第6話 秋の足音
文字数 4,117文字
夏の暑さもすぎ、大森神社の朝はすっかり涼しくなった。この山の暮らしになれた文子、手際よく朝の洗濯を済ませ干していた。
そして囲炉裏にて朝食に取り掛かっていた。下げた鍋にはキノコと小魚。そして彼の好きな長ネギが入っていた。これが完成した頃、彼は森から静かに姿を表した。
「おはようございます」
「おはよう。くそ、逃げられてしまった」
悔しそうな源之丞。囲炉裏のそばの定位置に座り、いつものように白湯を飲みながらその理由を話した。
「猪の罠じゃ。あまりの大きさに罠を壊された」
悔しそうな源之丞。首を捻っていた。
「そんなに大きいんですか」
「ああ。今までにない大きさじゃ。おそらく何年も冬を越しておるのだろうな」
村にも被害を出している大猪。源之丞は苛立ちを誤魔化すように意味なく囲炉裏の炭を突いた。そんな彼に朝食を取らせ昼飯の握り飯を持たせた文子。彼を励まし山の仕事に向かわせた。
「さて。私も仕事だわ」
大森山には一足先に実りの秋が来ていた。冬の備えの食料が乏しい源之丞の食糧庫。このため文子は神社で行う七日市の他に、勝手市にも清吉と出向いていた。そこで文子の乾燥果実やジャム。薬草の評判が良いので売れたのだ。
中でも薬草茶が美味しいと好評で、頼まれて作っていた。効能は利尿効果。これによりむくみ。他には血に関する病の改善になっている様子だった。
翌日。文子は勝手市に来ていた。清吉の野菜や文子の品は飛ぶように売れていた。
「すいません。あの、子供の湿疹に良い薬草はありませんか」
「湿疹?ちょっと見せてください」
若い母親。一緒にいるその少女の右の小さな腕。赤い発疹で、ひどく腫れていた。
「腕だけですか?全身ですか」
「ここだけです」
「ごめんね。よく見せて」
文子は腕を取り、しみじみ観察した。そして母親に向かった。
「この腕はいつから?」
「今朝起きたら。こうなっていて」
「それなら。水でどんどんもっと洗い流しましょう。清吉さん、水場はどこですか」
文子。少女を連れて商店街の脇の公園の水道に向かった。そしてジャアジャアと腕にかけた。
「冷たくてごめんね。でもお湯で洗うと、ムカデの毒が体に回るので、水の方がいいのよ」
「ムカデ?……ムカデに刺されたんですか?では、毒を洗い流すんですね」
母親の声。文子はそうだとうなづいた、そして少女の顔をのぞいた。
「顔色はいいのね。お熱はない?おでこを貸して」
額に手を置く文子。母親は状況を伝えた。
「あの。今朝はぐずってましたが、今は落ち着いてます」
「食欲は?」
「あ、あの、なんていうか」
表現のしようがない若い母親。文子は優しく聞き直した。
「いつも通りですか」
「いいえ。いつもの半分も食べません」
「そう。熱はなさそうですね。私の方が熱いもの」
少女を診る文子。母親はその見立てに息を呑んだ。
「本当は病院に行くのがいいですが、今日は日曜でこの町にはないですものね」
文子は母親に向かった。
「お母さん。ムカデの毒が腕にあるので、こうなっています。だから全身に毒が回らないように、体を動かさずそっと寝かせておいてください」
「はい」
「そして。なんでもいいです。とにかく水分を取って。体の外に毒を出してやるのです」
「食べ物は?」
「消化に良いものを。お風呂も運動もだめです。便秘なら出すように」
「この子は果物が好きなんですけど」
「お粥がいいんですが……煮りんごがいいな。作ったことありますか?」
「いいえ。どうやるんですか」
文子はにこと微笑んだ。
「りんごだけでお鍋でコトコト煮ると、煮汁が出るんです。お砂糖を入れなくても身もジュースも美味しいです。それを覚まして飲ませてあげるといいですよ」
「わかりました。それならできます」
必死の母親。簡単な話にホッとしていた。
「今夜熱が出たら明日病院に行った方がいいでしょう。でもこれで引くなら大丈夫かな」
少女はまだ水道で腕を洗っていた。文子は少女に向かった。
「あのね。この腕を擦っちゃダメよ?おうちで寝ていましょうね」
「うん」
