一幕、尾崎麻衣と言う人物②
文字数 2,190文字
この尾崎麻衣という女子高生。ただの女子高生ではない。彼女は幼い頃から猫の言葉を理解出来たのだ。これは家族と香織しか知らない、麻衣の秘密だった。
「もーっ! 最っ悪! 入学早々、絶対、目ぇ付けられたよぉ~!」
「まぁ、これで私たち、箔 が付いたってことで……」
入学式が終わった一階の教室の中で、麻衣の席の前を陣取っている香織が相づちを打っている。
二人は見事に入学式に遅刻をし、先程まで生徒指導室にてみっちりとしごかれていたのだった。
「全てはあの! 黒猫のせい……!」
「猫ちゃんは、悪くないよ……」
ぐぬぬ、と握りこぶしを作りながら言う麻衣に、香織が飄々とした態度で口を開いた。どうやら香織には、先生たちのお説教など全く堪えていない様子だ。
二人は入学早々遅刻したこともあり、すっかり学年中で有名人になってしまった。二人の周りには人の輪が不自然に出来ており、ヒソヒソ声と共にチラチラと視線を投げかけられている。
「もー! 何か、すっごい嫌な感じ!」
そんな状況に麻衣は盛大なため息を吐き出した。どうやら前途多難な学校生活になりそうだ。
キーンコーンカーンコーン
「あ、チャイム……。私、教室に戻る、ね……」
「おー。また帰りなー」
「うん……」
香織はガタッと席を立つと、前の扉から自分の教室へと帰っていった。そしてその同じ扉からはしばらくして、若い男の教師が入ってくる。
「皆さん、おはようございます。僕は皆さんの担任で、数学を教えます。中 野 剛 と言います。よろしくね」
担任と名乗ったこの中野と言う男はほっそりしており、ひょろりとしたその体型はいかにも数学者と言った風体だ。しかし柔和な表情が数学者の近寄りがたさを和らげている。
中野は軽い自己紹介の後、学校紹介をしていく。この学校には学生食堂がないため、昼食は朝の内に注文しなければいけなかったり、自動販売機の場所だったり。そして最後の中野の言葉は教室を凍らせる。それは、
「明日は始業式の後に実力テストがありますので、皆さんしっかり学校に来てくださいね」
にこにことクラスを見渡すと、中野は一言、解散、と言って帰りのホームルームを終わらせるのだった。
「明日テストかよー……」
「せっかく忘れてたのに……」
生徒たちはブツブツと嘆きながら教室を出て行く。そんな生徒たちとは対照的に教室に残る生徒たちもいる。麻衣も廊下側の席で帰りの支度をしながらゆっくりとしていた。すると、
「あ、猫ちゃん!」
「ホントだ! カワイイ~!」
(猫?)
突然『猫』と言う単語を耳にしてしまう。チラリと声のした方へ目を向けると、一階の教室の窓辺に一匹の黒猫がこちらに身体を向けて、顔を洗っていた。
(あ! アイツは……!)
その姿は今朝、麻衣が助けた黒猫に似ていた。麻衣は窓辺までズカズカと歩いてくると、人波ができはじめている間を縫って、カラリと窓を開けた。すると黒猫の黄色い瞳と目が合った。
「あ、人間。探したぞ」
麻衣の頭の中に響いてきた偉そうな声は紛れもなく今朝、助けた黒猫のものだった。偉そうなその口調に麻衣は、今朝遅刻し、生徒指導室でこってりと絞られたことを思い出す。
「人間、お前、名乗りもせずに走り去るとは、失礼だぞ? お陰でこっちは、この辺りの学校を探し回った」
黒猫の堂々とした偉そうな言葉が麻衣の頭の中を占めていく。麻衣はわなわなと震えた。端 から見たら、黒猫に見つめられた麻衣が俯いて震えているようにしか見えないだろう。
(落ち着け、落ち着くんだ、私……。ここで怒りをぶちまけたら、それこそ変な人、確定だ……)
これ以上クラスで、悪目立ちすることだけは避けたい。
そんなことを思う麻衣の心情も知らずに黒猫は容赦なく、麻衣の頭の中に語りかけてくる。
「ほれ、人間。名乗れ、名乗れ」
「……っ!」
麻衣の我慢が限界に達し、ぐわっと黒猫の顔を見た瞬間だった。
「だーれだ?」
麻衣は後ろから視界を遮られた。驚いて反射的に振り返るとそこには、
「香織……」
「やっほー、まいまい」
片手を挙げる無表情の親友の姿がある。
「何を打ちひしがれていたの? まいまい」
「アイツが……! って、あれ? 黒猫は?」
麻衣が窓の外を指さすも、そこにはもう黒猫の姿はなくなっていた。代わりにクラスメイトの女の子が怖ず怖ずと言った風に口を開く。
「あの……、黒猫ちゃんなら、あっちに走って行っちゃいました……」
指さされたその先は学校の藪の中だった。
「あんのヤロー……」
麻衣はふつふつと湧き上がってくる怒りを抑えられない。そんな麻衣の肩に香織がぽんと手を置く。
「帰りながら、話、聞く?」
「……うん」
香織の言葉に頷くと、麻衣は鞄を手にして香織と共に教室を出て行くのだった。
「でね、あの黒猫が教室の窓から覗いていたのよ!」
帰り道。
麻衣は帰りの教室内で起きた出来事を包み隠さず香織に話した。香織は麻衣の話を黙って最後まで聞いていたが、話を聞き終えた直後にピタリと足を止めた。
「どした? 香織」
「その黒猫ちゃんですが……」
「ん?」
怪訝な様子で立ち止まった麻衣に香織は自身の背後にある、道路との境にある植木を指さしながら、
