。ヤクザのそれとも違うけど。二人ともだいぶ酒が入ってるみたいで、エラく饒舌だった。

ツーブロックが言った。

「やっぱあのババアで大正解だったな」

メタルフレームのベッカムヘアーが返す。

「ですね」

ツーブロックは親指と人差し指をⅤ字にして顎をさすり、ニヤけながら言った。

「あの北口のおでん屋のが、条件はよかったけどなあ」
「はい。ただ所有者もまだ若いししっかりしてた。あの商店街のおばあさんにして正解ですよ」

商店街のおばあさん、と聞いてなんとなく嫌な感じはしたが、トミさんとは結びつかなった。それよりも、北口のおでん屋に気を取られた。北口には「大豊作」っておでん屋があって、店がリニューアルオープンしたから、ちょっと話題になってた。

ツーブロックは満足気な声で言った。

「まあ、足繁く通った甲斐はあったわけだ。必要なもんは手に入ったし」

そう言って、ツーブロックは、ガハハハッ、と笑った。

仕事の話ではあるようだが、なんとなく真っ当な仕事とは思えない。ていうか、(これは偏見だけど)この風貌、絶対悪徳業者の営業マンかなんかだろう。

可愛いそうに、たぶん、ターゲットにされた年寄りが必要もない布団やら浄水器やら、健康食品なんかを買わされるんだろうな。
その時のおれはその程度に思ってた。なんていうか、被害総額、数十万程度の案件って感じ。

嫌な気分にはなったけど、実際、よくある話でもあった。住民の年齢層が高いこのあたりじゃ、教室みたいな部屋に年配を集めて、お酢やら水やらを売りつけてる店も普通にある。

そんな事を考えてら、目の前ににゅっと、味噌ラーメンが現れた。
大将から「お待ち」と言われると、おれは慌ててカウンター越しにラーメンを受け取った。

男たちの話も、最近流行ってるソシャゲの話に移っていたから、おれはラーメンに集中することにした。

半分くらい食べ終わった頃、男たちが会計をするために席を立った。お釣りを待ってる間、ツーブロックが言った

「それじゃ、あとはお前に任せていいな?」
「はい。法務局には明日にでも行きます」
「おう」
「そういや、先輩、初めて行った日、どうやってシャッター壊したんです?」
「はっ、んなの油粘土を詰めただけだ。レールにこびりついて閉まらなくなる」
「え?それだけ?」

ワッハッハッハッと笑い声が上がった。
そこまで聞いて、おれは顔をしかめた。こいつら、もしかしてリフォーム詐欺師か。

 商店街のばあさん
 シャッターを壊した

キーワードはこの2つだけだが、直感的にそう感じた。
おれはラーメンを半分残したまま、急いで会計をした。こういときに限って1万円しかない。レジの札が切れたみたいで、おつりがなかなか来ない。
店員が小型の金庫から千円札の束をほどいてる。くそ、現金主義とか言ってないで電子マネーをはじめときゃよかった。結局、「釣りは後で取りにくる」と言って店を出た。

店を出て急いで奴らの姿を追ったが、どこにも見当たらなかった。京成立石駅まで行って、わざわざ入場券を買ってホームも見たけど、奴らはいなかった。

おれはふぅ、と息をつきホームのベンチに座る。座りながらしばらく風に当たっていると、なんだかおれの考えすぎな気もしてきた。
スマホを取り出して時計を見ると、ちょうど夜7時だった。

すこし考え、まあ、乗りかかった舟か、と思い、結局おれはトミさんの店に向かった。

商店街につくと、まだ店の電気がついていて、半開きになったシャッターから明かりが漏れていた。祈るような気持ちでシャッターのレール部分の溝を覗き込むと、食い込む様に粘土が埋まっていた。
チッ、と小さく舌打ちを打つ。

