文字数 3,534文字

「これ、なに?おいしいから、なんでもいいんだけどさ」
「たこじゃないよね」
「たこは経理のおじさんよ。きょう、朝イチで怒られちゃった」
「ここのお刺身最高だよね。デザートも楽しみだよね」
「うんうん……」
 恋愛の悩み、今日のファッション、昨夜のドラマ、やや控えめな仕事の愚痴や噂話……。話はポンポンとつながる。ただどんな話もうっすらと脚色されている。あの子さ、こんなこと言ってたよ、みたいなことにならないようにね。なったとしても、スルッとかわせるようにね。
 中身は日々更新されるけど、更新の方向はいつも一緒だなぁと思っちゃう。みんな、どうでもいいと思って話してるんだから、そりゃそうなるよね。ワタシだってそうだし。一時間経ったらナプキンに包み、器の隅に置いて帰る。その程度の話だもん。
 でもね、念のため言っとくとね、刺身と言えば、肉もうんまい!最高なのは馬と鹿です。もう、バカウマなんだから。

 時々、稀にだけどふたりで飲むことがある。帰りが一緒になった時とかにね、なんとなく、どちらともなく、ね。ランチでは話せないけど、だれかに聞いてほしい話って、やっぱりあるよね。以前付き合ってたカレの話、いまのカレのこと、とか。昼間よりピンクやブルーの度合いが少し濃い話。でも、すらっと話題を変えられることがある。その度に思うんだよね。前から気づいてはいたけど、なかよしと信頼ってやっぱり違うのねって。
 ワタシは時々、うまく言えないんだけど、気持ちを遊ばせたいと思うことがある。違うな。気取ったことを言うな。ただ、それって仕方ないよね、で話を終わらせるのが嫌なんだ。ひとりで過ごしてみようと思ったのも、きっと、だからなんだ。セクションにはひとりでランチを取る人が何人かいる。ワタシもその内のひとりになった。自らに由る。幼い決意だとは思うけど、そういうことなんだ。

 給湯室の細長い窓からぼーっと空を見上げる。何かからゆるゆると解かれて、床から足が離れて、ふわっと昇っていくような気持ちになる。この感じ、好き。
 下には公園が見渡せる。広々とした緑の芝生、木々がこんもりと濃く茂って森のようになっている。大きな池もあって、そのまわりを並木と遊歩道がくねっている。所々にベンチが置かれていて、お昼時はそれぞれにひとりとか、ふたりとかでランチを取っている。遠目にもくつろいでいる様子が感じ取れる。
「ありがと、でも一人で行くから」
 いざとなるとね、一人でのひと言がなかなかね……。言おうと思って止めたこともあったんだ。結構、勇気がいったんだよ。あ、大袈裟だけど、肩でドアを押す感じに似てるかも。
「あ、ほんと。了解」
 予想はしてたけど、ワタシのお昼を気にしてる人なんて、いるわけないじゃん。でもよかったと思う。無駄だったかもしれないけど、言ってみてよかった。とにかく今日は公園の広場でお弁当とお茶を買って、ベンチで食べよう。

 実は、密かに気になってるベンチがあるんだよね。遊歩道を少し外れて、木立の陰に見え隠れしているベンチ。ポツンとした感じが何となくいいな、と思って眺めてたんだ。でも、誰かの指定席だったらどうしよう。だったらだったで、ま、いいんだけどね。ほかのに掛ければ、いいだけだもんね。

 さぁて、何にしようかな。広場には、カラフルなキッチンカーがほぼ等間隔に並んで停まっている。みんな、お行儀がいいんだね。メニューも豊富だ。それに思ってたよりリーズナブル。どのクルマも、それぞれにおいしそうな匂いを漂わせていて、集まっているヒトたちの気分を上げているようだ。ありがとうございまーす、という元気な声があちこちから聞こえてくる。結構、賑わってるんだなぁ。ほんと何にしよう。迷う。ウロチョロしちゃう。でもちょっとウキウキしてる。お腹がグゥと鳴る。今日のところは匂いに素直になろう。こういう時のカレーってすごいな。無敵だな。
 あ、鳥が鳴いてる。いままで気にもしていなかったから、聞こえなかったんだろうな。いまは真上からも、木立の奥からも聞こえてくる。かわいらしいのやドスのきいているのや、結構個性的。JKのおしゃべりみたいに楽しそうだ。さえずりほどには姿は見えないけど、ずいぶんいるんだろうな。クックルックー。ハトになって混じってみる。
 池では、岸の近く、小さな波に揺られながら水鳥が羽を休めている。三つほどのグループに分かれているみたい。この子たち、渡り鳥なのかな。キミたち、どっから来たの?ワタシ、願い事が叶うならば、翼が欲しいのよね。ねぇ、飛んでる時って翼はなにを感じてるの?ワタシ、空の重さを感じてみたいのよね。