「ここに、来ています」
「え?」
香織が指さした先、その植木からひょっこりと顔を出している黒猫が、黄色の瞳をこちらに向けていた。麻衣はその姿を目にすると、あんぐりと口を開けている。
「もーっ! 最っ悪! 入学早々、絶対、目ぇ付けられたよぉ~!」
「まぁ、これで私たち、
入学式が終わった一階の教室の中で、麻衣の席の前を陣取っている香織が相づちを打っている。
二人は見事に入学式に遅刻をし、先程まで生徒指導室にてみっちりとしごかれていたのだった。
「全てはあの! 黒猫のせい……!」
「猫ちゃんは、悪くないよ……」
ぐぬぬ、と握りこぶしを作りながら言う麻衣に、香織が飄々とした態度で口を開いた。どうやら香織には、先生たちのお説教など全く堪えていない様子だ。
二人は入学早々遅刻したこともあり、すっかり学年中で有名人になってしまった。二人の周りには人の輪が不自然に出来ており、ヒソヒソ声と共にチラチラと視線を投げかけられている。
「もー! 何か、すっごい嫌な感じ!」
そんな状況に麻衣は盛大なため息を吐き出した。どうやら前途多難な学校生活になりそうだ。
キーンコーンカーンコーン
「あ、チャイム……。私、教室に戻る、ね……」
「おー。また帰りなー」
「うん……」
香織はガタッと席を立つと、前の扉から自分の教室へと帰っていった。そしてその同じ扉からはしばらくして、若い男の教師が入ってくる。
「皆さん、おはようございます。僕は皆さんの担任で、数学を教えます。
担任と名乗ったこの中野と言う男はほっそりしており、ひょろりとしたその体型はいかにも数学者と言った風体だ。しかし柔和な表情が数学者の近寄りがたさを和らげている。
中野は軽い自己紹介の後、学校紹介をしていく。この学校には学生食堂がないため、昼食は朝の内に注文しなければいけなかったり、自動販売機の場所だったり。そして最後の中野の言葉は教室を凍らせる。それは、
「明日は始業式の後に実力テストがありますので、皆さんしっかり学校に来てくださいね」
にこにことクラスを見渡すと、中野は一言、解散、と言って帰りのホームルームを終わらせるのだった。
「明日テストかよー……」
「せっかく忘れてたのに……」
生徒たちはブツブツと嘆きながら教室を出て行く。そんな生徒たちとは対照的に教室に残る生徒たちもいる。麻衣も廊下側の席で帰りの支度をしながらゆっくりとしていた。すると、
「あ、猫ちゃん!」
「ホントだ! カワイイ~!」
(猫?)
突然『猫』と言う単語を耳にしてしまう。チラリと声のした方へ目を向けると、一階の教室の窓辺に一匹の黒猫がこちらに身体を向けて、顔を洗っていた。
(あ! アイツは……!)
その姿は今朝、麻衣が助けた黒猫に似ていた。麻衣は窓辺までズカズカと歩いてくると、人波ができはじめている間を縫って、カラリと窓を開けた。すると黒猫の黄色い瞳と目が合った。
「あ、人間。探したぞ」
麻衣の頭の中に響いてきた偉そうな声は紛れもなく今朝、助けた黒猫のものだった。偉そうなその口調に麻衣は、今朝遅刻し、生徒指導室でこってりと絞られたことを思い出す。
「人間、お前、名乗りもせずに走り去るとは、失礼だぞ? お陰でこっちは、この辺りの学校を探し回った」
黒猫の堂々とした偉そうな言葉が麻衣の頭の中を占めていく。麻衣はわなわなと震えた。
(落ち着け、落ち着くんだ、私……。ここで怒りをぶちまけたら、それこそ変な人、確定だ……)
これ以上クラスで、悪目立ちすることだけは避けたい。
そんなことを思う麻衣の心情も知らずに黒猫は容赦なく、麻衣の頭の中に語りかけてくる。
「ほれ、人間。名乗れ、名乗れ」
「……っ!」
麻衣の我慢が限界に達し、ぐわっと黒猫の顔を見た瞬間だった。
「だーれだ?」
麻衣は後ろから視界を遮られた。驚いて反射的に振り返るとそこには、
「香織……」
「やっほー、まいまい」
片手を挙げる無表情の親友の姿がある。
「何を打ちひしがれていたの? まいまい」
「アイツが……! って、あれ? 黒猫は?」
麻衣が窓の外を指さすも、そこにはもう黒猫の姿はなくなっていた。代わりにクラスメイトの女の子が怖ず怖ずと言った風に口を開く。
「あの……、黒猫ちゃんなら、あっちに走って行っちゃいました……」
指さされたその先は学校の藪の中だった。
「あんのヤロー……」
麻衣はふつふつと湧き上がってくる怒りを抑えられない。そんな麻衣の肩に香織がぽんと手を置く。
「帰りながら、話、聞く?」
「……うん」
香織の言葉に頷くと、麻衣は鞄を手にして香織と共に教室を出て行くのだった。
「でね、あの黒猫が教室の窓から覗いていたのよ!」
帰り道。
麻衣は帰りの教室内で起きた出来事を包み隠さず香織に話した。香織は麻衣の話を黙って最後まで聞いていたが、話を聞き終えた直後にピタリと足を止めた。
「どした? 香織」
「その黒猫ちゃんですが……」
「ん?」
怪訝な様子で立ち止まった麻衣に香織は自身の背後にある、道路との境にある植木を指さしながら、
「ここに、来ています」
「え?」
香織が指さした先、その植木からひょっこりと顔を出している黒猫が、黄色の瞳をこちらに向けていた。麻衣はその姿を目にすると、あんぐりと口を開けている。