洋服の福トミの店の奥まで向かうと、トミさんは小上がりの上でテレビを見ていた。

「トミさん」

声をかけると、ようやくおれがいることに気づいたようだ。

「あら、クリーニング屋さん、いらっしゃい」
「あのさ」

と話を切り出す。

「さっき話してた、シャッターの修理業者、いるよね」
「ああ、あの子たちね。すごい親切なんだよ。何度も足を運んだくれてね。お金もたいして」

トミさんの話をさえぎって言った。

「そいつらなんだけど、もしかしたら、怪しい業者かもしれない」

トミさんは、ポカン、とした顔をしていた。

「まさかあ、そんな感じじゃなかったわよ。何度もシャッターをチェックしに来てくれてね」

トミさんはそういった。おれは、ラーメン屋での話をかいつまんで言った。
すると、トミさんの表情は少し険しくなった。少し怒ったように言った。

「ほんとう?違うよお、人違いだよ」
おれは、そこのシャッターのレールに、実際に粘土が詰まっていた事を伝えた。
トミさんは、「え」と一言漏らし、黙ってしまった。
おれは、聞きずらい事を聞いた。

「あのさ、トミさん、奴らに料金の支払いって、もうした?」

すると、予想外の答えが帰ってきた。

「いや、まだだよ。修理が終わってからでいいって」

ホッとした。この手の詐欺には、料金だけ支払わせてトンズラするか、一応シャッターは直して、法外な額を請求するかの2パターンが考えられるが、どうやら後者のようだった。まだ修理もしてないし、今からキャンセルすれだけで問題は解決する。

「そうなんだ、ならよかった。一応、そいつらから貰った書類、見せてもらっていい?」

そう言うとトミさんは棚の引き出しから書類を取り出して、おれに渡した。おれは念のため、契約書に注文キャンセルに関する特殊な要件がないか確認するつもりだった。

「シャッターの修理について」と書かれた書類を1枚1枚見ていく。

内容はこれといって変わっているところはなかった。問題の金額も、修理費用2万8千円となっている。ぶっちゃけ、これと言って高くはない。なんなら安いかもわからない。
一通り読み終えた頃には、もしかして、あいつら実は真っ当な業者だった?という考えがわいてきた。
しかし、慌ててその考えを否定する。事実、粘土はシャッターに詰まっていたのだ。

でも、じゃあ、どういう事だろう…。しばらく悩んだが、そこで、奴らの片割れ、ベッカムの方がラーメン屋から帰る際に放った一言が浮かんできた。

 「法務局には明日行ってきます」

おれはその時になって、はじめてその言葉に嫌な感じを覚えた。昔、ブラックな不動産会社に勤めてた頃、先輩から聞いた話を思い出したのだ。

慌てておれはトミさんに聞いた。

「トミさん、このシャッターの修理の契約書を結ぶとき、なんか他の書類にもハンコ押した?」
「どうだったかしらねえ」

と言った後、トミさんは、しばらく考え込んでから言った。

「ああ、したした。やたらと色んな書類にハンコを押さないと行けなくてねえ。大変だったわよ」

嫌な予感はさらに増した。

「土地の権利証とかは出してないよね」
「ああ、そういえば出したかもしれない。家の修理をするから、家の持ち主か確認しなきゃいけないとか言って」

もしかして、奴らは土地を乗っとる気なのかもしれない。
昔、不動産会社に勤めていたころ、先輩に聞いた話だ。認知症の年配の男の家に、屋根の修理業者を装ったやつらがきて、たくさんの書類に印鑑やサインをさせる。書類が多いと途中から流れ作業になっていく。

そこには、売買契約書と印鑑登録の委任状も含まれている。

まずは売買契約書。これは土地を売り買いします、という証拠の書類だ。
次に印鑑登録の委任状。そもそも、実印とは役所に登録してある印鑑のことだ。
だけど、印鑑の登録は委任状さえあれば本人じゃなくてもできる。

その委任状も役所のウェブサイトに載ってるPDFを印刷すれば手に入る。そこに、年配の男に名前と住所を書かせれば完了だ。あとは詐欺師が自分で用意したハンコと委任状をもって役所にいけば、新しい実印になる。

あとは、土地の権利証があればほぼピースは揃う。法務局にいって手続きをすれば、一つも書類を偽造することなく、土地の所有権を移動させる事ができてしまう。

一瞬、トミさんに伝えようと思ったが、おれの予感はあくまで推測の域をでない。確証を得るのが先だ。

「トミさん、とりあえず、もしまたこの修理業者がきたら、おれに連絡してくれ。電話番号わかるよね」

トミさんは、うなずいた。そこでおれは店を出た。

翌日、おれは朝8時過ぎに家を出た。自転車を25分ほど漕ぐと、小菅の法務局に着く。受付の窓口で書類に記入すると、トミさんの店の登記簿謄本を取得した。土地の権利者の欄を見る。そこには「権藤 武」とあった。ツーブロックが権藤と呼ばれていた事を思い出す。隣の欄には「所有者移転」と書かれ、つい昨日の日付が記載されていた。

