54.選ばれし者
文字数 2,047文字
コバートはエルフである。
故に、スピリチュアル関係に敏感なのだ。
アリータに言い放った「風が俺を呼んでるんだ!」というのは苦し紛れの言い訳ではない。
精霊の存在をうっすらと知覚できるコバートは、確かに呼ばれているような感覚があってのことだった。
その導きに従ったからといって、必ずしもコバートに良いことがある訳ではないのだが、呼ばれること自体が既に運命である。
その導きに乗るか乗らないかもまた、運命の選択に過ぎない。
今回のコバートはその運命の誘いに乗った。
ただそれだけのことなのである。
◆◇◆
コバートが街中をうろつき始めて10分ほど。
何かを思い出した様子のコバートは懐からイヤリングを取り出した。
「いっけね。せっかく買ったのにつけ忘れてたら意味ねーじゃん」
コバートが耳につけ始めたイヤリングはただのイヤリングではない。
『False ears』というエルフ御用達の魔道具である。
長い耳を普通の耳のように見せるという地味なものだが、元々人間に近いエルフはそれだけで、人間社会に溶け込めるのである。
二つの耳につけ終わったコバートは偶然にして、ある光景を目にした。
それは目の前の建物の3階から身を乗り出し、壺に入った液体を道に撒き捨てる人の姿である。
その液体がなんであるか、なんの目的で撒いたのか、コバートの知るところでは無かった。
故に、それがこの世界特有の風習、異文化に基づくものであるのなら、課題メモを埋められるはずだとコバートは思い立った。
腰を下ろして休憩するのに丁度良い高さの塀があり、そこに座る1人の暇そうな少女が目についた。
10歳前後の茶髪の少女だ。
コミュ力の高いコバートは無駄な推測などせず、誰かに尋ねることに躊躇はない。
いつも通り、明るくフレンドリーに声をかけた。
「ヘイ、そこの君! ちょっと時間もらえる!?」
「わ、私ですか?」
気を抜いていた彼女に、唐突なハイテンションコバートは刺激が強かった。
ビクッと身体を硬らせ、目を大きくして驚いていたのだ。
「そう君。てか君以外いないでしょ」
人気の少ない周囲を見廻しコバートは笑いながら言った。
すると少女は苦笑気味に肯定した。
「は、あ、そうです……ね? えへへ……」
「おいおい大丈夫か? そんなぼうーっとしててよ」
コバートはその少女の隣に腰を下ろした。
「えーっと……その、何かご用ですか?」
「そう! ごようごよう! ――今さっきさ、あそこの人が外に向かって水撒いてたんだけど、あれって何してたの? なんか呪術的な意味があったりするの?」
「呪術的意味!? ……いえあれはおそらく、単にマナーが悪い人ですよ。捨てに行くのが面倒だからとあそこから捨ててるんです。――おしっこ」
「おしっこ!? きたなっ、え!? マ!?」
「うん、よくあることだけど……」
コバートはスマホのメモ機能を用いて書き込んだ。
この世界ではオシッコを外に、撒くように捨てるのだと。
持ち物や言動から少女は察した。
この人はこの国の人ではないと。
「お兄さんはどこから来たの?ロステマ帝国 の人じゃないよね?」
「まあそう、実はそうなんだよねー。めっちゃ遠い国から――旅行? みたいな感じで来たんだけど、こっちのこと何も知らんくてね」
「ふーん……」
「あっ、俺コバートってんだけど、君は?」
「私は……」
少女は迷った。
自分の名を名乗るべきかと。
その迷いは特段の事情があってのことであったが、コバートがそれを知る由もない。
少女はため息を吐いて、重々しい雰囲気で名乗った。
「――ラフマ」
「そう、ラフマか。――なあラフマ、一つ聞いてもいいか?」
「なに?」
「その首にあるやつって……刺青だよな? 何か悪いことでもしたのか?」
少女の首には点線状の青い刺青が一周し、まるで切り取り線のような墨が彫られていた。
よくみると手首、足首にもあり、見えないところにもあるのではないかと予感させる。
コバートの故郷では、犯罪を犯したものに刺青をする文化があった。
こんな少女が悪いことを? そんなまさか、と思いつつも先入観から尋ねたコバート。
だがやはり、そんなことはなかった。
「違うよ。むしろその逆。これは一部の人にしか許されない名誉なことなの」
「……というと?」
「明日は年に一度のお祭りの日でね、私はその主役なの」
「おお! お祭り! いいねー、どんなことすんの?」
コバートは生来のお祭り好き。
反射的に無邪気に尋ねたのだが、これがダメだった。
「――みんながね、私を食べるの」
ラフマの一言に、コバートの笑みはスッと消えた。
「――え?」
その後もラフマのいうお祭りの説明を受けたコバートだったが、その内容は筆舌に尽くし難い。
