第1話
文字数 2,613文字
さんざめく光に導かれるようだった。
頭の中は冴え渡り、消え入る闇はまだ蠢いていたが、それを引きちぎった。断末魔のような叫びが轟いた。
アズティア王国の神官は一つの妙を得た。それは天啓とも言うべきものだった。この類稀なる信仰心が奇跡を成したのだ。
「そうだ。異世界の者ならば、この世の法には定まらない。つまり、未来予知を捻じ曲げられる」
神官は澄み渡る笑みで十字架を見つめる。
寝付けない者にとって。
夜は長い。
そう
「学校で出された予習でもするか」
鞄からやや面倒くさそうに教科書を開くとページが黄金に輝いていた。しかしノート自体は何も書き込みがない。疑問に浮かんだその時だった。
『助けたまえ』
ノートに文字が浮かんだ。その文字は初めて見たが、意味を理解できた。
「誰をだ」
「なんじ異界の救世主よ。この世に移り賜え」
黄金のページが一層強く輝き、部屋を包み込んだ。そして気づけば堅牢そうな建物の中にいた。いくつもの石柱が立ち、壁側の中央に大鷲のステンドグラスと祭壇が用意されている。御神体があり茨の冠を被った乙女が跪いている。
「いったいここは」
岳斗は訳が分からなくっていた。こんな大きな空洞は見たことがない。圧倒的な建造物の塊にただ言葉を無くす。神殿とは押し潰されそうに神々しい。所詮、自分が俗物の一端にしか過ぎないのを知らしめる。
「お待ちしておりました。ようこそ、このアズティアへ。さっそくですが、あなたには活躍して頂けねばなりません」
長く蓄えた白ひげを摩りながら、神官が語りかける。
「どういうことだ」
「これは35億人の総括です。この星に生ける者全てがそう望んでいるのです」
ズシーン。神殿内が大きく上下に揺れたかと思うと、拍子を取るかのようにそれが続く。兵士は槍を携帯したまま神殿に駆け込んできた。普通、神殿とは武器の携帯を許さない。それはこの世界が特殊なのか。それとも。
「大変です。もう、かの者が来ております」
緊急事態なのか。
「では行かれよ。蛮族を葬る救世主よ」
顎をしごくのを辞めて真っ直ぐに指差す神官。そののち兵士に手首をつかまれたまま進路を決められる。
「GYOOOOOO」
バルコニーから城下を見下ろした際、そこには魔物の群れがあった。その数およそ数千。
岳斗は裸足で逃げ出した。
「逃げられると思いか。救世主が背中を見せてどうするのですか」
神官は縄で締め上げられた岳斗を見つめる。縄はもがけばもがくほど苦しめられるらしく、岳斗の息も弱っていた。
岳斗は逃げ出したもののそこは体育では成績1の高校生だ。体逞しい兵士に捕まるのは自明の理だった。
だから岳斗は訴えた。
「馬鹿な。たった一人の人間がいったいどうする」
一兵卒にすら敵わないというのに、
「なんとかするのです」
「なんとかできると思ってたら逃げないだろ」
これもまた自明の理だった。
「しかし、いかなる武勇を持とうが英知を持とうがこれは解決し得ないのです。全ては預言者様の御言通りになるのです」
「じゃあ明日自分が死ぬなんて分かったらそのまま死ぬのか?」
「予言は変えられません」
「そんな人生観まっぴらごめんだ。そんなのはゲームだけで充分だ。物語は決まってないから楽しいんだろ」
「そう言えるのはあなただけでしょうね。だからこそあなただったのかもしれません。あなただけはこの世界で異質存在。運命を変えられるのはあなたしかいないのです」
神官の顔は痛々しそうだった。信仰するものに破滅を言い渡され、それに抗うという矛盾。狂っている。人はあまりの衝撃に頭が麻痺して、混迷したまま動くことがある。それがこの人の業を背負った神官だった。
「では、この者を魔物の群れに引き渡せ」
「それで本当に置き去りにするかねえ」
岳斗がそれを呟いたのはさんざんわめき散らした市街地の門外のことだった。魔物の群れを迎え討とうとするものはいない。ただ城壁の上では、固唾を飲んで状況を見守る軍部の連中がいた。およそ岳斗と違い誇り高く気高いだろう彼らは士気が高まっていなかった。それどころか、戦って武勲を上げようという者は皆無だった。
我々は死ぬのだ。
そんな悲壮感が漂っている。
「その不安を俺が現実にするのか」
魔物の群れは心臓を鷲掴みにしそうな程の音を立てて、近づいていた。
あと50メートル。
群れの先頭では10馬身ほど離して、狼に乗った魔物がいた。単騎で勇み足とはさぞ戦に自信があるか、阿呆に違いないだろう。
あと10メートル。
そこで狼に乗った魔物が人型であるとわかった。肌の色は蜂蜜色で太陽を煌めき返す金糸。大きく人間と違うとすれば側頭部の欠けた角と真紅の両翼。
あと3メートル。
その人型の魔物は狼から跳躍する。カッと照らした太陽を背にして岳斗の眼前に着地した。見た目13才くらいの子供が、岳斗へ挑戦的に指をさす。
「ふははは、貴様は阿呆か? 生贄でもあるまいし、そんなところで何をやっておる。プププ」
自分で言ってて笑いがまた込み上げてきたのか、魔物は噴き出す。岳斗にとって笑いごとではないが、呆気にとられていた。
なんの反応もない岳斗に、魔物は眉根を動かして何かに気づいた。
「うん? お前さては異世界人か。これは面白い。盤外の駒がこの世界の予定調和を崩そうとは。
いいだろう。私もそれに乗ってやろうではないか。くぅーたまんない。この緊張感」
そこで魔物の群れに彼女は振り返った。緊張していると言っていたが、沈んだ声は出さず、ワクワクしているようだった。
「いいか野郎ども、この戦いは一騎打ちとなった。一切の手出しは無用‼︎ これは絶対命令だ」
「えっちょっと待て」
岳斗はここにきてようやく戸惑いを声にした。戦闘能力ゼロに等しい自分が勝てるはずもない。腕力では一方的になぶり殺しにもなるのを予想してか、魔物は歯を剥き出しにして笑う。
「私の名はエンヴィ。今からお前を打ち倒すものだ。
では、いざ尋常にぷよぷよで勝負だ!!」
「は?」
エンヴィの手にはスーファミのカセットが握られていた。