どこかで外れてくれ、と思っていたが、嫌な予感は的中していた。間違いない。あいつら、トミさんの土地を乗っ取っていた。どうやら、コトは一刻を争う展開になっている。
おれは早口で、法務局の職員に事情を説明した。すると職員は慌てながら関連書類を持ってきて受付のカウンターに並べ、困ったように言った。

「そうは言っても、この通り売買契約書をはじめ、必要書類はすべて揃ってますからね…」

トミさんとおれは親戚でもない。この職員からしてみれば、むしろ不審なのはおれの方だ。とりあえず「この土地の所有者移転は、詐欺だから、近日中に連絡を入れます」とだけ言って法務局を出た。

おれはその足で、今度は「洋服の福トミ」に向かった。朝の9時すぎだったがすでに店は開いていた。おれはトミさんに、法務局で取得した土地の登記簿謄本を見せ、シャッター修理業者が詐欺師で、土地の権利者が奴らに移っていることを伝えた。
トミさんはかなりショックを受けて、「自分が情けない」と何度も言った。
おれはトミさんの肩に手を置いて言った。

「うちのクリーニング屋のオーナーは弁護士なんだ。金はかかるけど、相談してみよう」トミさんは「何から何まで悪いけど、力を貸してほしい」と震えた声で言った。

おれはクリーニング店に戻るとLINEですぐに電話をかけた。出なかったから、すぐにテキストでも「至急電話をくれ!」と送る。宛先はこのクリーニング屋の息子で弁護士のウッチー。メッセージを送った5分後におれのLINEの電話が鳴った。
ウッチーは基本、いつもノリが軽い。

「おう陣内。どした?またうちのオンボロ乾燥機が壊れたか?」
「いや、じゃなくてちょっと法律がらみの相談」
え?と言った後、ウッチーは苦笑しながら言った。
「初めてだな、お前から相談なんて。でも、だったら事務所にこいよ。料理人に家で飯作らせるのと同じだぞ」
「悪い。急ぎでさ。ちゃんと相談料は払うから」

おれがそう言うと、ハハハと、ウッチーは笑った。

「いいよ。うちの店の店主だし。そのよしみで5分だけタダで聞いてやる」
「ありがとう」
おれがざっと、これまでのいきさつをかいつまんで伝えると、ウッチーは言った。
「…なるほど。念のため確認だが、トミさんは土地を売る気はなかったんだよな」
「ああ、シャッター修理の書類だと思ってだけだ。とりあえずおれはこれからトミさんと警察に行こうと思う」
「うーん、まあ行った方がいいが、一応書類上は問題なく通っちゃてるからなあ。弁護士と行った方がいいと思うぞ」

おれもそんな気はしていた。

「だからウッチーに連絡したんだ」
「いや、力にはなりたいんだが、おれは企業法務専門で一般民事にも刑事にも疎いんだ」
「え、そういうもんなの?なんとかなんないの?弁護士だろ」

まいった、当てが外れた、と思っているとウッチーは言った。

「まあ、待て。修習の同期にそっち関係に強いのがいる。ただ、おれと違って普通に金がかかるが、大丈夫か?」
「料金の事はあとでトミさんと相談する。最悪、おれも出すよ」
「お前、あそこの服屋のおばあちゃんと、そんな仲良かったけ?」
「仲良いとか悪いとかの問題じゃないんだよ。なんとなく嫌なんだ。この町でそういう事をされるのが」

ウッチーが苦笑しがなら言う。

「お前の出身は水元だろ。地元ってわけでもなかろうに」
「もう十年も住んでる」
「わかったよ。じゃあすぐにでも、そいつに電話してもらうよう、頼んでみる」
「助かるよ。今度こっち帰ってきたとき、みんみんのラーメンおごるから」
「いや、『鳥房』の唐揚げで一杯やる方がいいな」
「わかったわかった」

