第4話(前編)
文字数 3,060文字
母の家が――母が取り囲まれていた。十人は下らない、村の仲間たちから。
そして、母は――人間の男を護るように立ちはだかっていた。
どんなに良心的な理由を探しても、そうとしか見えなかった。
「何の騒ぎだ、おい!!」
わざと、思い切り不機嫌な声を出す。
騒ぎは一瞬だけ鎮まり、さらに
「裏切者が出たんだよ!!」
仲間の一人が絶叫した。
たかが人間一人に
なぜなら――。
「勇者だ! 勇者がこんな村に、どうして乗り込んで来る!?」
そう、男は伝説の装備に身を包んだ勇者で――。
「――君は」
伝説の勇者の口元は、そう動いた。
そうだ。この男は、俺の父親を殺した男だ。
「――で? 何で手前がこんな所に居やがる? 俺に、殺される覚悟でも出来たのか?」
勇者の顔も、母の顔も硬くなった。
「へっ、
普段から仲の悪い仲間の一人がちょっかいを掛けて来る。
「――――」
「ぎゃああああっ!!」
突然、顔面が火だるまになった男が絶叫し、のたうつ。火は数秒で消えた。
殺されたくなかったら、しゃしゃり出て来るな!! という。
父親の
囲いはあっけなく
「
母が必死の顔で叫ぶ。今までにない真剣さだ。
当然と言えば当然、だろうか。俺の方が強い。本気の
そして、俺を何よりも複雑にし、苛立たせるのは母の必死さだった。
何が大事なんだろう。何で大事なんだろう。
息子よりも、父の――
俺はこいつのせいで父を失い、母とも上手く行かない。お世辞にも好意的になれる余地が無い。
元より、魔族と人間はいがみ合っている。だから、俺の返事は。
「
だった。
母を押し留めたのは人間の男――勇者で。
「話が有って来た」
低く、はっきりと告げた。
「
まさか、騒ぎを放置していた――はずはない。こんな時は真っ先に火の粉を
しかし、姿も見えなければ、気配も感じられなかった。
すると。
「……俺は
母の家の奥から、
「だったら、とっとと出て来ねえか!!」
俺は怒鳴った。
先代の長と父は親友だった。歳が親子ほど離れていても、戦闘における実力は父が上でも、二人は親友だった。
けれど、こいつと俺は……お世辞にも、仲が良いとは言えない。
俺が異様にずば抜けた力を持っているからだ。魔族という
奴はそれを警戒している。俺の牙が、自身に向けられることを恐れている。
仕方がないとは思う。
第三の眼は、開眼するだけで死にかけるのが当然の
そんなものを持ち続けて、使い続けて、平然としていられる玉なのだ。
怖がられるのも、薄気味悪く思われるのも、仕方がない話だ。
俺が許せないのは、卑屈さだ。
時に、悪意を
奴は卑屈さに甘ったれて、
先代の長が何人束になっても敵わない程の実力が在るというのに。その気になりさえすれば、先代を軽く超えられる長になれるというのに。
そんな男は、顔だけおっかなびっくり
……まあ、今さら奴に期待する物は無い。
先に来ていたことに
奴が顔を見せたことに釣られるように、一瞬、隠れるような、怯えるような雰囲気の人影がチラついたのだ。
(だから、か……)
誰かを
そして、改めて家を取り巻いている連中を振り返った。途端に、氷の魔法が飛んでくる。
「!!」
背後で息を
一つは、先程、俺に顔を焦がされた意趣返しであること。もう一つは、村の連中には俺を
魔法を掴んで潰し、
「これは、どういうことだ?」
念の為、聞いてやった。どうして、俺の――母の家でたむろし、騒いでいたのか、を。
顔を焦がされた奴が嫌悪と憎悪と侮蔑に歪んでいた。
「知るかよ! 知りたいのはこっちだ!!」
叫びながら、視線で、感情で、化け物め!! と
「……あんたを呼びに行こうとしたんだよ」
普段から比較的仲のいい、年下の仲間――今は、顔に
「話が有るから呼んで来てくれって、小母さんに頼まれてさ」
「それで?」
「……あいつらが、いつものように嫌がらせを掛けて来て――
俺への嫌がらせに、母を狙った――? 違うな。
こんな連中を歯牙には掛けない程度には、母も強い。
……多分、目撃されたんだろうな。村に入る所を。
勇者の武具は恐るべき性能を備えた逸品――だと、魔族にも伝わる。
母は偽装を施したはずだが、手に負えなかった、んだろうな。だから、目撃されてしまった。
魔王も大魔王も殺し得る、悪夢の如き武装。そんなものを誰かが目撃すれば、騒ぎにならないはずがない。
「そしたら――」
「在ってはならない顔が在った、そういうことさ。退け! 手前が腰抜けなのは解ってる!!」
身の丈に合っていない
「――
状況を察した長の、嫌悪混じりの制止。
奴の言動が原因で
「だったら――、おどおどすっこんでねえで、手前で
怒りで叩き返し、感情に
空気が悲鳴と共に引き裂かれ、目を焼き潰す閃光が炸裂する。
「……悪かったな」
腰を抜かした若い仲間を立ち上がらせ、顔色すらない、その
「話が終わるまで、しゃしゃり出て来るな」
改めて向き合えば、勇者は青ざめていた。てっきり、化け物認定で
「――――」
妙な顔だった。
半分は期待通り、「こいつは化け物だ。正真正銘の化け物だ!」と、語っている。
けれど、もう半分は――自己嫌悪と後悔がごちゃ混ぜだった。
「話が有るんだろ?」
「……ああ」
勇者の脇をすり抜けて、母の家に上がる。
そして、長が隠していたものが出て来た。
「…………あの、……初め、まして」
「どうも」
十代という年齢からすれば、大人びて見える少女。黒い髪と茶色の瞳。際立った特徴はそれくらいだろうか。背丈は胸までしかない。
その正体は――
「エメル・ミディア。貴方の妹よ」
母の声で。
「父親は?」
「――俺だ」
族長が真っ青になって首を振っている。
事実は衝撃と共にもたらされた。