第1話

文字数 9,402文字

 小山雄太、40歳。
 プロ野球チーム、神奈川シーガルズのユニフォームが彼の仕事着だ。
 しかし、背負う背番号は3桁。
 彼はブルペンキャッチャー、つまりはピッチング練習の相手を務めるのが今の彼の仕事だ。

 もちろん、小山も最初からブルペンキャッチャーだったわけではない。
 大学卒業時、ドラフト6位とあまり大きな期待はかけられずに入団したが、10年かけて彼はレギュラーの座を掴んだ。
 バッティングは凡庸で打率2割を下回ることもしばしばだが、彼の強みは守備の上手さ、とりわけキャッチングの上手さには光るものがあり、加えて肩も強い、彼が6位ながらもドラフトにかかった理由はそこにある。
 
 10年……短い年月ではない、プロ入りから8年余りは2軍暮らしの日々が続き、ようやく1軍に定着したのは30歳になってから、それでもくさる事がなかったのは、野球が、とりわけキャッチャーと言うポジションが好きだったからに他ならない。
 そして、レギュラーを勝ち取れたのも、その卓越した守備力がバッティングの凡庸さを補ってお釣りが来ると判断されたからだ。

     ○     ○     ○    ○     ○

 キャッチャーと言うのは特異なポジションだ。
 9人の選手の中でただ独り、味方の野手と逆方向を向いてファールグラウンドに位置する。
 彼は、キャッチャーマスク越しに見るその景色が好きだった。
 真剣な面持ちでサインを覗き込むピッチャー、そして投球と同時にバッターに意識を集中する7人の野手……小山はその扇の要でミットを構え、ピッチャーをリードし、野手に指示を与える事で試合をコントロールし、勝利の為に全てを捧げて来た、そして、それが何よりも好きだったのだ。

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 32歳からの3年間、小山はシーガルズの正捕手として活躍した。
 だが、そんな彼に、引退を余儀なくされる瞬間は突然やってきた。
 レギュラーとなって3年目のシーズン、シーガルズは得点力不足を抱えながらも終盤まで優勝争いを続けていた、小山の好リードもあって投手陣が安定し、接戦をものにする粘り強い戦い方が出来るようになっていたのだ。 
 そして、シーズンも残り数試合、首位のシーガルズは2位のチームの本拠地に乗り込んだ、この試合をものにすれば優勝をぐっと引き寄せられる。
 
 1点リードで迎えた9回裏、ツーアウト、ランナー2塁。
 狙い通りに詰らせた打球だったが、飛んだコースは三遊間のど真ん中。
 快足自慢のランナーはサードベースを回り、思い切り前進してきたレフトがボールを掴むとバックホーム……。
 タイミングはアウト、しかし、ボールは少し一塁側に逸れ、左足でホームベースをブロックしたままボールをキャッチした彼は、ボールを両手でしっかり保持してランナーにタッチしようと体をよじる。
 滑り込んで来るランナーのスパイクにミットを弾かれ、更に左足を払われて、彼はもんどりうって倒れたが、ボールは右手でしっかり掴んで離さなかった。
 ランナー・タッチアウト、試合終了。
 しかし、無理な体勢で右肩から激しくグラウンドに叩きつけられた彼は、脂汗を流し、立ち上がることが出来なかった……。
 その1勝が物を言って、シーガルズはリーグ優勝を物にしたが、日本シリーズに小山は出場できずにチームも敗れた。
 そしてそれ以後、自慢の強肩は鳴りを潜めてしまった。

 止む無く引退に追い込まれた彼だったが、チームはまだ彼を必要としていた。
 キャッチングの上手さを生かしたブルペンキャッチャーとして。
 しかも、一軍でレギュラーを務めた経験を持ちリードにも精通している彼は、ただの『壁』ではない、主力や期待の若手のピッチング練習では必ず彼がボールを受け、色々とアドバイスを送るのが常だった。

 しかし、そんな彼も、40歳になるのを機に、今季限りでユニフォームを脱ごうかと考えている。
 一人息子は9歳になる、ずっと父はプロ野球選手だと自慢していたのだが、少年野球チームに所属するようになると、上級生から色々と言われたらしい。
 それでも息子は、肩を痛めてブルペンキャッチャーになる前はレギュラーだったのだと主張し、記録も見せるが、キャッチャーとしての記録など残ってはいない、残っているのはパッとしなかったバッティング成績ばかり……。
 最近は親子の会話がぐっと減ってしまった。
 それに、いつまでも野球を続けられるわけでもない、再就職のことを考えると、もう遅きに失した感さえある、野球が出来なくなっても人生は続く、妻と息子を養って行かなければならないのだ。

