第六話 参上! 力ある「マギア」が、力を以てお前を倒す!

文字数 5,104文字


 風を切り裂く音に、魔導鎧(マギア)を装着したカケルは口の端を持ちあげた。
 高速で駆けてきた勢いそのままに、モンスターに飛び蹴りを放つ。

 突然現れた黒い全身鎧の人物を前に、モンスターに襲われていた冒険者たちは呆気に取られる。
 だがそれは、カケルが名乗りをあげるまでのことだった。

「力に溺れて害なすヤツは、力に負けて死ぬといい。力ある『マギア』が、力を(もっ)てお前を倒す!」

「おい、これってあの、ウワサの」
「本当にいたんだ……じゃあ私たちは」
「助けてくれてありがとうございます!」

 体高1mほどの巨大なトカゲの群れに襲われて、危地にあった冒険者たちは安堵の表情を見せる。
 「ここは任せて、行け」とばかりに背中を向けて手を振るカケルに口々に感謝の言葉を伝え、冒険者たちは逃げ出した。
 残ったのは、魔導鎧(マギア)を装着したカケルだけだ。

「さあ、逃げずに来るなら殺してやる」

 カケルは左手を突き出し、握った右手を腰だめに構える。

 見得を切ったところでモンスターには通じない。
 オオトカゲは言葉を聞くことなく、意味を理解することもなく、カケルに群がってきた。

『まあコイツらに言ってもしゃあねえか。さてっと』

 カケルに動揺はない。
 拳と蹴り、徒手空拳でオオトカゲを蹴散らしていく。

 初めて魔導鎧(マギア)を手に入れた時とは違って、小ぶりのメイスを落としたわけではない。
 ここまで使用してきた武器や、水と保存食が入ったズタ袋は魔導鎧(マギア)の変身前——機能解放前——に、物陰に隠してきた。
 カケルはピンチの冒険者を発見して、冷静に荷物を置いて、変身して、登場したのだ。

 Eランクにして引退間際のくたびれた冒険者だったカケルは、魔導鎧(マギア)を手に入れてから、ヒーロー(英雄)のように人助けに励んでいた。
 まるで、ありふれた冒険者として過ごした二十二年の鬱憤(うっぷん)を晴らすかのように。

(残魔力(エネルギー)76%。周辺魔力の吸収率は”ダンジョン”の方が良いようです)

『やっぱダンジョンの中の方が魔力が濃いんだろうなあ』

(可能性は高いでしょう。また、分析の結果、この”ダンジョン”の魔力はドラゴンの——)

『あー、戦闘中だからあとで聞くわ。まあ聞いたところで俺にわかるかわかんねえけどな』

 言いながら、カケルはオオトカゲを倒していく。

 超古代文明のマジックアイテムを見つけてダンジョンから脱出したカケルは、「元の世界に還れなければ冒険者を引退する」という決意を果たすことなく、いまも冒険者を続けていた。

 Eランク冒険者として。
 マギアと名乗る、正体不明のヒーローとして。



 矢が五月雨のように降り注ぐ光景に、魔導鎧(マギア)を装着したカケルはスピードをあげた。
 御者や乗客に矢が当たる前に、空中でまわし蹴りを放つ。

『マギアストームキーック!』

(魔導”大気(エアカレント)操作(コントロール)”発動。残魔力(エネルギー)61%)

 まるで空中で振りまわされた足から魔法が放たれたように、矢がぶわっと散る。

 襲撃にあった馬車の御者と、荷台で抱き合う乗合馬車の乗客らしき親子を前に、黒い全身鎧の人物が降り立った。
 道の両脇の森から、矢を放った男たちが姿をあらわす。

「ハッ、親切な冒険者サマの登場ってヤツか!」
「おう、しょせん一人だ、囲んで殺っちまえ!」
「了解っすお(かしら)!」

 薄汚れた男たちは、馬車を狙った盗賊らしい。
 10人を超える盗賊がそれぞれの武器を手に、カケルに近づいてくる。

 四十を迎えて引退間際のEランク冒険者たった頃なら、カケルは逃げ出したことだろう。
 そもそも、こうして表立って助けようとすることもなかったかもしれない。

「力に溺れて害なすヤツは、力に負けて死ぬといい。力ある『マギア』が、力を(もっ)てお前を倒す!」

 だが、カケルは逃げることなく堂々と、近づいてくる盗賊を前に名乗りをあげた。
 盗賊たちは止まらない。
 馬車を引く馬をすでに殺られて逃げるに逃げられない御者と乗客は、祈るような目でカケルの背中を見つめている。

