第41話 最後の村②

文字数 1,796文字

 その神社は薄暗く、静まり返っていた。
 苔をまとった大木に囲まれていて、鳥居の塗装は剥げ、狛犬の頭はなかった。

「この賽銭箱の上に、ハンカチに載せられていたそうです」

 と真理子は錆だらけの賽銭箱の前に立った。
 正語(しょうご)も隣に立つ。注意深く辺りを見回した。

「地元の中学生が発見したんですよね?」

「私の生徒の水谷凛(みずたにりん)です」

「その子は、どうしてすぐに一輝(かずき)さんのスマホだと分かったんですか?」

 名前が書いてあったわけではないだろうに。
 
「はぴりゅうです」と真理子は笑った。「幸福度日本一の福井県のマスコットです。幸せを運んでくれるそうですよ」

 なんのことかと正語は真理子を見た。

「スマホカバーですよ。一輝さんの弟が中学生の時に、テニスの大会で福井県に行って、スマホカバーをお土産に買ってきたんです。
 凛ちゃん、ずっとそれを欲しがっていて、いらなくなったら頂戴って、一輝さんに言ってたんです」

 (あれか!)

 正語には覚えがあった。
 福井で行われた大会には正語も付き添った。
 秀一(しゅういち)は土産物店でスマホカバーを見ていたが、中学生の小遣いで買うには高めの商品だった。
 諦めて店を出ようとしていた秀一に、正語は声をかけた。
 ——買ってやる。

 (あれを、兄貴にやったのか!)

 それは、ちょっと面白くない……。



 真理子は賽銭箱から離れ、神社の隅に立つ大木の前に立った。そこで手を合わせる。
 その木の根元には、花が手向けてあった。

 正語は真理子の後ろに立ち、その木を見上げた。
 桜だった。
 この木で真理子の母親は首を吊ったのかと、正語も手を合わせた。
 目を開けると、真理子が正語を見上げて笑っていた。

「お聞きになりましたね」

「この花は、あなたが?」

「母の月命日には、ここに来ることにしています」

「ここにスマホを置いた者に、心当たりはありますか?」

「わかりません。でも……」

 真理子は考え込むような顔をした。

「……奇妙なんです……一輝さんのスマホの話が出てすぐ、ここで見つかったんです……」

 真理子の話では、(みやび)と智和が野々花という女の店で酒を飲み、その時たまたま一輝のスマホカバーの話が出たらしい。

「智和さんが、『あれは秀一が全国大会に出た時の記念だから、カバーだけでも返してもらいたい』って言ってきて、雅さんはすぐに、スマホはどうしたって私にききに来ました……そこにいたみんな、私が一輝さんのスマホを預かっていると思っていたみたいです」

 水谷凛によりスマホが発見されたのは、それから二日後のことだと真理子は言った。

「その場にいたのは、雅さんと智和さんだけですか? 他に誰かいましたか?」

「雅さん、智和さん、野々花さん、岡本さん、(ひで)じいの五人です」と真理子は指で数えながら答えた。

「秀じいは、前の町長で凛ちゃんのお祖父ちゃんなんです」

 正語は木の根元に添えられた花を見ていた。

「この花、まだ新しいみたいですが、いつ置いたんですか?」

「先週の水曜日です」

「スマホが見つかったのは、いつ?」

「火曜の夜です」

「その中学生は、夜ここに来たんですか? 他に誰かと一緒だったんですか?」

 正語は周囲を見回した。
 昼でも陰鬱な場所だ。寂れた街灯はあるが点灯するかどうか怪しい。
 何しに夜中に中学生がここにやって来るのか、溜まり場にでもなっているのか。

「一人で来たそうです。私も凛ちゃんに発見した時の様子をきいたんですが、詳しく話してくれないんです。しつこくきいたせいか、最近は嫌われてしまいました」



 車に戻りながら正語は考えた。

 日曜日に一輝のスマホの話が出て、火曜日の夜にそれが発見される。そして真理子がこの神社に花を手向けたのは水曜日——。

 車のドアに手をかけながら、正語は傾いた鳥居を振り返って見た。

「この神社に来る人は、少なそうですね」

「はい。私の母の件があって、ここは廃社になりましたから」

 真理子の口調は変わらず明るい。暗い感情は聞き取れなかった。

「桜の季節は穴場ですよ。今年もコータと雅さんとで、お花見をしたんです。九我さんも来年いらっしゃいませんか? 夢を見ているみたいに、静かで綺麗なんですよ」

 ええぜひと、正語はうわべだけで言った。

「昭和の市町村合併の時、近隣の村々が集まってみずほ町になったんですが、この周辺にあった村は貧しくって、最後まで町に入れてもらえなかったそうです」

 ここはそういう土地なのだと、真理子は言った。
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登場人物紹介

鷲宮秀一、主人公の高校生

九我正語(くがしょうご)、秀一の従兄弟、警察官

九我正思(くがしょうじ)正語の父親。人の恋愛感情を瞬時に見抜く特殊能力を持つ。

九我光子、正語の母親。秀一の伯母。

雅、介護士。雅は熟女スナックにいた時の源氏名。本名は不明

夏穂、秀一の幼馴染。秀一に片思い。

涼音(すずね)、秀一の幼馴染

武尊(たける)、秀一の幼馴染

賢人、秀一の甥っ子

真理子、みずほ中学の教師

コータ、真理子の弟、秀一の幼馴染

野々花、パンケーキ店の女主人

岩田、秀一のテニスの師匠

鷲宮一輝(故人)秀一の兄

鷲宮輝子(故人)秀一の母親。正語の母親、九我光子の妹

水谷凛、夏穂の従姉妹

鷲宮智和、秀一と一輝の父親

鷲宮高太郎、智和の兄

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