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 そんな折、遅咲きのルーキーが入団して来た。
 独立リーグ(*1)出身の中川修一、高校、大学とドラフトから漏れ続けたが独立リーグで実績を挙げ、26歳でようやくプロになる夢を掴んだのだ。
 妻帯者で、1歳の子供を持つ子連れルーキーでもある。

 夢だったプロ野球選手になれたとは言っても、実績を挙げられなければ来年はどうなるかわからない。
 高卒ルーキーなら6年、大卒なら2年程度はチームも猶予を与えてくれる、しかし、独立リーグ出身の26歳にチームが期待するのは、リードされている試合の中継ぎでも良いからとにかく即戦力として使えること以外にない。

 その年の沖縄キャンプ、小山が相手を務めるのは主にドラフト1位の大卒ルーキーと3位の高卒ルーキーだったが、小山は、後がない状況で子供もいるのにプロに飛び込んで来た中川を気に掛けていた、どこか自分と共通するものを感じていたのだ。

 キャンプも2週目、紅白戦が行われる段階に入って、小山はようやく中川のボールを受ける機会を持った。
 紅組の2番手として登板する予定になっていて、そのウォーミングアップでのことだった。

 スピードそのものは大したことはないが、回転が良く伸びがある。
 高めのボールに伸びがあるピッチャーは多いが、中川の場合は低めでもボールがお辞儀しないのが良い。
 それが中川の第一印象だった。

「なかなか回転が良いボールを投げるじゃないか」
「ありがとうございます! 一昨年辺りから高めのストレートで三振を取れるようになったんです」
 拙い……即座にそう思った。
「いや、悪いが、それはプロでは通用しないぞ」
 中川の顔が即座に曇った。
「君はどう思っているか知らないが、プロでは君くらいのスピードのピッチャーはざらにいる、確かにストレートには伸びがあるから、一つや二つ空振りは取れるかもしれない、しかしそこまでだ、あと10km速けりゃ話は別だが、プロでレギュラーを張るバッターは、ボールになる球には手を出してくれないし、高めのストライクゾーンに投げればきっちり捉えるぞ」
 小山は口下手だ、やんわりとオブラートに包んだような言い回しは得意ではない。
 中川の表情が少し険しくなった。
「君がプロで生き残るためには、低めのストレートに磨きを掛けるべきだ、伸びがあるから見極めが難しいし、打っても遠くには飛ばせないからな……変化球は何を持っている?」
「カーブとスライダーです」
「落ちるボールがあれば良いんだがな……」
「カーブではいけませんか? 縦に落ちるカーブなんですが」
「俺が言ってるのは、低めのストレートのように見えて、そこから小さくてもいいから急に落ちるボールだ、例えばスプリット(*2)とかの」
「そうですか……わかりました、アドバイスありがとうございます」
 そう言って丁寧にお辞儀をしたが、明らかに不満顔だ。
 中川は最速140km、通常は135km程度だが大きなカーブを交えれば独立リーグでは本格派として通用するだろう、しかし、プロでは『並み』だ、何かプラスアルファがないことには中継ぎでも通用するかどうか……。
 
 その日、紅組のマウンドに立った中川は、高めのストレートを武器にして2イニングをヒット1本に押さえ、三振3つを取る好投を見せた。
 なおのこと拙いことになった……小山はそう感じた。
 開幕までまだ間があるこの時期、レギュラークラスの野手はまだ調子を上げて来ていない、1軍に上がる為にアピールしなくてはならない中川たちとは違う。
 そんなことは知っているとは思うのだが、三振を取る快感はピッチャーにとっては抗し難いもの、勘違いをしなければ良いが……。

 最初の登板で好投した中川はその後も度々試され、オープン戦が始まっても1軍に帯同した。
 しかし、小山が恐れていた通り、野手のコンディションが上がって来ると、中川は打たれ始め、開幕は2軍で迎えることになった。

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 小山は遠征時も1軍に帯同する。
 マウンドに上がる前のウォーミングアップは小山が相手でないと、と言うピッチャーは多いのだ、キャッチングの上手い小山はキャッチャーミットから乾いた音を立て、ギリギリのコースを狙ったボールを、ミットを流さずにぴたりと止めて受けてくれる、自信を持ってマウンドに上がる為には小山の技術が不可欠なのだ。

