第2話
文字数 2,637文字
彼女の言葉に動揺は隠せなかった。が、俺には反対するいわれもなかったことも事実だった。
俺は彼女の言われるまま、荷物をバッグに詰めエルフの家を後にした。眠った記憶はないものの、彼らに恩が言えないことだけが少し寂しい。
とはいえシミルも一緒だ。きっとあの2人も納得してくれるだろう。誘拐と間違って全速力で追いかけてこられても困るので、シミルに念のための書き置きをしてもらった。さようなら、そしてありがとうを告げた。
俺の不安を読み取ったのか、彼女は俺の心の穴をつく。
「それはきっと、2人に子供がいなかったからですよ。最初私はエルフ族の集落に住んでいたのですが、1カ月前にここに引っ越してきたんです。とはいえエルフ族のみなさんに感謝をしていないというわけではないのですが......」
彼女の言い分もわかる。けれど救われた身としては文句の言いようがない。懇願するだけして贅沢されてもたまったもんじゃない。
確かに俺たちは国が違うだけで変に確執が生まれたり差別をしたりする。それと同じようなものか。
「パティルお母様はいつも優しく私に接してくれ、お料理まで作れるようになりました。ハンフスお父様は私の戦闘術を鍛えてくださり、おかげで収穫に手間取らずに済むようになりました。もし私が勝手に甘えることが許されるのなら、自慢のお父様とお母様です」
14歳なのに頭が冴えている。というよりもむしろその言葉がまるで大人のように聞こえる。もしかして身長が低いだけで本当は......
いや、やめておこう。最悪凍らされる。
そうか。彼女は厄介者としてエルフ族の中では存在していたからかもしれない。それを秘密裏にする形であの2人に世話を......
それを知ってしまったシミルは、今こうして新たな大地に足を踏み出しているわけか。状況は俺とほとんど変わらないな。
今度は俺がナプキンで彼女をぬぐった。それはそれは綺麗な涙が彼女を覆っていた。彼女が悲しみを流し終えるまで、俺はそれを止めなかった。
彼女が真剣な表情になった瞬間、俺は目の前の異変に気が付いた。森が燃えている。誰がやったんだ。これじゃ遠回りになるな。
本でしか見たことのない生き物が姿を現した。2つの触覚に1本の尻尾。悪魔。顔だけ見れば美少女だが......
いくら死なないとはいえ、シミルは別だ。彼女だけでも何とか逃がして......
俺たちは反対方向に駆け出した。どんな攻撃を仕掛けてくるかわからない。まずは様子見......
彼女の甘い言葉と共に俺たちの目の前には全身が炎に包まれた鹿がこちらを睨んでいた。
鹿を凍らせ距離を取る時間を稼......げない。
かくなるうえは俺が犠牲になってでも......
彼女は俺の腕を離そうとはしなかった。
ナイフを片手に悪魔に走り出す。俺の一撃がどこまで通用するか、見せてもらう。
彼女の拳がたたきつけられる。ナイフが彼女の体を裂いた。俺の体が再生を始めるとともに距離を取る。
さすが悪魔といったところか。留まることなく悪びれることもなく俺に意味のない衝撃を加える。ナイフは皮膚が硬くて受け付けない。氷ならどうだ......
鹿がこっちに戻ってきた。まさか......俺は歯を食いしばり彼女の頭に衝撃を与えた。
鹿の体中から氷柱が現れそれは姿を消した。残るは悪魔だけか。とはいえ何か貫けるものがないことには......
彼女の氷柱なら何とかなるか? いやどうにかして貫通させてみせる。こんなところでのんびり生活を終わらせてもらっても困るしな。
俺が氷柱を構えた瞬間、彼女は両手を挙げた。紛れもなく降参を示していた。俺のこの考えをどこに持って行けばいいのか、少し不安になった。