飽食のオーリム 1

文字数 2,671文字

 ガリガリぱりぱり。

 「……。」

 バリバリバリぼりぼりぼりぼり――。

 「……思ったより美味しくありませんね。」

 ボロいソファーが二つ、錆の浮かんだテーブル一つ。

 それ以外は壊れかけの冷蔵庫があるだけのガランとした部屋にラライの言葉が響く。

 獣の耳をピクリ、毛に覆われた尻尾をゆらりと動かしつつの少女に感想を述べられたのは穀物を練って薄く焼き上げたカッテラという食べ物。特に味付けなどがされていないのが一番の特徴だ。それが山と皿に盛られていたというのに今は半分程度の高さしかなくなってしまっている。

 「確かにそれほど美味いもんじゃないが、今回はこいつに関する仕事だ。」

 スケルツはカッテラを一枚手に取り指先で弄ぶ。

 「どういうことです?」

 「お前、あれ分かるか?」

 ラライは「あれ?」とスケルツの視線の先を追う。

 白い粒のまき散らされた漆黒の空間。宇宙と呼ばれる広大な世界に浮かんでいるのは一つの巨大な構造物。太った円柱にグルリと一周する輪っかはいくつもの柱によって固定されている。全体の色は暗い赤色をしているのは特定以上の周波数を持つ電磁波をエネルギーに変える特別な素材を利用しているからだ。

 「軌道衛星食料生産工場、第三穀物プラントだそうだ。」

 「えっと、つまり何?」

 「食べ物を作って地上に降ろしてる建物なんですけど。」

 「そっちは終わったのか? トロイメラ。」

 部屋へと入って来たのはラライの肩にも届かない身長の女の子。

 ズルズルと引きずられるままの白衣は裾をすっかりボロボロにしている。

 トロイメラは緋色の目を半分閉じたような表情を作ってスケルツの質問に答えた。

 「発着場すら無いとか非常識にも程があるんですけど!」

 「そもそも人間が活動することを想定した作りをしていないらしいぞ。」

 「なんでそんな作りになってるんですか?」

 「資料を見る限り、健康に影響があるレベルの電磁波が発生する場所が出来ちまうのが三割。生産効率を考えると人間が動き回るスペースは余計だって考えが七割ってところだな。」

 「博士ならこんなの作らないんですけど。考えた人はとってもおバカさんです。」

 頬を膨らませたままトロイメラはどっかりとソファーに体を投げ出す。

 彼女は今の今までこの欠陥満載の巨大構造物に入り込むための準備を行っていた。具体的に言えば地上へ穀物の詰まったコンテナを投下する搬出口から入れるように、遠隔で向こうのシステムを色々と弄っていたのである。

 「依頼は政治家どもから、あの面倒臭いもんで起きている不具合の解決をしろって内容だ。」

 「具体的には?」

 「分からん。」

 「……は?」

 唖然を絵にかいたような反応をラライが見せる。

 スケルツは依頼を直接聞いた時の自分を思い出して少し笑った。

 「不具合は穀物生産量の低下、具体的な理由や原因は何も分かっていないそうだぜ。」

 正確に言うなら、地上から調べた範囲では施設に備え付けられた各種センサーや累積情報に不審な点は見られなかったという事だ。ただ信号をやり取りしての方法では当然ながら調査に限界があり、何も見つからない以上は現場に人が入って調べるしかないとの判断によりスケルツ達、正確に言えばトロイメラに白羽の矢が立ったのである。

 「つまり、原因から修復までやるってことですか?」

 「そういう事だな。しかも七日っていう制限時間つきだ。」

 「ちょっと無茶過ぎません? というか、そんなに急ぎで切羽詰まっているなら中身を知っている自分たちで対応した方が良い気がしますけど。」

 「向こうにも何か考えがあるんだろうさ。それにかなり足元を見たから報酬はデカい。」

 「……さては釣られましたね?」

 「そりゃ、バカみたいな額の催促があるからな。」

 「世の中は世知辛い。ラライには分からないかも。」

 ラライはムッとするも、心当たりがいくつもあるからか悔しそうに顎を引くだけだ。

 もっとも積み上がった負債の原因で言えばトロイメラが頭一つ抜けているのだが。

 スケルツは溜息を吐く。

 外を見ればもうじき目的の地点に到着する頃合いだ。

 「そういえば。」

 思い出したようにラライは口を開いた。

 「なんで、このあたりやたら船が多いんですか?」

 ラライの指しているのはプラントの回りを規則的に動き回るステルス無人戦闘機たちの事だろう。レーダーに反応しないよう特殊な塗料で覆われ、また色が黒い上に光をあまり反射しないので肉眼でも相当に見え辛かった。

 それらは数えた範囲で四十を超えており、これは重要施設を守るにしては過剰である。

 そもそも戦時でもないのだから目に見える形で戦力を配置した方が威圧効果があり、守るうえでのコストは下がるように思うのだが、そちらは平時と変わらない量しか配備されていない。

 「指定されたルートを外れない限りは攻撃してこないから、見えないふりしとけ。」

 相手は国だ。そこにどんな思惑があるかなど考えない方が良いに決まっている。

 余計な事をして首を狙われるなど真っ平御免というものだ。

 「じゃあ別な質問。トロイメラさんここにいても良いんですか? もうすぐアレに入る感じなんですけど。」

 「問題ないに決まってるんですけど。博士は天才なので、完璧ですので。」

 「もうすぐ近くまで来てますよね。」

 「そう見えるな。」

 「まだ搬出口が開いていないように見えるんですけど、これ予定通りなんですか?」

 「…………あれ?」

 トロイメラが首を傾げる中、船は着々と閉じたままの壁に向かって直進を続けていた。

 このままではぶつかるまで一分もかからないだろう。

 「……よしラライ、そいつを直ぐに部屋に運べ! 俺は何とか時間を稼ぐ。」

 「あ、はい。大至急放り込んできます!」

 「あれ? おかしいんですけど。博士、ちゃんと設定したんですけど。」

 「原因は後で考えろ! このままいったら船が無事でも一生馬車馬暮らしだぞ!」

 トロイメラは首を捻ったままラライに抱えられて部屋から飛び出していった。

 それを見送っている余裕など当然なく、スケルツも急いで運転室へと駆け込んで船のブレーキを全開にしつつ舵をいっぱいに切る。

 だが重い物の速度を変化させるのは容易ではない。

 例えそれが廃船に片足を突っ込んだスクラップ直前の塊であったとしても、重さという物理法則は等しく仕事をしてしまうのである。

 「こんなのが最後の晩餐とか、冗談でもキツイぜ。」

 刻一刻と迫る破滅を前に、手の中でバラバラになったカッテラの欠片を口に放り込みながらスケルツはぼやいた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み