四品目 竜のなれ寿司

エピソード文字数 5,357文字

 ギンさんとともに丘のうえにやってくると、そこにいたのは想像していたドラゴンよりもずっと恐ろしく、そして醜悪な存在でした。

「……こりゃひでえな。だいぶ進行してやがる」

 全長は大体二〇メートルほど、身体は固そうな鱗で覆われているものの、ところどころ朽ちかけていて、歩くたびに放置された生ゴミのような悪臭を振りまきつつ、地面にぼたぼたと肉汁を垂らしています。
 
 そう、腐っていやがるのです。
 つまりはドラゴンゾンビ。

「どう見ても食べられそうにないですね……」
「食える食えないどころの話じゃすまねえ。こいつを放っておくと群馬が滅びるぞ」
「え、どうしてそうなるんですか?」

 ギンさんが唐突に群馬のカタストロフを予言したので、わたしは思わず聞き返します。

「ドラゴンってのは古来より自然の象徴、妖怪よりも神に近い存在だ。そんなやつがこの有様になって暴れていたら、その余波は伊勢海だけでなく、現実の群馬にも影響をおよぼす。いずれは未曾有の天変地異――浅間の噴火か、それ以上の大災害を引き起こすだろう」

 なんということでしょう。
 今ここでドラゴンを仕留めなければ、群馬がヤバい。

 ギンさんは手持ちのショットガンをガシャコンしながら、

「つーことで本気をださなくちゃならねえ。お嬢ちゃん、犬や狼は嫌いかい」
「名前は袮子(ねこ)ですけど、ワンちゃんはけっこう好きですよ」
「カッカ。ならよかったぜ」

 どうしてそんなことを聞くのでしょう、不思議に思ってギンさんを見ると――枯れたおじさまの笑顔はなく、代わりに銀色の毛で覆われた狼の頭がありました。

「わお、狼男……」
「俺もロクさんと同じで、化けの皮をかぶってたわけさ」
「なるほど。でもその姿のほうがかっこよく見えますね」

 わたしもさすがに慣れてきたので、そんなコメントを返します。
 するとギンさん、狼面のまま照れくさそうな笑みを浮かべて、

「じゃあまた援護を頼むわ。ほいこれパイナップル」
「あ、はい。がんばります」
「ただしあんま目立ちすぎんな。ドラゴンの敵意(ヘイト)がそっちに向いたら守り切れねえ。まあ首尾よくいったら俺といっしょに、うめえ寿司をたらふく食おうぜ」

 ちょ、それ死亡フラグでは。
 とツッコミを入れる間もなく、ギンさんは颯爽とドラゴンめがけて走っていきます。
 だ、大丈夫かなあ……。





「……思ったよりしぶてえ野郎だな! これでも喰らいやがれ!」

 わたしから五〇メートルほど離れた位置で、ギンさんがショットガンをぶっ放します。
 その一撃は顔面に直撃し、ドラゴンは「んもおおんっ!」と鳴き声をあげますが、悠然とした足取りを見るかぎり、効いているようには見えません。

 やはり喉元にある逆鱗、つまり弱点にヒットしないとダメなのでしょう。
 腐っていてもそこはドラゴン、並大抵のしぶとさではありません。

「さてさて、ぽいっとな」

 わたしは間の抜けた声とともに、パイナップルこと手榴弾を放り投げます。
 ……扱いに慣れてくると、けっこう楽しいかも。
 なにせ神経が図太いものですから、ドラゴンを本社ビルにみたててストレス解消。

「あはは、あははは! 滅びよ! 滅びてしまえ! あんな会社!」

 ちゅどーん。ちゅどーん。

 自らの手で生みだした爆炎を眺めながら、ぐるぐる目で高らかに笑います。
 ぶっちゃけかなり目立ってました。
 だから遠くのドラゴンもこちらに腐りかけの顔を向けて、

「――んもおおおっ!!!!」
「ぎゃあああああっ!!」

 来ました来ました。
 ゆったり歩いていたくせにいきなり早足。
 ドラゴンめっちゃ怒ってます。出版社よりも怖いです。

 うかつなわたしに、遠くのギンさんも罵声交じりの声で、

「バッカ野郎! なにやってんだ!」
「……すみませんすみません! 助けてくださああい!」

 しかし間に合いそうにありません。
 大きなものって遠くで見るとゆっくり動いているようなのに、近くに来ると実はやたら速かったことに気づきますよね。あれです。

 爆走する軽トラみたいに、大きな尻尾が眼前に迫ってきて。
「あ、死ぬなこれ」って思いました。
 でも……助かったのです。

「――げふっ!」
「ぎ、ギンさああん!」

 颯爽と現れた銀毛の狼男がわたしをめいっぱい放り投げ、そのあと尻尾の一撃を食らって勢いよく吹っ飛びます。
 するとドラゴンは標的を見失ったのか、ずーんずーんと、あらぬ方向に歩いていきました。
 その隙にわたしは慌てて、横たわるギンさんのもとに駆け寄ります。