「我慢して偉いわね?お母さんの言う通りにしましょうね」
「うん」
微笑む少女。文子は頭を撫でてやった。若い母親は頭を下げた。
「ありがとうございました」
「こちらこそ。娘さん。もう少し我慢しようね」
薬草茶を買うと母親が言うので清吉が渡した。文子は母娘を手を振って見送った。
「大したものですね」
「私は医者ではありませんが。それくらいは」
恥ずかしそうな文子。他の客にも民間療法を教えていた。他には自分の病はどの診療科目に行けば良いのかなど、文子は指南していた。
「頭をよくする薬はないのかね」
「まあ?あれば私が飲んでいますよ」
あははと笑顔が溢れる勝手市。もう店じまいの清吉と文子の店。そこに怪しい男たちが顔を出した。
「おい。誰に断りを入れて商売をしてるんだ」
「あなた達は?」
明らかに暴力的な男達。文子の薬草が商売の邪魔だと言い出した。
「お前のせいで。俺たちの薬が売れねえんだよ」
「そんなのは私に関係のないことです」
「なんだと?」
この騒ぎ。早く警官が現れた。そして男達は解散させられた。交番の巡査を呼んだのは伝助だった。
「姉さん。あいつらは、この市場の先で薬を売っているんだ。俺、見てきたもの」
「薬。だから私が商売敵だったのね」
「まあ。今日のところは帰りましょう」
本日もたくさん売れた文子一家。売上でお米を買い、清吉は帰り道背負っていた。
「それにしても。文子さんの薬草茶は人気だ」
「効果よりも。美味しいって言ってくれるのは嬉しいですね」
「ははは。でも、これは来月で終わりですかね」
稲刈りの済んだ秋の原。赤とんぼの道。清吉は秋が来たらあっという間にここは雪になると話した。
「勝手市は正月にならないと。誰も来ないのですよ。なので次回で今年は終わりにしましょう」
「わかりました。私もそんなに作れませんし。ちょうど良かったわ」
ここで伝助が文子の着物の袖を引いた。
「姉さんはいつまでここにいられるの?」
「そ、そうね」
「俺が狐に言って。ずっといられるように話してやろうか?」
「これ!伝助」
伝助の心配。清吉は制した。文子は笑顔で伝助に感謝した。
「心配してくれたのね。でも、大丈夫。その。まだ居て良いって言われているから」
恥ずかしそうな文子。伝助はへえと見上げていた。穂が刈られた秋の田んぼ。その一本道の向こう。だんだん彼が見えてきた。
「あ。きた」
「お出ましですぞ」
「清吉さんの荷物が心配だったんですよ」
ものすごい速さの一本下駄。狐面はあっという間に三人の前に現れた。
「はあ、はあ。はあ」
「兄ちゃん。早かったね」
「はあ、はあ……なぜだか知らぬが。はあ、はあ。お前達が見えたら、つい、はあ。はあ。全力で走ってしまった」
膝に手をつく源之丞。三人は笑った。
「源様。お水をどうぞ」
「ああ……寄越せ……」
文子に水をもらった源之丞。やっと復活し、文子の売上で買った米を背負った。
「これは重いぞ?なかなかだな」
「はい!源様の採った大きな栗が人気でした」
「あれは大きかった……俺が食いたかった」
悔しそうな源之丞。これを励ました文子。伝助と清吉に礼を言って別れ、二人は神社に帰ってきた。
蝉の声も無くなった神社の急な階段。文子は上がっていた。前を上るのは米を背負った源之丞。逞しいその背。なぜだか安心して笑みが溢れていた。
「おっと?」
「うわ」
足が滑ったのか源之丞。ひっくり返りそうになった。背後の文子。これを抑えた。
「大丈夫ですか?」
「ああ。すまぬ」
「どうしたんですか。あ」
階段にはカエルがいた。源之丞。踏まないようにしていた。
「カ、カエル。源様はお好きですものね」
「……まあな」
文子。息を呑んでそっと階段の横に移動し、彼を追い越した。
「私。先に帰っていますので。源様はカエルをお好きにどうぞ」
「持って帰って良いのか」
「う?それは」
……でも好きなら。仕方ないわ。
「では。十を数えたら。来ていいです」
「一 、二 、三 ……」
「きゃあ。早いです」
カエルを捕まえて帰りたい彼。しかし、それが苦手な文子。慌てて先に階段を駆け上がった。
