笑う女神

文字数 927文字

 全人類の何割が、表裏という概念を賭けに利用しているのだろう。
 今、目の前で踊り狂っている一枚の硬貨は、考えあぐねている。悩んでいると思う。表と裏のどちらを上にして着地すればいいかを。舞いながら、それを懸命に考えているのだ。
 数字が書かれている方が表で、絵が描かれている方が裏。例外は数多くあれど、少なくとも周りの人間はずっとそう定義してきたし、今でもそう信じている。実際はどちらが表であろうと裏であろうと関係ない。単純に「数字が書かれている側」、「絵が描かれている側」と言ったって支障はない。それを面倒くさがっているだけで、ようは「表」「裏」は純粋に略語であり、一種の記号だ。
 僕は一般的に言われる「表」に賭けた。相手はもちろん「裏」に。硬貨が宙を舞う様子が、僕にはスローモーションで見える。表、裏、表、裏。硬貨は交互に見せてくる。
 僕は全財産を賭けていた。その額およそ一五〇。後ろに桁が七つ。相手はというと、僕よりもかなりの金持ちで、僕が賭けた額に、さらに桁が二つほどついてくる。
 たった一枚の硬貨が、それも絵が描かれた方を向いて落ちただけで、僕は一文無しになり、相手は雀の涙ほどの金を手にするのだ。
 滑稽だろう。人は僕を馬鹿と呼んだ。
 そう、僕は馬鹿であり、愚者である。
 そして何よりエンターテイナーなのだ。
 僕らの目の前で硬貨を投げた、この【調停者】なる者が、僕らの今の賭けを仕切っている。いわゆるディーラーだ。試合でいうところの審判である。賭博場一つにつき、最低でも十人。賭けを取り計らい、執り行う。そして監視も仕事だ。イカサマ野郎には罰。酷ければ死が与えられる。目の前で首と胴体を切り離される様子を見せられれば、誰だってルールぐらいは守るようになる。死人に金は必要ない。
【調停者】の手の甲に、硬貨が落ちる。表と裏、どちらが上かをすぐには見せない。賭博者自身に、判断を考え直す余地を少しだけ与えているのである。ファイナルアンサー? 彼はそう訊いて、僕らに最終決断を促す。
「「ファイナルアンサー」」と、僕らは繰り返す。
 そうして伏せていた手を、【調停者】自らが退かした。
「10」という数字が、僕の方を見上げて嗤っていた。
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