「さあ、逃げずに来るなら殺してやる」

 左手を突き出し、握った右手を腰だめに構える。
 見得を切ったところで、盗賊に動揺が走った。

「お(かしら)ッ! 最近よく出る黒い鎧ってコイツじゃ!?」
「えーいビビるなおめえら! こっちは15人もいるんだ! 殺っちまえ!」
「イーッ!」
「けっ、どうせ見掛け倒しだろ! オラァ!」

 近く速度こそ緩んだものの、盗賊たちは退かなかった。

 カケルは最初に斬りかかってきた男の剣を避けて、みぞおちに拳を叩き込む。
 一撃で、男は吹き飛ばされ、ゴロゴロと転がっていった。
 続けざまにカケルが蹴りを放つ。
 もう一人、盗賊が吹き飛ばされた。
 まるで冗談のような、あっという間の蹂躙劇に、残る盗賊の足が止まる。

(残魔力(エネルギー)60%。高速行動(クロックアップ)身体強化(ストレングスアップ)の発動を続けます)

『ああ、雑魚ども相手にゃそれだけで充分だ! おらッ!』

 魔導鎧(マギア)の機能を解放——変身したカケルの声は、意識しない限り外には漏れない。
 御者と乗客が目にするのは黒い全身鎧が盗賊を蹴散らす姿で、耳にするのはただ徒手空拳を盗賊に叩き込む打撃音だけだ。

 拳で、蹴りで盗賊は次々に無力化されていく。
 15人の薄汚れた男たちのうち、立っている者はいなくなった。
 ある者は地面に力なく横たわり、ある者は腹部を押さえてうめき、転がっている。

 戦いは終わった。

「あの! ありがとうございます!」
「ありがとー黒いひと!」
「助かったぜ冒険者さん。マギアって言ってたか、いまはたいした持ち合わせがねえけど、冒険者ギルドに届けて報酬を」

 乗客の親子にお礼を言われ、御者からは報酬の話をされかけて——

 カケルは背中を向けたまま、親指を立てた。
 何も言わずに走り去る。

 Eランク冒険者としてお金にこだわっていた数日前とは異なり、まるでヒーローのように。



 吹き抜ける風の感触に、魔導鎧(マギア)を装着したカケルは首を傾げた。
 全身が覆われているのに空気の流れさえ感じられる超古代文明のテクノロジーが不思議なのだろう。
 疑問を棚に上げて、カケルは眼下に広がる街並みを眺める。

(残魔力(エネルギー)46%。感覚強化(センスアップ)を発動しますか?)

『頼む』

 魔導心話(テレパシー)の質問に応えるカケルの声は外に漏れない。
 魔導鎧(マギア)の機能により、カケルの視界が変化する。
 夜の闇を見通して、はるか遠くも「見たい」と意識すれば拡大される。

 カケルは街を囲う外壁の上に立って、夜の街を見渡した。
 上がったのは視力だけではない。

 超古代文明のマジックアイテムに強化された聴力は、かすかな悲鳴を捉えた。

『あっちか。ここからじゃ見えねえな』

 ボソリと呟いて、カケルが空を飛ぶ。
 実際に飛んだわけではなく屋根から屋根へ跳ね回っているだけだが、移動速度はまるで本当に飛んでいるかのようだ。

 すぐに、カケルは悲鳴があった場所の近くにたどり着いて、屋根から路地を見下ろした。

「助け、誰か助けて! やめてください!」

「おうねーちゃん、モグリで花を売るなんていい度胸じゃねえか」
「うへへへ、アニキ、やっちゃっていいすか? いいすよね?」
「好きなようにやっていいぞ。ああ、見せしめになるようできるだけ惨たらしくな」

「ゆる、許してください、今回だけ、母が病気で」

 四人の男に囲まれて震える、一人の女性がいた。
 薄衣(うすぎぬ)は破られたのか白い肌が見える。
 悲鳴は聞こえているはずなのに、厄介ごとはゴメンだとばかりに、周囲の鎧戸が開くことはない。

