第5話 緑の瞳 5

文字数 2,028文字

 カナタは研究室に食事を運び終わると、そのままふいっと姿を消した。
「カナタはどうかしたの? いつもなら片付けまでしてくのに……」
 ソフィア博士がカナタの背中を見送ってからわたしに話しかけてきた。
 わたしはうつむいたまま、おし黙った。
「さすが自律システム搭載のロボットだね。気分の浮き沈みがあるあたり。なんど見ても感動する」
 見かけが五十代、長身の小川博士がコーヒーを飲みながら言った。
「あそこまで不機嫌なカナタは珍しいわね」
 ソフィア博士は長い銀髪の後れ毛を耳にかけた。
 研究室には開発中のロボットが、何台も複雑なコードに繋がれて作業台の上にある。
 ここにいると自分の内臓を見せられているようで、落ち着かない。
「カナタをおこらせちゃったみたい……」
 わたしがぼそりと言うと、小川博士はニヤニヤ笑った。
「林・ソフィア博士は本当に心が広いね」
「誉めていただいても何もでないわよ」
 ソフィア博士はゆっくりパンを口に運んだ。
「何か気にさわるようなことしたのかい?」
 わたしが困っているのを半分楽しむように小川博士が尋ねた。
「変な信号が聞こえたの……樹海から。だから」
 わたしは、いきさつを説明した。聞きおえた二人は顔を見合わせている。
「……ソフィア博士、ぼく仮眠していいですか?」
「なによ、急に。別にかまわないけど」
「ソラちゃん借りていいですか? ふかふかで気持ち良さそうだから、ちょっと添い寝してほしいんで」
 はあ? とソフィア博士が呆れた顔をした。
「あなたはわたしの魅力が分かる人ね! おうけするわ」
 小川博士が吹き出した。
「いい加減にしないと……」
「うわ、怖いコワイ。大丈夫、変なことは吹き込みませんから。ソラちゃん、抱っこしてもいいかい?」
 わたしはうなずいた。
「誰かと寝るなんて久しぶり。あら、どうしたの? 顔が真っ赤よ」
 小川博士は赤面したまま、そそくさとわたしを抱っこして隣の部屋に駆け込んだ。
「はあ、ヤバいな……ソラちゃんは」
 言ってる意味が分からないわ。小川博士は資料や機材でごちゃついた部屋のすみにある簡易ベッドのうえに、わたしをそっとおろした。
 見た目より寝心地が良さそう。足裏にほどよい弾力を感じる。
 博士は白衣と靴下を脱ぐとベッドに横になり、伸びをした。簡易ベッドだと長身の小川博士にはちょっと窮屈そう。
 わたしは小川博士の腕に顎をのせた。
「やっぱり気持ちいいね。撫でていると癒されるなあ」
「大きな手……パトリック博士を思い出すわ」
「いや、もうこれ以上はちょっと……そうだ、昔話を聞かせてあげよう。静かにしていてね」
「むかしむかし、ってやつ?」
「そう。むかしむかし、ぼくが生まれる前のお話。仲の良い十人のきょうだいがいました」
 百五十年くらい前かしら。それにしても、ずいぶん子だくさんね。
「きょうだいは五組の双子でした。一番うえのお兄さんは、ギンガとリュウセイ。彼らは自然災害の多い島国で救援活動に大活躍」
「それって、カナタのきょうだい?」
 小川博士はうなずいた。
「彼らの素晴らしい働きは認められ、次々にきょうだいが生まれました。ユキとハナ、トワとクオン、イノリとアカリ、ハルカとカナタ」
「カナタ、末っ子!」
 小川博士は唇に人差し指を当てた。あ、静かにするわね。
「十人はますます大活躍。皆に愛され頼りにされました」
 へえ……今の無愛想なカナタからは想像もつかない。
「でもある時、大きな地震が起きて発電所が壊れました。九人は救助に向かいましたが、誰も帰ってきませんでした」
 九人? カナタは……。
「メンテナンスだった?」
「そう。末っ子はその前の救助活動でひどい損傷を受けて修理中。発電所の現場へは一人だけ行けなかったのです」
 事故の話しをしたがらないカナタ。
「以来、末っ子は一人でいるのでした」
 どこからも救助要請がないからね……。
 初めて会った日にカナタはそう言った。
 カナタは待っているのかも知れない。きょうだいからのSOSを。
 ふと横を見ると、小川博士から寝息が聞こえていた。
「もう終わりなの? お話して。ねえ、もっとお願い」
 博士は重たげにまぶたを開けた。
「参ったな……あの人の声で妙にセクシャルな言葉って……」
「わたしの声がどうかした?」
 博士はガシガシと白髪混じりの頭をかいた。
「ソラちゃんの声はさ、ソフィア博士の声だよ」
「えー! うそ」
「きみを造った人だしね」
「ええと……?」
 わたしを造った人?
「はいはい、お話は以上で終わり。ぼくは寝ます」
 わたしの驚きを放っといて小川博士は寝入っしまった。
 ソフィア博士の声?
 だからみんな変な顔したわけ?
 すっかり眠ってしまった小川博士のベッドから降りて研究室に戻ると、ソフィア博士は食事を終えてもう作業に入っていた。
「ソラ、カナタの部屋に居づらかったらわたしの部屋で休んでいいからね」
 分析したら確かに声紋が同じだ……急に声を出すのが気まずくなってわたしは犬のように、わんと返事した。
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