「五 、六 ……」
彼の声がまだする距離。ここで文子、やっと階段を上り終えた。日が暮れた神社。母屋の前の提灯だけがついている明るさ。彼よりも足が遅い文子。彼がカエルをどこかに置くまで、様子を見ようと宵闇に隠れた。
そこに。ものすごい勢いで源之丞は階段を上がってきた。背には米、手にはカエルを持っていた。
「はあ、はあ。あれ?おらぬ」
……探している。うふふ。面白い。
文子を探す源之丞。まずは米を下ろした。そしてカエルを井戸のそばの古いタライに入れ、何やら蓋をしていた。文子には手を洗っている音が聞こえていた。
「やい。どこだ。どこにおる」
母屋に入った源之丞。囲炉裏端に文子がいる思ったのか、探していた。
文子。面白いので音を立てぬよう、そっと母屋に入った。
「どこだ……もう、カエルはおらぬぞ。寝たのか」
バタバタと探す源之丞。流石にこれ以上は意地悪である。文子は囲炉裏端から声をかけた。
「源様。文子はここです」
すると。すごい足音で彼が戻ってきた。
「いた!」
「あれ。それは?」
文子の部屋を探していた源之丞。手には文子の風呂敷を持っていた。
「どうしてそれを?」
「……返す」
……もしかして。私が出て言ったと思ったのかしら。
憮然としている源之丞。文子はその風呂敷を受け取った。そして綺麗にたたんみ、彼の胸元に押し入れた。
「何をする」
「これは源様にお預けします。そうすれば安心でしょう」
「お前……」
源之丞は文子の手首を掴んだ。
「心配したぞ。どこにいた」
「あら?ずっとここにいたんですよ」
「いなかった」
しかし。文子は彼に抱きついた。
「文子は。いつもこの胸にいますよ」
「……嘘じゃ。勝手市のことばかりのくせに」
また可愛い焼き餅。文子は彼の胸の中で微笑んでいた。
「まあ。源様だって?カエルのことばかりじゃありませんか」
「カエルとお前は違うぞ」
「私もそうです。勝手市と源様は違うのよ」
最後は笑顔で微笑んだ二人。勝手市で買ってきた食べ物で夕食をすませた。
秋の夜長、外ではカエルが鳴いている時間のある二人。静かな山の秋は静かにそこまで歩いてきていた。
『秋の足音』完
そして囲炉裏にて朝食に取り掛かっていた。下げた鍋にはキノコと小魚。そして彼の好きな長ネギが入っていた。これが完成した頃、彼は森から静かに姿を表した。
「おはようございます」
「おはよう。くそ、逃げられてしまった」
悔しそうな源之丞。囲炉裏のそばの定位置に座り、いつものように白湯を飲みながらその理由を話した。
「猪の罠じゃ。あまりの大きさに罠を壊された」
悔しそうな源之丞。首を捻っていた。
「そんなに大きいんですか」
「ああ。今までにない大きさじゃ。おそらく何年も冬を越しておるのだろうな」
村にも被害を出している大猪。源之丞は苛立ちを誤魔化すように意味なく囲炉裏の炭を突いた。そんな彼に朝食を取らせ昼飯の握り飯を持たせた文子。彼を励まし山の仕事に向かわせた。
「さて。私も仕事だわ」
大森山には一足先に実りの秋が来ていた。冬の備えの食料が乏しい源之丞の食糧庫。このため文子は神社で行う七日市の他に、勝手市にも清吉と出向いていた。そこで文子の乾燥果実やジャム。薬草の評判が良いので売れたのだ。
中でも薬草茶が美味しいと好評で、頼まれて作っていた。効能は利尿効果。これによりむくみ。他には血に関する病の改善になっている様子だった。
翌日。文子は勝手市に来ていた。清吉の野菜や文子の品は飛ぶように売れていた。
「すいません。あの、子供の湿疹に良い薬草はありませんか」
「湿疹?ちょっと見せてください」
若い母親。一緒にいるその少女の右の小さな腕。赤い発疹で、ひどく腫れていた。
「腕だけですか?全身ですか」
「ここだけです」
「ごめんね。よく見せて」
文子は腕を取り、しみじみ観察した。そして母親に向かった。
「この腕はいつから?」
「今朝起きたら。こうなっていて」
「それなら。水でどんどんもっと洗い流しましょう。清吉さん、水場はどこですか」
文子。少女を連れて商店街の脇の公園の水道に向かった。そしてジャアジャアと腕にかけた。