 気ままなさえずりを聞きながら、てくてく歩く。普段、歩かないとこを歩くのって楽しいんだね。木の匂いがする。草の匂い、水の匂いもする。大げさかもしれないけど、心のふたが少しずつずれていく感じがする。
 オフィスのグループ……、大学のサークル仲間……、ベビーカーの赤ちゃんとママ……。みんな、笑顔度70%位の柔らかな顔をしている。笑顔の人を見るとこちらまでうれしくなるね。ワタシも同じような笑顔をしてるといいな。
 祖父母くらいの品の良いお二人とすれ違う。すれ違いざま、おばあちゃんが、いい陽気ねと挨拶してくれた。あ、気持ちのいいお天気ですね、と自然に返すことができた。きっとご夫婦なんだろうな。おじいちゃんの肩からは、緑のギンガムチェックの水筒が。おばあちゃんは同じ黄色いチェックのランチバッグを持っている。あ、スニーカーもお揃いだ。ナイキの白いヤツ。カワイイなぁ。仲良しなんだろうな。
 この公園は、お二人にとっては庭みたいなものなのかも。代々、この辺りに住んでます。そんな雰囲気を漂わせていたしね。振り返ると、並んで池の水鳥を眺めていた。何を話しているんだろう。おじいさんが遠くを指さしている。鳥たちがこれから飛び立っていく方角かもしれないな。
 脇にそれる。あ、空いてる。でも、これでいいの?これだよね。なんか羊羹みたいだな。いや、カステラかな。上からだと木立に隠れていて、はっきり見えなかったけど、こんなカタチだとは思わなかった。ひっそりと佇んでいる木のベンチを予想してたんだけどな。目の前にあるのはでっかい直方体だ。これ、オブジェ?ベンチだよね。
 この公園はひとつずつデザインの違うベンチが置かれている。聞いてはいたけど、こう来たかという感じ。こういうとこもちょっと地区っぽいなと思う。でもね、そばに立ってみると、座っていいよ感がズンズン伝わってくるんだ。はじめまして、よろしくね。ワタシのベンチか。いや、ワタシのじゃないけど。でも、感慨深いものがあるね。
 ベンチの周りは静けさが漂っている。どことなく懐かしく、優しい感じの静けさだ。普段のせせこましさが薄まっていくようだ。ハンカチを広げて、グリーンカレーとジャガイモのサラダとジャスミンティを置く。スマホも置く。
 腰に手を当てて、足は肩幅に。足の裏が少し沈んで土の感触が伝わってくる。考えてみれば、普段、土を踏むことなんてないものね。背筋を伸ばす。あごを上げる。久しぶりに背より高いとこを見る。そよぐ木立のすきまに空を見上げる。木漏れ日がちらちらしながらまっすぐ降ってくる。うぁ、まぶしいなぁ。枝や梢の隙間を白い雲が流れていく。ワタシもこの空間の一部だ。そんな気持ちになる。
 あ、センパイ、思い出しました。あのabove、……above us only skyのaboveだ。
 風が吹いている。濁りのない清々しさが頬に当たる。髪がフワッと踊る。気持ちいいなぁ。忘れてたよ、こういう気持ちよさ。最近は聞かなくなったけどさ、1/ f揺らぎっていうのを思い出した。
 それにしても、今日はデビュー日和だな。思い切ってよかった。なんだか勇気もわいてきたよ。スマホの電源を切ってみた。買ってから初めてだな、オフにするなんて。いまのワタシはバイブにさえ邪魔されたくないの。バイブって無粋よね。会社からの急用も、クライアントから連絡もなかったことにしよう。ちょっとだけソワソワするけど、きっとすぐに慣れる。第一、この場所にスマホはそぐわない気がする。それに小鳥を驚かせたくないしね。野鳥の会の皆さんは、いつもこんな気持ちでいるのかな。ここではスマホをオフにする。マナーモードじゃなくって、オフ。ルーティンにしよう。
 このベンチ、とても居心地がいい。おしりにもしっくりくる。カレーも辛めでめっちゃおいしいなぁ。なんてことないのに……、なんなのかな、この充実感。久しぶりに味わう気がする。居場所を見つけたぞ、という気になる。でかしたワタシ、な気分だ。



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