第7話政治家 元大臣

文字数 1,674文字

午後の5時過ぎ、立派なスーツを着た高齢の男性が入って来た。
飛鳥は丁寧な口調で「これはこれは、先生、お久しぶりです」と挨拶。

「先生」と呼ばれた男性は、「うん」と頷いて飛鳥の前に座るけれど、顔に疲れが見える。

飛鳥は、「先生」の前にダージリンを置く。
「先生にしては珍しいですね、お元気が・・・」

「先生」は、ダージリンを一口飲んで、ため息。
「美味しい、これが飲みたくてね」
「まず香り、色、甘味・・・さすが飛鳥君だよ」

飛鳥は、クスッと笑う。
「そんな・・・元大臣様が・・・大臣は三度も」
「与党の大立者にもなって、先生の影響力は強くなるばかり」
「選挙区では7回連続当選で、次も安泰と」
「恥ずかしくなります」

先生は、首を横に振る。
「いやね、それがさ、飛鳥君に言うことでもないかもだけどさ」

飛鳥は至極、まじめ顔。
「はい、この際ですので、何でもお聞きします」

先生は、「長くなるかな」と言いながら、話し出す。
「最近ね、民主主義の限界かなあって、思うことがあってね」
「俺も、親の後を家業みたいに継いで、何度も当選はさせてもらった」
「こんな俺に投票してくれた人たちには、本当に感謝している」
「与党の中でも、ベテランの部類に入って、話を聞いてくれるというか、意のままになることも多くなった」

先生は、またダージリンを一口飲んで、話し出す。

「でもさ、民主主義って、与党内でも、足の引っ張り合いばかりでね」
「野党は、失言とスキャンダル探し、それも自分では探さないでゴシップ誌からだもの」
「何でも反対とか審議拒否も、話題作りのためのパフォーマンスでしかない」
「何とかマスコミに党名と自分の名前が書かれないと、目立たないからさ」

飛鳥は黙って、二杯目のダージリンを先生の前に置く。

「特に、気に入らないのはね、隣国に平気で機密情報を漏らす奴」
「与党の敵は、国の敵は野党の味方みたいな奴がいる」
「おそらく隣国から金でももらっているのかな、まさに私益あって党益があって、国益がない」
「それをわかっていながら、もてはやすマスコミ、そのマスコミの御用学者と何の勉強もしていない元アイドルとかタレント・・・」

先生の長口舌が一旦止まったので、飛鳥はようやく口を開く。
「とにかく、誰が何を言おうと、良かれと思う政策を」
「官僚の人も上手に使って」

先生は、首を横に振る。
「官僚もね、特に霞が関は、やれ法律とか数字ばかりで、実際の地域も暮らしている人々を何も見ていない、わかっていない、考えていない」
「考えるのは、自分の出世と自己保身だけ、間違いをしないってだけだからなあ・・・」
「安全第一主義で、余計なことを言えば、潰されるから」

飛鳥が黙ってダージリンを下げると、キッチンから香苗が「先生の好物を」と顔を出した。
そのお盆には、大きめのおにぎりと、香りが高い味噌汁。

文句を言い続けていた先生の顔がパッと明るくなった。
「うわ・・・マジかい?」
「この俺に・・・佃煮のおにぎり?泣けるよ」
「昆布と・・・マグロの角煮と・・・え?葉唐辛子か」
「味噌汁は・・・あーーー!シンプルな豆腐の?」

飛鳥はにっこり。
「ガツガツ、バクバクと召し上がってください」
「日本のために、私たちのために」

先生は、もう文句は言わない。
飛鳥の言葉通りに、おにぎりを爆食い、味噌汁もゴクゴクと飲む。
そのうえ、食べ終え飲み終えると
「あーーーー!美味かった!」
「噛みしめると、若い頃に戻るよ」
「ゴチャゴチャ言うなって、ガンガン行けって」
「もっと、頑張れって、江戸の力をもらったよ」
と満面の笑み。

飛鳥は、ふんわりとした笑顔
「先生に元気が戻って、良かったです」

先生は、入って来た時と全く顔が違う。
「飛鳥君は、絶対に政治の世界には入れない」

飛鳥は「と、言いますと?」と聞き返す。

先生はうれしそうに笑う。
「この店を飛鳥君の他に誰ができる?」
「そんなことしたら、俺がファンに叱られる」
「俺も来られなくなるよ」

飛鳥は、フンと頷いて一言。
「選挙前に来てください、カツカレーにします」
「それから当選後は・・・当選するまで言いません」

先生は、手を打って大笑いになっている。
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