3-2

文字数 2,425文字

 あっけにとられたように、しばし返事を失う四人の顔を見れば、すべて的を射ていたことは明らかだった。にわかに生色を取り戻すと、全員が快哉を叫びながら、篠栗に詰め寄った。
「ど、どうしてそんなことがわかるんです?」
「まだ誰にも言ってませんけど、あたし、この次は初めて海外旅行に挑戦してみようと思っていたところだったんですよ」
「わ、わたしは出てない選択肢を選んだだけですからね」
「うそばっか、その気もあるくせに」
 篠栗は、目の前でテーブルマジックを見せたマジシャンさながら、得意然と微笑むばかりであった。その客同様、四人は新たなマジックならぬ、心理テストを要求した。
「じゃあ、今度は恋愛に関するものを質問してください!」
 その隣で「是非、是非」との声が上がった。
 シナリオ通りの展開を楽しみながらも、篠栗が一つ忠告を与えた。
「構わないが、大丈夫かな? その辺が露わになっても」
 他のものより少しばかり酒の回った文枝が、士気を上げるように三人に呼びかけた。
「構うもんですか。ねぇ、みんな」
「少なくとも、篠栗さんは既婚者ですから」
「そうよ、そうよ。きれいな奥さんがいらっしゃるんだから。新年会の写真、見せてもらいましたよ」
「はは、不仲になって、離婚したときは思い出すからね。では、そうだな、こういうのはどうだろう――おみくじを引いて凶が出たら、どうする? 今度は逆回りに、千明ちゃんから」
「エッ、ええっと、たぶん、持って帰るんじゃあ、ないかしら」
「出たことないからわかりませんけど、逆に運が良いと笑って自慢するかもしれません」
「あたしはきっと、もういっぺん引くわ」
「あんたたち本当? わたしは神社の木に結んでひたすら拝むけど――」
 それだけ言うと、四人は固唾を飲んで、篠栗の解説を待ち構えた。
「フフ、さっきとは打って変わって、えらく真剣だねぇ。さて、これで、きみたちが失恋したときに、どういう対応を取るかがわかったよ。じゃあ早速、千明ちゃんから。何より驚いたのは、きみが『持って帰る』を選んだことだ。これはね、思い出に縛られることを意味する。記念品を見ては、過去の恋愛に思いを馳せるのさ」
「ねぇ、まさか」成美が割り込んで、千明に質問した。「いわくを聞いてもはぐらかすばかりの、あなたのロッカーに吊るしてあるお土産品のキーホルダーって」
 恥ずかしそうに顔を伏せた千明が、成美の肩を押して、発言を制止した。
「やめて! 言わないで!」
 みながその反応に驚き、文枝が声を漏らした。
「ふ~ん、そういうわけだったんだ。あんたがねぇ……」
 流れが停滞しかけたが、したたかにうなずいて、篠栗に先を促したのも千明だった。
「よし、続けよう。次は渚ちゃん。早速彼女も真っ赤になってるけど、『出たことないからわかりませんけど』とは、そういう意味なんだね。だが何より、凶を引いても『笑って自慢する』というのは良い傾向だよ。何事にも前向きで、悪い恋なんてないと思える性格をしている。で、『もう一回引く』を選んだ成美ちゃん。きみは心機一転、新たな気持ちで、次なる恋に挑める人だ。言っておくけど、決して尻軽って意味じゃないからね。つらい恋のあとに、そう思えることは、心の均衡を保つ上でもすごく大事なことなんだから。最後に、文枝ちゃん。期待を募らせているようで悪いけど、『神社の木に結ぶ』――これは一番順当な回答でね。どんな恋も変わらず思い出として引きずるタイプだ」
 今度は篠栗が話し終わっても、返す言葉もなく、四人はしんみりと個別の世界に浸っていた。過去の恋愛、あるいは、自分の恋愛観と、篠栗の説明とを重ね合わせているのかもしれない。その様子を吟味するように、一人ひとりをためつすがめつ眺めていた篠栗は、四人を見終えると同時に、ガタリと椅子を鳴らして立ち上がった。
「ちょっと重たくなっちまったね。ぼくがいると話しにくいこともあるだろう。ではこれで、お暇するとするかな」
 ハッとわれに返った四人だったが、そこにいた全員が思いがけないことに、席を立ってまで、篠栗をその場に押しとどめたのは、渚だった。
「ま、待ってください、篠栗さん。最後にもう一つだけ。今の二つのテストは、現在と過去に関するものでした。今度は未来に目を向けたもの――たとえば、どういう恋愛をすべきか――を次のテストで試していただくことはできませんか?」
 そういう考えに及ばなかったあとのものは、慌てて彼女の意見に賛同、というよりは追従した。渚のあまりに真剣なまなざしに、篠栗は面食らい、笑って受け流そうとした。
「おいおい、ぼくは占い師じゃないんだぜ。きみたちには運よく当てはまったようだが、あくまでまねごと――ゲームをやっているにすぎないのだから」
「そ、それでも構いません」
 真剣過ぎるのをいさめるつもりで、上司の顔もチラリと見せ、厳しい態度で臨んだが、相手が引かないのを見ると、篠栗は磊落に笑って、再び席についた。
「フッ、きみは見かけによらず、なかなか強情なようだね。組織の再編成があったときは、是非ともわが課に来てもらいたいものだ。それとも、これは恋愛に関することだけかな?」
 そう話しながら、立ちっぱなしの相手に手のひらを差し出し、篠栗は席に座るよう促した。自覚がなかったとはいえ、上司に対し命令さえしかけていたことに気づいた新入社員の渚は、穴があったら入りたいというように、いそいそと席に座り、小さな身体をなお一層縮こませ、聞こえるか聞こえないかのか細い声で返事をした。
「そ、そうかもしれません……」
「アハハ、素直なところもいい」と、そこに、篠栗の視界の端を横切るものがあり、彼は突然、片腕を振り回し、大声を張り上げて、そのものを自分たちの席に呼び寄せた。「お~い、こっちこっち、ちょっと用があるんだ。ここまで来てくれよ」
 現れたのは、首にかけたタオルで汗を拭う八木山だった。篠栗の背後で、女性たちのあいだに、緊張が走った。
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