ウッチーとの通話を切ってから、15分もしないうちに、見知らぬ番号から電話がかかってきた。電話にでると、早口の女性の声だった。
「内村弁護士の紹介でご連絡しております。土屋・菅原弁護士事務所の土屋と申します」
おれは慌てて名前を名乗ると、改めて今回の内容をかいつまんで説明した。すると、驚いたことに1時間後、午前11時に立石に来てくれるという。

土屋弁護士との通話を切ると、おれは急いで、今日中に仕上げないといけない仕事だけこなした。そして11時5分前になると、クリーニング店を閉め、「すみませんが夕方までお休みです」と書いた紙を店のドアに貼り、駅に向かった。
立石駅の改札についたとき、ちょうど自動改札機を抜けてくる、グレーのツーピースのスーツを着た女性が現れた。ジャケットの左襟に弁護士バッジをしている。身長が170cmほどあり姿勢がいい。ショートカットで切れ長の一重。モデルのリョウに少し似てる。

「土屋さんですか?」とおれが聞くと、彼女は口元だけで笑い「陣内さんですね。よろしくお願いします」と言った。

「助かります。今日の今日なのに」とおれが言うと、土屋弁護士は苦笑して言った。
「あの軽い内村くんが珍しく真剣に、急いでほしい、と言うからね」

おれたちは立石駅の階段を下りて駅前通り商店街に向かった。再び「洋服の福トミ」に着くと、おれはトミさんに声を掛けた。

「トミさん。こちら弁護士の土屋さん」
「こんにちは、土屋・菅原弁護士事務所の土屋と申します」

トミさんは、土屋弁護士から名刺を受け取ると「この度はすみません、なんとかお願いします」と言った。
そこから、改めておれが土屋弁護士に5分ほどかけて経緯を説明した後、法務局で取得した登記簿謄本と、トミさんが詐欺師の2人からもらったシャッター修理の契約書を渡す。シャッターのレール部に詰まった粘土も見てもらった。
土屋弁護士は、手元の書類に一通り目を通すと言った。

「話の通りなら、土地の乗っ取り詐欺で間違いないようですね。おそらく転売目的でしょう。再開発前でこの辺の地価は上がってますから」

そして、トミさんの方に向き直り、改まった口調で言った。

「通常、不正に登記簿の書き換えをした場合、所有権は移りません。ただし、今回は表面上とはいえ売買契約が成立しているから、急がないとまずいです」

トミさんとおれは頷いた。土屋弁護士はさらにつづけた。

「ここからさらに具体的な対応に移る場合、私の方でこの案件を引き受ける、つまり受任、という形になりますが、よろしいですか?」

トミさんは目を閉じてしばらく無言だった。おれはトミさんに失礼だと思いつつも言った。

「トミさん、もし費用が心配なら大丈夫だ。おれが半分立て替える。あるとき払いで構わないよ」

そこでトミさんは目を開けた。

「そうじゃないの、覚悟を決めてたのよ。まさか自分の人生にこんな事が起きるなんて思わなかったら。でも、ちゃんと向き合わなきゃね」

そう言うとトミさんは土屋弁護士の方に向き直り、いつもより少し太い声で言った。

「土地をとられるのに比べれば安いもの。土屋さん、なんとかお願いします」

そう言って、トミさんは頭を下げた。

「必ずなんとかします」

土屋弁護士は低い声でそう答えた。

そこからは早かった。トミさんは移動が大変だから店に残り、代わりにおれと土屋弁護士で、タクシーに乗って葛飾警察署に向かった。

警察署では、生活安全課の刑事達に、まずおれから経緯を説明した。たまたま入ったラーメン屋で犯人と思われる人物と遭遇したこと。そこで彼らがシャッターに粘土を詰めた話しをしてたこと。ラーメン屋をでるとき、ツーブロックの男が、登記簿謄本に載ってる名前と同じ権藤と呼ばれてたこと。

そこまで話すと、刑事たちは納得したようだった。土屋弁護士がおれに続いて言った。

「私の方は裁判所に権藤宛ての仮処分の申し立てを行います。警察の方でも、すぐにこの権藤という男を洗ってみていただけませんか?おそらく余罪もある可能性が高いかと」

刑事たちは「わかりました、刑事事件として動きましょう」と言った。おれとトミさんだけでここに来ても、こうはならなかっただろう。互いの行動を明確にしたところで、話し合い終わった。