 小山は相変わらす中川を気に掛けていたものの、1軍と2軍ですれ違い。
 次に会ったのは、開幕から1ヶ月が過ぎてからだった。
 ローテーションの一角を担う若手ピッチャーの調子が上がらずに2軍で調整することになり、小山も彼に付き合って2軍のグラウンドに足を運んだのだ。

「小山さん……」
「よう、久しぶりだな、調子はどうだ?」
「ダメです……あの時小山さんが仰ったことが、ようやく身に沁みてわかりました」
「そうか……」
「もしお時間があるようでしたら、少し受けてみていただきたいんですけど……」
「ああ、いいぞ、付き合おう」


「ここだ、全部ここに投げろ」
 小山は左右のバッターボックスにバッティング・ティを立てて、低めのストライクゾーンいっぱいの所に2本のゴムひもを張った、その間隔はボール2つ分もない。
「はい、わかりました」
 ゴムひもと言ってもたわまないように太目のものを強く張っている、ボールがかすった位ならどうと言う事はないが、厚めに当ればファウルチップのようにコースが変わる、捕りにくいに違いない、しかし、小山はあえてそれをやろうとしてくれている……。
 中川は生唾を飲み込みワインドアップモーションに入ろうとした。
「違う、セットポジションで投げろ、お前はおそらく中継ぎだ、ランナーを背負ってマウンドに向かうことも多いぞ、それに、そもそも二つのモーションを練習している時間なんかないんだ」
「はい」
 中川は素直に従った。
 本当はワインドアップで投げさせてやりたい、セットポジションからではボールの伸びはやはり少し落ちる。
 しかし、オールスター明けには1軍に上がれないと、中川の来季はない……。
 それに、こんな『特訓』をしたところで、2~3ヶ月やそこらで完璧なコントロールが身につくわけでもない、それが出来る位なら誰も苦労はしない。
 しかし、とにかく低めに、と言う意識を植え付けなくてはならない、それには自分の体を張ってみせるのが一番、小山は、それをブルペンキャッチャーとしての5年間の経験から学んだのだ

「よし、今日はこれくらいにしておこう」
 150球ほども投げただろうか、その間に小山もプロテクターやレガースに何十球もボールを受けている。
 とは言っても、幸い、中川はコントロールもまずまず良い、意識して練習すればかなりの確率でボールをゴムひもの間に通せるようになるだろう、あとは……。

「ちょっと手を見せてみろ」
「はい」
 思ったとおりだった、回転の良いボールを投げるピッチャーはえてして指が短めな者が多い、中川もそうだった。
「なるほど、フォークは投げられないだろ?」
「ええ、大学の時に練習してみましたが、すっぽ抜けが多くてダメでした」
「だろうな、スプリットを覚える気はあるか?」
「覚える気があるとかないとかの話ではないんでしょう?」
「そうだな、お前の低めのストレートは通用すると思うよ、だが、それも慣れられるまでだ、それ位の順応力がないとプロでレギュラーは取れない」
「ええ、それは身に沁みてわかりました」
「だから低めのストレートと見分けのつけにくい落ちるボールが必要なんだ、フォークのように空振りを取る必要はない、10センチも落ちれば充分なんだよ、ランナーを背負って出て行ったら、内野ゴロを打たせるのがベストだからな」
「それがスプリットなんですね?」
「ああ、ドロンと落ちるのじゃダメだ、あくまでストレートに見えて、クッと落ちる奴が欲しい」
「わかりました」
「遠征の時は仕方がないが、ホームやこっちでの試合のときは出来る限り来てやるから、しっかりな」


 小山は約束どおり、神奈川、東京でのナイターの時は2軍練習場を訪れて指導した。
 ボールを低めに集めることに関しては短期間でかなり身についたものの、スプリットが問題だった。
 どうしてもストレートがお辞儀したような落ち方になってしまう、それならばストレートの方がマシだ。
 
 ヒントは1軍のピッチャーと話している時に見つかった。
 やはり指が短くてフォークを投げられないピッチャー、彼の話によると、指が短いとどうしても早く抜けてしまうため、逆に握りを広くして、その代わりにある程度スナップを効かせてスプリットを投げているのだと言う、常識からは外れるが試してみる価値はある。


「ナイスボール! やったな!」
「今のでいいですか?」
「ああ、途中までストレートと全く区別がつかなかった、落ち方は小さいが手元でクッと落ちる感じ、これだよ! 後はこれを確実に低めに投げられるようにしないとな」
「はい!」