「まったくよう、ヘタうったなあ。おい」
「よかった、生きてた!!」

 生存を確認して安心したものの、わたしは自分がしでかした失敗の大きさに後悔します。自然と涙がこぼれてきました。

「いちいち泣くんじゃねえ。お嬢ちゃんは今日がはじめての仕入れだしな、最初から多少の失敗は折り込み済みさ。つまりこりゃ、責任者である俺のミスってわけで」
「ごめんなさい……わたし調子こいてて……」
「ハハ。こちらこそすまねえ、傷一つつけねえで帰すって約束したのによ」  

 そう言ってギンさんはわたしの頬についたかすり傷に触れたあと、苦しげに咳をします。
 そして口からどろっと、血。
 ……どう見てもやばいです。もう無理はさせられません。
 しかしドラゴンがこちらに気づいたようで、地響きの音が再び近づいてきます。

「こりゃ厳しいな。あとはお嬢ちゃんが頼りだ」
「無理ですよ……。この状況でなにができると……」

 逃げている途中で落としたのか手榴弾は手元になく、ギンさんが持っていたショットガンも、尻尾の一撃を食らったときにどこかに吹っ飛んでしまったようでした。

 ところがギンさん、背負った荷物から小ぶりの水筒を取りだして、

「ほら酒だ、呑め」
「ええと……ヤケ酒して死ねと?」

 わたしはきょとんとしてたずねます。
 するとギンさん、大きくため息を吐いてから、

「説明しないとダメか。お嬢ちゃんは最初、俺の店にふらっと寄ったって言ったよな」

 急になんの話でしょう。
 わたしは首をかしげながらも、

「そうですね。店構えがいい感じだったので」
「前にも言ったが、あの店にゃロクさんが結界を張っていやがる。だから知らずに寄ってくるとすりゃ、そりゃ陰陽師か妖怪さ」
「でもわたし、普通の人間ですよ」
「あんなに酒癖が悪いのにか?」

 ……いや、それは関係ないでしょうに。
 しかしギンさんは再びため息を吐くと、

「記憶に残ってねえのかもしんねえが、お嬢ちゃんが酒呑んで暴れたとき、俺とロクさんは必死に止めたんだよ。化けたぬきと、狼男がだぞ。……なのにあの惨状だ」
「ええと、さっきからなにが言いたいんですか?」
「お嬢ちゃんも俺たちの仲間ってことさ。それもとんでもなく強えな」

 まったくもって意味不明です。
 意識がもうろうとするあまり、頭がどうにかしてしまったのでしょうか。

「わたしはどう見ても妖怪じゃないでしょうに」
「ところがなあ、たまに自分が妖怪の仲間だって気づいてねえやつがいる。おおかた先祖に、人間に化けた妖怪と通じたやつがいたんだろう。……そういうのは半妖つって、見ためこそ人間そっくりだが、ふとした拍子に力が出ちまうのさ」
「ま、待ってください。てことはつまり」
「お嬢ちゃんは酒を呑むと、袮子(ねこ)から虎になる」

 にわかには信じがたい話でした。
 というよりあんまりな話です。
 まさか酒癖の悪さゆえに、妖怪扱いされるとは。

「俺はあのとき見たぞ。世にもおっそろしい人虎をな。きっとお嬢ちゃんのご両親はそれを知っていて、だから袮子なんて名をつけたんだろう。その血に流れる力を弱めるために」
「バカ言わないでください。今ほんと、冗談を言っている状況じゃ……」
「信じるも信じねえも自由さ。とはいえ俺の話が嘘なら、ここで潰されて死ぬしかねえ」

 見ればドラゴンは間近に迫ってきていました。
 もはや選択の余地はありません。

 わたしが人間なら死ぬ。
 だけどもし妖怪なら――。

「うう……どっちにしろ最悪ですよ。生き延びたって待っているのは妖怪としての暮らしですか。わたしはそのうちイケメンと結婚して、六本木ヒルズの夜景を眺めながら、優雅にディナーを食べるという野望を」
「そりゃ妖怪でも叶えられるさ。なんなら俺がつきあってやるぜ」
「どさくさにまぎれて口説かないでください……。タチの悪いおっさんですか」