無防備な状態で、鼻っ面にパンチを喰らうが如き衝撃を受けるのであった。
故に、スピリチュアル関係に敏感なのだ。
アリータに言い放った「風が俺を呼んでるんだ!」というのは苦し紛れの言い訳ではない。
精霊の存在をうっすらと知覚できるコバートは、確かに呼ばれているような感覚があってのことだった。
その導きに従ったからといって、必ずしもコバートに良いことがある訳ではないのだが、呼ばれること自体が既に運命である。
その導きに乗るか乗らないかもまた、運命の選択に過ぎない。
今回のコバートはその運命の誘いに乗った。
ただそれだけのことなのである。
◆◇◆
コバートが街中をうろつき始めて10分ほど。
何かを思い出した様子のコバートは懐からイヤリングを取り出した。
「いっけね。せっかく買ったのにつけ忘れてたら意味ねーじゃん」
コバートが耳につけ始めたイヤリングはただのイヤリングではない。
『False ears』というエルフ御用達の魔道具である。
長い耳を普通の耳のように見せるという地味なものだが、元々人間に近いエルフはそれだけで、人間社会に溶け込めるのである。
二つの耳につけ終わったコバートは偶然にして、ある光景を目にした。
それは目の前の建物の3階から身を乗り出し、壺に入った液体を道に撒き捨てる人の姿である。
その液体がなんであるか、なんの目的で撒いたのか、コバートの知るところでは無かった。
故に、それがこの世界特有の風習、異文化に基づくものであるのなら、課題メモを埋められるはずだとコバートは思い立った。
腰を下ろして休憩するのに丁度良い高さの塀があり、そこに座る1人の暇そうな少女が目についた。
10歳前後の茶髪の少女だ。
コミュ力の高いコバートは無駄な推測などせず、誰かに尋ねることに躊躇はない。
いつも通り、明るくフレンドリーに声をかけた。
「ヘイ、そこの君! ちょっと時間もらえる!?」
「わ、私ですか?」
気を抜いていた彼女に、唐突なハイテンションコバートは刺激が強かった。
ビクッと身体を硬らせ、目を大きくして驚いていたのだ。
「そう君。てか君以外いないでしょ」
人気の少ない周囲を見廻しコバートは笑いながら言った。
すると少女は苦笑気味に肯定した。
「は、あ、そうです……ね? えへへ……」
「おいおい大丈夫か? そんなぼうーっとしててよ」
コバートはその少女の隣に腰を下ろした。
「えーっと……その、何かご用ですか?」
「そう! ごようごよう! ――今さっきさ、あそこの人が外に向かって水撒いてたんだけど、あれって何してたの? なんか呪術的な意味があったりするの?」
「呪術的意味!? ……いえあれはおそらく、単にマナーが悪い人ですよ。捨てに行くのが面倒だからとあそこから捨ててるんです。――おしっこ」
「おしっこ!? きたなっ、え!? マ!?」
「うん、よくあることだけど……」
コバートはスマホのメモ機能を用いて書き込んだ。
この世界ではオシッコを外に、撒くように捨てるのだと。
持ち物や言動から少女は察した。
この人はこの国の人ではないと。
「お兄さんはどこから来たの?
「まあそう、実はそうなんだよねー。めっちゃ遠い国から――旅行? みたいな感じで来たんだけど、こっちのこと何も知らんくてね」
「ふーん……」
「あっ、俺コバートってんだけど、君は?」
「私は……」
少女は迷った。
自分の名を名乗るべきかと。
その迷いは特段の事情があってのことであったが、コバートがそれを知る由もない。
少女はため息を吐いて、重々しい雰囲気で名乗った。
「――ラフマ」
「そう、ラフマか。――なあラフマ、一つ聞いてもいいか?」
「なに?」
「その首にあるやつって……刺青だよな? 何か悪いことでもしたのか?」
少女の首には点線状の青い刺青が一周し、まるで切り取り線のような墨が彫られていた。
よくみると手首、足首にもあり、見えないところにもあるのではないかと予感させる。
コバートの故郷では、犯罪を犯したものに刺青をする文化があった。
こんな少女が悪いことを? そんなまさか、と思いつつも先入観から尋ねたコバート。
だがやはり、そんなことはなかった。
「違うよ。むしろその逆。これは一部の人にしか許されない名誉なことなの」
「……というと?」
「明日は年に一度のお祭りの日でね、私はその主役なの」
「おお! お祭り! いいねー、どんなことすんの?」
コバートは生来のお祭り好き。
反射的に無邪気に尋ねたのだが、これがダメだった。
「――みんながね、私を食べるの」
ラフマの一言に、コバートの笑みはスッと消えた。
「――え?」
その後もラフマのいうお祭りの説明を受けたコバートだったが、その内容は筆舌に尽くし難い。
無防備な状態で、鼻っ面にパンチを喰らうが如き衝撃を受けるのであった。