     ○     ○     ○    ○     ○

「どうですか? 中川は」
 小山が自信タップリに聞くと、ピッチングコーチは満面に笑みを浮かべた。
「明日の遠征から早速帯同してもらうよ」

 驚くほどの熱心さで、スプリットを短期間でマスターした中川をホームスタジアムに連れて行き、投球練習を見せると、ピッチングコーチはその場で1軍昇格を決めた。
 オールスター休みを前にして中継ぎ陣から故障者が何人か出て台所が苦しかった事情もあるが、今の中川ならばどのチームのピッチングコーチだって1軍で使いたいと思うだろう。

 そして、中川は念願の1軍マウンドで結果を出した。
 ズバズバ三振を取るピッチャーではない、ボールを低めに集めて内野ゴロを打たせて取るのが身上の、むしろピンチでこそ光るピッチング、中継ぎには最適だ。

 オールスター明けからは、中川はリードしている試合でも中継ぎを任されるようになり、優勝争いに絡んだシーズン終盤にはセットアッパー(*3)を任されるまでになった。
 防御率も1点台、立派な成績だ。

     ○     ○     ○    ○     ○

 ペナントレースも残り数試合、シーガルズは熾烈な優勝争いを演じていた。
 ブルペンで中川を受けた小山は、ボールの伸びがいまひとつ鈍くなっていることが気にかかっていた。
 フォークやスプリットの様に『抜く』ボールは肩、肘を痛めやすい、ピッチングは下半身主導の初動から、腰、体のひねり、肩、肘、手首と連動して伝えて行った全身のパワーを最後に指先でボールに伝える、その最後の部分で『抜く』のだから、体に負担がかかる、それは具体的に可動域の大きい肩や肘の故障に繋がりやすいのだ。
 中川も肩か肘に痛みを抱えているのだろう。
 休ませられればそれに越したことはないと思ったが、今はそれを言い出せるような状況ではない、中川は連日のようにマウンドに立ち、シーガルズのピンチを救って勝利に多大な貢献をしているのだ。

「中川、お前……」
「おっしゃりたいことはわかっています、確かに少し肘が痛みます、でも、プロなんて夢かと思っていた俺が、今はこうしてシーガルズのセットアッパーを任されて優勝争いをしているんです、あと何試合でもありません、優勝すれば1週間程度は休養も取れますから大丈夫です」
「本当に大丈夫なんだな?」
「自分の体の事ですから、俺が一番良くわかりますよ」
「ならいいが……」

 マウンドに向かった中川は、8回をぴしゃりと抑えてクローザーに繋ぎ、シーガルズは接戦をものにした。
 翌日も、翌々日も中川はマウンドに立ち、シーガルズはリーグ優勝を勝ち取った。
 
     ○     ○     ○    ○     ○

 日本シリーズまでの約1週間、トレーナーからの忠告に従って、中川はランニングとキャッチボール程度の調整にとどめ、肘の回復に努めた。
 その様子を見て、小山も安心していたのだが……。

 日本シリーズはシーソーゲームが続く白熱した展開となった。
 シーガルズは先発投手陣にやや弱みを抱えている、短期決戦の落とせないゲームではどうしても早め早めの投手交代となり、中継ぎ陣はフル回転、セットアッパーの中川も、シーズン中のように1イニング限定ではなく、2イニングを投げる試合が続いた。
 
 シーズン終盤も1試合ごとに首位が代わる緊迫したゲームが続き、日本シリーズは更に緊迫したゲームが続いている、普段の公式戦より選手の消耗は激しい。
 しかも中川はルーキー、長丁場のシーズンは初めて経験する。
 
 中川の肘の状態は、小山が考えるより、そしておそらくは中川自身が考えているよりも深刻な状態だったようだ。
 3勝2敗で迎えた第6戦、7回からマウンドに上がった中川は、8回途中、明らかにすっぽ抜けとわかるボールを投げると、自らマウンドを降りて来た。
「肘が抜けちゃったみたいな感じで、力が入らないんです……」

 右ひじ靭帯断裂。
 
 試合は劇的な逆転サヨナラホームランでシーガルズが勝ち、日本一に輝いたが、その瞬間を中川は病院で迎えることになった。

 現代の医療技術を以てすれば、靭帯断裂も手術で直せないことはない、いわゆるトミー・ジョン手術、その手術を受けて復活したピッチャーは何人もいる。
 しかし、復帰までには最低1年はかかる、しかも同じ箇所を再度傷めないという保証はない、そして変則スプリットを投げ続ける限り、その確率は高いと言わざるを得ない。