 ギンさんは「そりゃ妖怪だからな」と笑いやがるので、わたしはヤケになってぐいと酒をあおります。
 そしてほっと息を吐いてから、腐りかけの顔で見下ろしてくるドラゴンに、

「わかりました。やってやろうじゃないですかあ!!」

 お酒の力を借りて勢いよくダッシュ。
 そのままヤケクソになって、巨大なドラゴンめがけて自慢のハイキックを――。






「――はっ!」

 ふと我に返ると、『すし処 ギンさん』のカウンターに突っ伏していました。 
 隣を見れば、ロクさんが呆れ顔。
 しばしぼーっとしてから、でっぷり太ったおじさんにたずねます。

「わたしはいつ、現実に?」
「おいおい、なに言ってんだい。もしかして寝ぼけてんのか」

 時計を見れば夜の十時ごろ。
 ちょうど最初にこのお店に来たときに、お酒を呑みはじめた時刻と一致します。

 つまり今までの出来事はすべて……夢?

「あははは。そうですよねえ」

 この世に妖怪のお寿司なんてあるわけがありません。
 ああ、よかったよかった。

「ようやく起きたか。んじゃ古代ローマ寿司の実食といこうぜ」

 タイミングよくギンさんがやってきてそう言ったので、一気に目が覚めました。

 そのうえギンさん、カウンターの上に置かれていたモニターをピッとつけます。
 映しだされたのは、四つんばいになってドラゴンの逆鱗にかぶりつくわたし。

「お、よく撮れてるな」
「いやああああ!!」
「お嬢ちゃん、これでも妖怪じゃねえと言い張るつもりか」

 目を背けたい現実がそこにありました。
 わたしは泣き叫びながらも、死んだ魚の目でそれを認めます。

 ところが……目を背けたい現実はほかにもありまして。
 ギンさんは続けて怪しげな包みを開けました。

「うっ……さすがに強烈な臭いだな」

 鼻の曲がるような臭気とともに現れたのは、お寿司の元祖。
 生の肉を米に乗せた握り寿司ではなく。
 塩漬けにした肉を米といっしょに

させた――なれ寿司です。

「さてはあのドラゴン、腐っていたわけじゃなかったんですね……」
「察しがいいじゃねえか。お嬢ちゃんの言うとおり、あいつは生きたまま発酵してやがったのさ。だから米とまとめて包んで置いておけば、このとおり」

 竜のなれ寿司のできあがりというわけですか。
 もはや作り方まで常軌を逸しています。
 ていうか生きたまま発酵て。
 妖怪はほんとに、なんでもありですね。

「ドラゴンの使い道はそれだけじゃなくてな、内臓も同じように発酵させりゃ醤油が作れる」
「……つまり魚醤(ぎょしょう)ってことですか」

 古代ローマにおいて、魚の内臓を発酵させて作った魚醤はガルムと呼ばれており、広く愛されていたことが現在でも知られています。
 これはあとで知ったことですが、魚醤が作られる地域ではなれ寿司も作られていることが多いらしく、それは古代ローマとて例外ではなかったのでしょう。  

 とはいえドラゴンで醤油を作っていたなんて、誰も信じないでしょうけど。

「ま、今回のMVPはお嬢ちゃんだしな。一番うまいところを食わせてやるよ」

 ギンさんはそう言ってなれ寿司を箸でつまむと、わたしにぐいと寄こします。
 いわゆる「あーん」の姿勢ですが、ロマンチックな要素は微塵もなく。
 鼻の曲がるような悪臭に、ただただ顔をしかめます。

「なんだその反応。俺の寿司が食えねえのか」
「いやいやいや……臭いからですって! てかこれ、本当に食べられるんですか!?」
「ところが木戸にゃん、最初は生ゴミ食ったみてえな気分になるがよ。そのうちじわーっと、なんとも言えねえ味が広がって、終いにゃ癖になってくるのさ」

 冷静にコメントするロクさん。
 しかしその口からは腐敗臭。

 無理! 
 これは乙女が食べるものじゃありません!
 だけどギンさん、わたしの口をむりやりこじ開けて――。

「んんん!! あぎゃああああ!!」

 ゲテモノ食いの極地を口にふくんだわたしの悲鳴が、静かな店内に響き渡りました。



 ……ちなみに味がどうだったのか、気になります?
 だったらぜひ、お店に足を運んでみてください。

 今日はロクさんが結界を解除してくれるらしいので。
 もしかしたら『すし処 ギンさん』を、見つけることができるかもしれません。
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