警察署を出たところで、おれは土屋弁護士に聞いた。

「さっきの、仮処分の申し立てってなんですか?」
「簡単に言うと、裁判所が、その土地に関する一切の動きをストップするよう命じてくれるの。その土地を売ったり貸したり、抵当にしたりが、できなくなる」

そんな制度があることすら知らなかった。

「時間との勝負なので、私はこれから、法務局と裁判所に向かいます。後ほど、トミさんと陣内さんに状況をご連絡いたします」

そう言うと土屋弁護士はタクシーを拾った。おれは歩いてクリーニング店に戻った。ひとまず、おれにできる事は全てやったはずだ。あとは土屋弁護士に託すしかない。

店に戻るとゲージに入った洗濯済みのワイシャツに淡々とアイロンをかけていった。

翌日、土屋弁護士から電話が入った。「陣内さんにも共有です」と前置きしてから、淡々とした口調で話しはじめた。

「先ほどトミさんにもお伝えしましたが、昨日中に仮処分の申し立てをおこなってます。十中八九、近日中に通るでしょう。つまり、十数日で権藤が土地を売ることはできなくなります。その間に、土地の名義をトミさんに戻すよう、動きます」
「でも、仮処分が通る前に土地を売られたら…」
「それも大丈夫。法務局の担当者にも話を通しておいたから。トミさんの土地に、何かしらの手続きが入りそうな場合、事前に私に一報をいれてくれるよう取り付けてあります」

土屋弁護士に相談してからわずか1日。にもかかわらず、権藤たちが土地を転売できる可能性はほぼ無くなった。おれは、彼女の手際の良さに、つい感心して言った。

「やっぱ専門家ってすごいですね」
すると、彼女は先ほどより、やや柔らかな口調で返した。
「私たちはこういう手続きをやるのが仕事だから。でも、被害に遭いそうな人を見つけたり、事件の臭いを嗅ぎつける事まではできない」
「え?」
「今回の件、かなり早い段階で気づいたから、ここで食い止められた。おそらくもう少し遅かったら、詐欺師たちは土地を第三者に転売していたでしょうね。そうなったら、かなり厄介になってたはず」
「たしかに」
「そういう意味で、今回の件は陣内さんの手柄とも言えます」

おれはあまり褒められ慣れてないから、照れてしまった。

「いや、おれはたまたまこの町をぶらついてて、怪しい話を聞いただけなんで」
「それが良かったんじゃないかな。町の番人みたいで」
「そんないいもんじゃないです。せいぜい町をうろつく野良犬でしょ」
そう言うと電話越しに笑い声が聞こえた。最後に土屋弁護士は「今回の件、ひとまずは、もう安心して大丈夫ですよ」と言って電話を切った。

一週間後の月曜。おれは夜7時に店を閉め、洗い終えた服をトミさんの家に届けに行くと、「洋服の福トミ」の店の奥から笑い声が聞こえた。奥に進むと土屋弁護士とトミさんが談笑していた。「あ、陣内さん。ちょうどよかった」と言うと、土屋弁護士は言った。

「今日、警察が権藤達を逮捕したわ。彼ら、別の詐欺もしてたみたいで、そちらでの逮捕のようだけど。でも、トミさんの土地に関する容疑も認めたって」
「え、そうなんですか!」

おれはうれしくてつい大きな声になってしまった。土屋弁護士もこないだ会った時より、表情が明るかった。

「自宅から書類の偽造に使うソフトや偽造印鑑もでてきたって。彼らは不動産屋崩れの詐欺師だったみたいね。これで土地の所有権は間違いなくトミさんに戻るわ」
おれは嬉しくなって言った。

「よかったねえ、トミさん!」
トミさんは、ニッコリと笑って言った。

「あなたたちのおかげだよ。本当にありがとう」

その後も土屋弁護士が動いてくれ、1か月後、土地は無事にトミさんの名義に戻った。おれたち3人はトミさんの店で一緒にお茶と和菓子を食べて、小さな祝勝会を開いた。

慣れてないから、ちょっと駆け足な語りなったけど、こんな感じで事件は解決したんだ。
ブログサービスを使うのも、こうやって自分が経験した事を書くのも初めてだったけど、どうだったかな。よかったら、コメントかいいねボタンでも押してみてよ。
おれはこれから、ウッチーに酒を奢ってくるから。
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