ママを食べた少女

エピソード文字数 2,285文字

 とつぜん世界で戦争がはじまちゃった。
 パパは兵隊さんになって、戦場へいっちゃった。
 それでね、あたしとママはふたりっきりになっちゃった。
 とってもさびしいよぉ。

 一日目は、パンを食べた。
 二日目は、なにも食べれなかった。
 三日目は、ママといっしょに雨を飲んだ。
 四日目は、そとの葉っぱを食べた。
 五日目は、蛙さんをつかまえて食べた。
 六日目は、なにも食べれなかった。
 七日目も、なにも食べれなかった。
 八日目も、なにも食べれなかった。
 九日目も、結局なにも食べれなかった……。

「ママ……おなかがすいたよ……」
「我慢しなさい……」
「もう我慢できないよぉ……ママ……」
「しゃべらないの! よけいお腹が空くでしょう」
「……ママ……あたしたち……このまま……死んじゃうの?」
「……お皿を用意して、椅子にかけて待っていなさい……ぜったい、そこからうごいちゃだめよ! いい、わかった?」
「わかった……」
「ママとゆびきりしようか?」
「うん」
「ゆびきりげんまん、嘘ついたら針千本のーます、ゆびきった」

 おなかがぺこぺこで目玉がぐるぐるまわっちゃった。
 ママがふらふらと台所にいっちゃった。
 しんと静まりかえちゃった。
 とつぜんスコンッと、音がした。

「ぎゃああああああぁぁぁ!」
「ママ、どうしたの?」
「ぜっ、ぜったい……こっちに……くるんじゃないよ……」
「うん……わかった……」

 またスコンッと音がした。
 こんどはママが叫ばなかった。
 それからしばらくすると、ジュージューと音がした。
 台所から香ばしいお肉の香りがする。
 きっとママはフライパンでお肉を焼いているんだわ、そう思うと(よだれ)をたらしちゃった。

「はあーい……おまたせ……」
「わあーっ、おいしそうなお肉だぁ」

 ママはこんがり焼けたお肉をお皿にのせた。
 でも、ママが真っ青な顔をしているのは――なぜ?
 腕にぐるぐる巻きにした真っ白いタオルが真っ赤に(にじ)んでいるのは――どうして?
 よーくみると、ママの左腕がなかった……。
 
「ママ……これって……」
「よけいなことを……考えなくていいの……これはお肉よ……さあ遠慮しないでたべなさい」
「これ、食べてもいいの?」
「さあ、たあーんと召しあがれ」
「うん……」

 あたしは恐る恐るお肉をほおばった。

 パクッパクッ、ばりばり、むしゃむしゃ、ゴックン

「ああ、おいしい」
「よかったわね……」

 パクッパクッ、ばりばり、むしゃむしゃ、ゴックン
 パクッパクッ、ばりばり、むしゃむしゃ、ゴックン
 パクッパクッ、ばりばり、むしゃむしゃ、ゴックン
 パクッパクッ、ばりばり、むしゃむしゃ、ゴックン

 
 ママの血と胡椒(こしょう)が混ざり合った最高のソース。
 あっという間にお肉をたいらげちゃった。
 こんなにおいしいものを食べたのは、生まれてはじめてだった。
 あたしは牛のように長い舌で、ほっぺたについたママの血をぺろぺろ舐めずりしちゃった。


 それから何日か過ぎちゃった。
 いったい何日が過ぎたのか、よく覚えていないの。
 目玉がぐるぐるまわちゃった。
 また、あたしのおなかがぺこぺこになちゃった。

「ねぇ、ママ……あたしママをまた食べたくなっちゃった……」
「殺して! 殺して!」ママが叫んだ。
「ママの味、ママの味、あははは」

 ママの両腕と両脚はすっかり無くなっていた……。
 あははは、まるで芋虫みたいになっちゃったね。
 ママの心臓っておいしいのかな?
 それとも大きな裁縫鋏で舌をちょんぎって“人タン”なんてどう?
 出刃包丁と裁縫鋏――どっちにすればいいの?
 ああ、もう迷っちゃう! 
 
「どちらにしようかな 天の神様の言う通り ちんぷんかんぷん あぶら虫 鉄砲撃ってバンバンバン 月火水木金土日 さ・よ・う・な・ら」
 
 あたしは思わず出刃包丁を握りしめちゃった。

「殺して! 殺して!」
「ママの味、ママの味、あははは」
「殺して! 殺して!」
「ママの味、ママの味、あははは、あははは」

 ママが殺してと叫ぶと、もう涎がとまらなくなっちゃった。
 むかしね、難しい本を読んだことがあるの。
 あたしはまるでパブロフの犬のようになっちゃった。
 あたしは出刃包丁でママの心臓をグサッと突き刺しちゃった。
 
 パクッパクッ、ばりばり、むしゃむしゃ、ゴックン
 パクッパクッ、ばりばり、むしゃむしゃ、ゴックン
 パクッパクッ、ばりばり、むしゃむしゃ、ゴックン
 パクッパクッ、ばりばり、むしゃむしゃ、ゴックン

 (レア)のまま心臓をぜーんぶ食べちゃった。
 自分のほっぺたを何度も、何度も、舐めずりしちゃった。
 その後、あたしはお巡りさんに捕まちゃった。
 窓がひとつもない真っ暗闇の汚い牢獄に閉じ込められちゃった。
 
 えーん、えーん。
 ここには食べるものはなにもないよぉ。
 ママの味が恋しくて涙をぼろぼろ流しちゃった。
 あたしは深い眠りについちゃった……。
 

 でも、あたしは死んじゃいないわ!
 いつもケーキ屋さんの前に立っているの。
 牛のような長い舌で自分のほっぺたを舐めずりしたまんま。
 一九九四年には、牢獄の中で書いた詩がみつかちゃった。


 いつかきっと ワンダーランド
 ゆめんのなか ワンダーランド
 トゥ トゥ トゥ トゥユー トゥユー
 殺して《キルミー》は ママの味


 
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