第6話

文字数 651文字

 実は先刻(さっき)から気づいていたことなのだが、慶ちゃんの顔色が、妙に蒼黒く濁って見えるのだ。
 わたしは卓袱台(ちゃぶだい)の前に膝をつき、ピッチャーから透明な液体をコップに注ぎ、とんと音を立てて慶ちゃんの前に置いた。
「ちょっと飲んでもらおうと思って持ってきたんだけど。どうする? もう少し休む?」
「いや、起きるよ。ごめんな、なぜだか急に疲れちゃって……」
 ずいぶん大儀そうに起き上がった。病弱だった頃の慶ちゃんの、ほっそりと白い、まるで女の子のような首の後ろを、わたしはなんとなくデジャヴのように思い出す。
「大丈夫? 毎日外を走り回ってたんでしょ。熱中症じゃないかしら」
 慶ちゃんは黙ったまま、コップの中身を飲み干す。喉ぼとけの鳴る音が響く。
「お味はいかが」
「うん、(うま)い。ちょっと甘いんだな」
「これ、糸瓜(へちま)(すい)だよ」
 慶ちゃんの軀が、びくん、と揺れるのがわかった。まるで中身は毒だと告げられたかのように。
「ちょっと。どうしたの?」
 答えない。慶ちゃんはそろそろと、口元のコップをお盆の上に戻そうとした。狭い(くぼ)みに押し込まれている人が僅かに身じろぎするみたいな、ひどくぎこちない動作だった。
「慶、ちゃん……」
 コップとお盆が触れ合って、耳障りな音を立てた。コップを離した慶ちゃんの右手の指が、おかしいぐらい震えている。慶ちゃんの左手が、右の手首をぎゅっと握った。左手に、渾身の力が込められているのがわかる。それでも、右手はなかなか(しず)まらない。
 わたしはぞわっと髪の根が粟立つ気がした。
 魚が、いる。
 慶ちゃんの右手の皮膚の下に。
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