「冷たくてごめんね。でもお湯で洗うと、ムカデの毒が体に回るので、水の方がいいのよ」
「ムカデ?……ムカデに刺されたんですか?では、毒を洗い流すんですね」
母親の声。文子はそうだとうなづいた、そして少女の顔をのぞいた。
「顔色はいいのね。お熱はない?おでこを貸して」
額に手を置く文子。母親は状況を伝えた。
「あの。今朝はぐずってましたが、今は落ち着いてます」
「食欲は?」
「あ、あの、なんていうか」
表現のしようがない若い母親。文子は優しく聞き直した。
「いつも通りですか」
「いいえ。いつもの半分も食べません」
「そう。熱はなさそうですね。私の方が熱いもの」
少女を診る文子。母親はその見立てに息を呑んだ。
「本当は病院に行くのがいいですが、今日は日曜でこの町にはないですものね」
文子は母親に向かった。
「お母さん。ムカデの毒が腕にあるので、こうなっています。だから全身に毒が回らないように、体を動かさずそっと寝かせておいてください」
「はい」
「そして。なんでもいいです。とにかく水分を取って。体の外に毒を出してやるのです」
「食べ物は?」
「消化に良いものを。お風呂も運動もだめです。便秘なら出すように」
「この子は果物が好きなんですけど」
「お粥がいいんですが……煮りんごがいいな。作ったことありますか?」
「いいえ。どうやるんですか」
文子はにこと微笑んだ。
「りんごだけでお鍋でコトコト煮ると、煮汁が出るんです。お砂糖を入れなくても身もジュースも美味しいです。それを覚まして飲ませてあげるといいですよ」
「わかりました。それならできます」
必死の母親。簡単な話にホッとしていた。
「今夜熱が出たら明日病院に行った方がいいでしょう。でもこれで引くなら大丈夫かな」
少女はまだ水道で腕を洗っていた。文子は少女に向かった。
「あのね。この腕を擦っちゃダメよ?おうちで寝ていましょうね」
「うん」
「我慢して偉いわね?お母さんの言う通りにしましょうね」
「うん」
微笑む少女。文子は頭を撫でてやった。若い母親は頭を下げた。
「ありがとうございました」
「こちらこそ。娘さん。もう少し我慢しようね」
薬草茶を買うと母親が言うので清吉が渡した。文子は母娘を手を振って見送った。
「大したものですね」
「私は医者ではありませんが。それくらいは」
恥ずかしそうな文子。他の客にも民間療法を教えていた。他には自分の病はどの診療科目に行けば良いのかなど、文子は指南していた。
「頭をよくする薬はないのかね」
「まあ?あれば私が飲んでいますよ」
あははと笑顔が溢れる勝手市。もう店じまいの清吉と文子の店。そこに怪しい男たちが顔を出した。
「おい。誰に断りを入れて商売をしてるんだ」
「あなた達は?」
明らかに暴力的な男達。文子の薬草が商売の邪魔だと言い出した。
「お前のせいで。俺たちの薬が売れねえんだよ」
「そんなのは私に関係のないことです」
「なんだと?」
この騒ぎ。早く警官が現れた。そして男達は解散させられた。交番の巡査を呼んだのは伝助だった。
「姉さん。あいつらは、この市場の先で薬を売っているんだ。俺、見てきたもの」
「薬。だから私が商売敵だったのね」
「まあ。今日のところは帰りましょう」
本日もたくさん売れた文子一家。売上でお米を買い、清吉は帰り道背負っていた。
「それにしても。文子さんの薬草茶は人気だ」
「効果よりも。美味しいって言ってくれるのは嬉しいですね」
「ははは。でも、これは来月で終わりですかね」
稲刈りの済んだ秋の原。赤とんぼの道。清吉は秋が来たらあっという間にここは雪になると話した。
「勝手市は正月にならないと。誰も来ないのですよ。なので次回で今年は終わりにしましょう」
「わかりました。私もそんなに作れませんし。ちょうど良かったわ」
ここで伝助が文子の着物の袖を引いた。
「姉さんはいつまでここにいられるの?」
「そ、そうね」
「俺が狐に言って。ずっといられるように話してやろうか?」
「これ!伝助」
伝助の心配。清吉は制した。文子は笑顔で伝助に感謝した。