「くへへっ、下も体もぐっちゃぐちゃにしてやる! うへへへへ、へ?」

 泣き叫ぶ女性に男が手を伸ばし、髪を掴んで引っ張った、ところで。

 男の肘から先がスパッと切り落とされた。
 突然の出来事に男がきょとんと断面を見つめ、女の髪にぶらんとぶら下がる前腕に目を向け、ふたたび断面を見つめて。

「う、うわあああああ! 腕、俺の腕が!」
「何モンだ! 俺らに楯突く意味がわかってんだろうな!」
「正義の味方気取りか? たまにいるんだよなあこういうバカが」

 血を見た女性がふらっと気絶して、男がわめき、残る三人の男がいきり立ってキョロキョロと周囲を見渡すが、切り落とした相手はいない。

「そこか!」

 女性を囲んでいた一人の男が、上を指差した。

 屋根の上、星明りを背景に、黒い全身鎧を着たカケルのシルエットが浮かび上がる。

「力に溺れて害なすヤツは、力に負けて死ぬといい。力ある『マギア』が、力を(もっ)てお前を倒す!」

 カケルが引退間際のEランク冒険者でしかなかった頃は、人助けをするにもコソコソと見つからないように、だった。
 それも自分に危険が及ばない状況の時だけで、危ない時は見捨てて生き延びてきた。
 この世界に来た時から、二十二年間ずっと、『生き恥』の二つ名の通りに。

「さあ、逃げずに来るなら殺してやる」

 だがいま、魔導鎧(マギア)を手に入れたカケルは堂々と名乗って、街の裏社会の構成員に喧嘩を売った。
 まあ「カケル」という名前ではなく「マギア」と名乗っていたが、それはそれとして。

(先ほどの魔導”大気(エアカレント)操作(コントロール)”で残魔力(エネルギー)43%となりました)

『ゴロツキ相手にゃ充分だろ』

「殺っちまえおまえら! 兜をはいで生首を晒してやれ!」
「ふへ、ふへへへ。俺の腕を切りやがって、なますに切り刻んでやる!」
「イーッ!」
「おう、命乞いしても遅えぞ? てめえの身内も無惨に殺してやっからな!」

 屋根の上から、カケルが飛び降りた。

 ゴロツキの一人が振り上げた短剣を、腕ごと蹴り砕いて地面に降り立つ。
 ほかの男の拳は防御せずにあえて受けた。
 痛みはない。
 ピクリともしない。

「……こんなもんか?」

「て、てめえッ! 舐めやがってッ!」

 切り札だったのだろう、ゴロツキが懐から取り出した小型のボウガンのボルトも、避けることさえしなかった。
 魔導鎧(マギア)の表面で弾かれる。

 形勢が不利だと悟って人質にしようとしたのか、腕を切り落とされた男が気絶した女性に無事な方の腕を伸ばして——

 女性に触れることなく、カケルの拳で吹き飛ばされた。
 路地裏の壁に男の体がめり込む。

「相手を理解して、時には逃げることも必要だぞ? 命が惜しけりゃな」

 教え諭すように言いながら、カケルは残るゴロツキに拳と蹴りを当てていった。
 狭い路地に男たちが転がってうめいている。

 男たちにトドメを刺すことなく、カケルは気絶した女の子をひょいと抱える。

『この時間なら冒険者ギルド……いや、衛兵の詰所の方がいいか。あー、衛兵には書き置きも残した方がよさそうだな』

(理解できません。後を気にしているのであれば、男たちを殺すべきでは?)

『おうおう、過激なことで。まあ、この子がルールを破ったのは事実だからな。裏には裏の不文律があるんだよ』

(やはり理解できません。人間は不条理です)

『はは、確かに。まあいつかアルカにもわかる日が来るだろ』

(不明です。ただし”アルカ”という名付けは良好です、拾得人(ファインダー)

 魔導鎧(マギア)との魔導心話(テレパシー)は外には漏れない。
 テレパシーゆえか、言葉だけではなく感情も伝わってくる。
 カケルが「アルカ」と名付けてからは、ローブ姿の無表情な女性のイメージも送られてきた。
 アルカの姿なのか、魔導心話(テレパシー)の言葉と込められた感情からカケルが想像したものなのか、カケル自身もわからない。
 アルカに聞いても応えはなかった。

 黒い全身鎧を着たカケルは、はたから見れば無言のまま、女性をお姫様抱っこして去っていく。
 引退間際のEランク冒険者ではなく、街の平和を守るヒーローのように。


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