 中川は、妻子を養わなければならないと言う事情もあり、引退を決めた。
 シーガルズの親会社が彼を雇ってくれたのは、優勝に貢献して肘を痛めてしまった彼へのせめてもの温情だったのだろう。
 
     ○     ○     ○    ○     ○

「すまない、俺がスプリットなんか勧めたばっかりに……」
「何言ってるんですか、小山さん、俺、全然後悔なんかしてませんって」
「そうなのか?」
「だって、全部小山さんの言うとおりでしたよ、低めのストレートとスプリット、それがなければ、俺、一軍のマウンドにも立てなかったでしょうから」
「しかし……」
「この1年、俺、最高に充実してました、本望ですよ、肘が壊れたのは俺の肘がヤワだったんです、どのみち長くプロでやれる体じゃなかったってことです」
「…………」
「俺、出来ちゃった婚だったんですよ、彼女とはいずれは結婚するつもりでしたけど、プロを諦め切れなくて……結婚するって決めた時、野球は諦めようと思ったんです、彼女と生まれてくる子供を養わなくちゃいけませんからね、でも、彼女は俺の背中を押してくれました。
 独立リーグに残って死に物狂いで投げて、プロにもなれて、日本シリーズのマウンドにまで立てた、夢は全部叶いました……ついこないだ27になったんです、肘を壊さなくてもせいぜい5年です、一生続けられるわけじゃない、再就職して妻子を養って行きます、この1年の経験はきっと一生の財産になりますよ」
「そうか……息子さんにマウンドに立つ姿は見せたかっただろうけどな」
「小山さん、何言ってるんですか」
「そうは思わないか?」
「息子じゃなくて娘ですから」
 そう言って、中川は気持ちの良い笑顔を見せた。
「ははは、そうだったのか」
「小山さん……本当にありがとうございました」

 深々と一礼して、中川はプロの世界から去って行った……。

 その後姿を見送りながら、小山は自分に言い聞かせた。
(今度は俺の番だな……)
 
     ○     ○     ○    ○     ○

 数日後、小山は監督室に向かった。
「ちょっとよろしいですか?」
「ああ、小山か、丁度俺も呼ぼうと思ってたんだ」
「……とおっしゃいますと?」
「中川は残念だったが、君の手腕は見事だったよ、おかげで優勝できたようなものだ、で、どうだろう? 来季からバッテリーコーチをやってもらえないかな?」
「え……」
「ん? どうかな?」
「はい……喜んで」
「そうか、良かった、よろしく頼むよ……ところで君の用事は?」
「あ……それはもういいんです」

     ○     ○     ○    ○     ○

「ナイスボールだ、もう一丁来い」
 翌年の沖縄キャンプ、ブルペンでミットを構える小山の姿があった。
 コーチになったと言っても、ピッチャーのボールの良し悪しは受けてみるのが一番良くわかる。
 変ったのは直接監督に進言できるようになったことと、後輩のキャッチャーを指導できるようになったこと。 自らキャッチャーボックスに座って手本を見せることも多い。
 
 まだ当分、キャッチャーマスク越しに見る景色とは縁が切れそうにない。
 マスクを脱ぐと、南国の風が、緑を取り戻したばかりの若々しい芝の香りを運んで来た。


               終



(*1)独立リーグ 
日本プロ野球機構とは別に、地方などで独自に運営している野球リーグ、選手待遇はプロ扱いではあるが、平均年棒は200万程度。

(*2)スプリット
正しくはスプリット・フィンガー・ファーストボール。
ストレートは人差し指と中指を揃えて投げるが、スプリットは指の間を大きく離し、手首を利かさずに投げる。
ボールの回転が少なく、バッターの手元で落ちるように変化する。
類似の変化球にフォークボールがあるが、フォークの場合、更に指の間を広げてボールを挟むようにして投げるので更に回転が少なく、スピードは少し落ちるが変化も大きい。

(*3)セットアッパー
リードしている試合の最後、9回に登板するピッチャーをクローザーと呼び、各チーム共にエースに準じる存在、そして、8回、もしくは7~8回を抑えてクローザーに繋げる役割のピッチャーをセットアッパーと呼ぶ。
リリーフ陣の中ではクローザーに次いで重要な役割のピッチャー。
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