「心配してくれたのね。でも、大丈夫。その。まだ居て良いって言われているから」
恥ずかしそうな文子。伝助はへえと見上げていた。穂が刈られた秋の田んぼ。その一本道の向こう。だんだん彼が見えてきた。
「あ。きた」
「お出ましですぞ」
「清吉さんの荷物が心配だったんですよ」
ものすごい速さの一本下駄。狐面はあっという間に三人の前に現れた。
「はあ、はあ。はあ」
「兄ちゃん。早かったね」
「はあ、はあ……なぜだか知らぬが。はあ、はあ。お前達が見えたら、つい、はあ。はあ。全力で走ってしまった」
膝に手をつく源之丞。三人は笑った。
「源様。お水をどうぞ」
「ああ……寄越せ……」
文子に水をもらった源之丞。やっと復活し、文子の売上で買った米を背負った。
「これは重いぞ?なかなかだな」
「はい!源様の採った大きな栗が人気でした」
「あれは大きかった……俺が食いたかった」
悔しそうな源之丞。これを励ました文子。伝助と清吉に礼を言って別れ、二人は神社に帰ってきた。
蝉の声も無くなった神社の急な階段。文子は上がっていた。前を上るのは米を背負った源之丞。逞しいその背。なぜだか安心して笑みが溢れていた。
「おっと?」
「うわ」
足が滑ったのか源之丞。ひっくり返りそうになった。背後の文子。これを抑えた。
「大丈夫ですか?」
「ああ。すまぬ」
「どうしたんですか。あ」
階段にはカエルがいた。源之丞。踏まないようにしていた。
「カ、カエル。源様はお好きですものね」
「……まあな」
文子。息を呑んでそっと階段の横に移動し、彼を追い越した。
「私。先に帰っていますので。源様はカエルをお好きにどうぞ」
「持って帰って良いのか」
「う?それは」
……でも好きなら。仕方ないわ。
「では。十を数えたら。来ていいです」
「
「きゃあ。早いです」
カエルを捕まえて帰りたい彼。しかし、それが苦手な文子。慌てて先に階段を駆け上がった。
「
彼の声がまだする距離。ここで文子、やっと階段を上り終えた。日が暮れた神社。母屋の前の提灯だけがついている明るさ。彼よりも足が遅い文子。彼がカエルをどこかに置くまで、様子を見ようと宵闇に隠れた。
そこに。ものすごい勢いで源之丞は階段を上がってきた。背には米、手にはカエルを持っていた。
「はあ、はあ。あれ?おらぬ」
……探している。うふふ。面白い。
文子を探す源之丞。まずは米を下ろした。そしてカエルを井戸のそばの古いタライに入れ、何やら蓋をしていた。文子には手を洗っている音が聞こえていた。
「やい。どこだ。どこにおる」
母屋に入った源之丞。囲炉裏端に文子がいる思ったのか、探していた。
文子。面白いので音を立てぬよう、そっと母屋に入った。
「どこだ……もう、カエルはおらぬぞ。寝たのか」
バタバタと探す源之丞。流石にこれ以上は意地悪である。文子は囲炉裏端から声をかけた。
「源様。文子はここです」
すると。すごい足音で彼が戻ってきた。
「いた!」
「あれ。それは?」
文子の部屋を探していた源之丞。手には文子の風呂敷を持っていた。
「どうしてそれを?」
「……返す」
……もしかして。私が出て言ったと思ったのかしら。
憮然としている源之丞。文子はその風呂敷を受け取った。そして綺麗にたたんみ、彼の胸元に押し入れた。
「何をする」
「これは源様にお預けします。そうすれば安心でしょう」
「お前……」
源之丞は文子の手首を掴んだ。
「心配したぞ。どこにいた」
「あら?ずっとここにいたんですよ」
「いなかった」
しかし。文子は彼に抱きついた。
「文子は。いつもこの胸にいますよ」
「……嘘じゃ。勝手市のことばかりのくせに」
また可愛い焼き餅。文子は彼の胸の中で微笑んでいた。
「まあ。源様だって?カエルのことばかりじゃありませんか」
「カエルとお前は違うぞ」
「私もそうです。勝手市と源様は違うのよ」
最後は笑顔で微笑んだ二人。勝手市で買ってきた食べ物で夕食をすませた。
秋の夜長、外ではカエルが鳴いている時間のある二人。静かな山の秋は静かにそこまで歩いてきていた。
『秋の足音』完