同人誌にされる俺と、秋葉原で出会う人物

文字数 4,922文字

 再びエレベーターを降りて、俺とペン子さんは正面入り口に出る。
「お疲れさま……」
 受付の顔色の悪いメイド服姿のお姉さんが声をかけてくれた。
「あ、ありがとうございます」
 この人、それにしてもなんでこんな目の下にクマ作ってるんだろう……。
「ペン子ちゃん、あとで時間のあるときでいいから、コミケに向けて作った漫画読んでくれない……? ペン子ちゃんの意見、いつも的確だから」
 そう言って、顔色の悪いお姉さんは薄い本を机の下から取り出した。
「あ、はいっ、読ませていただきますっ……って、すごいですね、表紙!」
 俺はつられて、それを見てみる。
 そこには――うん、もろに俺をモデルとしたものと思われる表紙があった。すげぇうまくてかわいい。そして、もうひとり描いてあるのは……乙女だろう。
 タイトルは、「男の娘戦士VS女の娘戦士~バトルでは勝てない俺だが夜は股間の男の娘ソードで圧倒的勝利~」。あまりにもひどすぎる。乙女が見たら錯乱して刀を振り回すレベル。この人、こんなもの描いていたのか……。この目の下のクマは徹夜して同人誌を書いているからとかの理由だろうか。
 というか、有名企業のエントランスでそんなもん広げてていいのか。まぁ、秋葉原だしいいか……。
「すごく面白そうですねっ。それじゃ、あとで読ませてもらって、感想お送りいたしますね!」
 ペン子さん、恋愛関係はウブっぽいのに、創作は別腹というか、頭の回路が別回路のようだった。すっごい内容がドギツソウなんですけど……。ちょ、ちょっとだけ読んでみたい気もするが、変な性癖に目覚めそうなのでやめといたほうがいいだろう。
「ええと、漫田さんは、うちの企業最強の漫画家さんで、いろいろな広報企画にもたずさわっているんです! 男の娘戦士のイメージアップのための動画や漫画もどんどん作ってネットにアップしてくれてます!」
 思いっきり、イメージダウンしてる気がするのは気のせいだろうか……。そういえば、わけのわからん編集がされた俺関連の動画がいっぱい上がっていたが、この人のしわざなのか……?
「……それじゃ、ペン子ちゃん、男の娘くん、気をつけて帰ってね。どんどん男の娘くんの同人誌描いて、郵送するから……」
 これから定期的に俺をモデルにしたエロ同人誌が送られてくるとかどんな苦行だ……。やっぱり俺はあらゆる意味でネタにされる人生から逃れられないのだろうか。

※ ※ ※

 とんだお土産をもらって、俺たちはオフィスビルを出る。
 時刻は夕方。秋葉原の人出は平日だってのに、どんどん増えていくばかりだ。学生や、サラリーマン、客引きのメイドさんなどなどで、中央通りは賑わっている。
 今の俺の姿は、元通りの冴えない男姿。なんというか、変身を解くのが少し名残惜しかった。あの姿のままで街を歩いてみたい気分はある。
「……ど、どうでしたか、雄太さん。というか、突然連れてきてしまって、すみません。昨日から言っておけばよかったですね、ごめんなさいっ」
「いえ、そんな謝る必要ないですって。俺もどうせ暇でしたし。でも、まさか秋葉原のオフィスにあるとはとは思いませんでした」
 さすが、趣味の街ということなのだろうか。秋葉原と中野と池袋が、やっぱり、三強だろうから。
「……パワードスーツやソードも、ロボット系パーツショップのスタッフと科学者が協力して作り上げていったものです。みなさん特撮とかヒーローものとか大好きですから、心血を注いでくれました!」
 やっぱり、趣味は偉大だな。政府主導の「女の娘戦士」よりも、趣味人と研究者の作り出した「男の娘戦士」のほうが強いということが物語っている。そう考えると、俺がこうして戦えるのも、無数の趣味人や技術者のおかげとも言える。
 直接バックアップしてくれるペン子さんのほかにも、多くの人に支えられて初めて戦うことができる。それを確認できたことは、大きいと思う。
 そんなことを考えながら歩いていると――
「あっ! ゆーくーんっ♪」
 背後から、聞き覚えのある声。というか、絶対に間違えようがない声がかけられたっ
「なっ……!? 弥生じゃねーかっ!」
 振り向けば、やっぱりそこにいたのは弥生だった。服装は、俺と同じ学生服。顔だけ見れば女なので、まるで女子高生が男装しているようにしか見えないだろう。っと、そんなことはさておき。
「なんで弥生がこんなところにいるんだ?」
「それはボクの台詞だよっ! なんでゆーくんとゆりちゃんが秋葉原に?」
 ……まぁ、その疑問はもっともか。
 弥生は割と頻繁に秋葉原に行っているが、俺が自分から行くということはなかったからな。しかも、ペン子さんと一緒だなんて。奇異の目で見られるのは、俺たちのほうかもしれない。
 しかし、まさか弥生に先ほどのことを言うわけにはいかない。
 ええい、どう誤魔化したものか……。
「え、ええとっ……そ、それはっ……」
 ペン子さんも、しどろもどろだ。
「あっ、わかった♪」
 そんな俺たちの姿を見て、弥生はにっこりと笑う。
「ごめんね、デートの邪魔しちゃって♪」
 ち、ちげえええええええええええええええええええええっっっっ!
「ふぇっ……!? えっ、あ、それは、そのぉ……!」
 思わぬ返答に、ペン子さんは口ごもりつつ赤くなる。
「ち、違う違う違うからっ」
 そして、俺も顔を赤くしながら、否定する。なんだか、これじゃ、かえって怪しいっ!
 そんな俺たちの反応を見て、弥生はニヤニヤ笑う。
「もー、そんなに否定しなくてもいいのにー♪」
 どうやら思いっきり勘違いされているようだ。無理もないことだが。
 しかし、俺とペン子さんがそういう仲だと思われるのは……俺はともかく、ペン子さんにとっては迷惑だろう。
「いや、本当に違うから。ちょ、ちょっと買い物に来ただけだから!」
「え、あ……そ、そうですっ! そうなんですっ! ちょっと、秋葉原がどんなところか興味があったので、雄太さんに案内してもらっていたんですっ!」
 ちょっと苦しいが、ここは押しきろう。
「へえー♪ そうなんだ~♪」
 弥生のニコニコは止まらなかった。完璧に誤解されてしまっている!
「いや、本当だからな? 俺とペン子さんはただ一緒に買い物に来ただけで、それ以上でもそれ以下でもないから」
 無駄な抵抗とわかりつつも、一応はそういうことにしておく。
 そして、この話題をずっと続けるのもボロが出そうだ。こういうときは、逆に質問をするに限る。
「や、弥生のほうこそ、今日はアキバでなにしてたんだ?」
「ボク? うーんと、メイド喫茶のバイトの面接!」
「うぇっ!? というか、お前の性別で受けられるのか?」
 そりゃ、顔はかわいいが、これでも男だしなぁ……。
「あー、うん。やっぱり、性別的にダメだって……」
 そりゃ、面接受ける前に店側が言うべきだったんじゃないかと思うが、普通は男が応募しないよな。弥生は女声だから、電話じゃ判別つかないだろうけど。あと、名前も女っぽいし。
「うーん、それとも、男の娘喫茶に応募するべきだったかな~」
 弥生の口から「男の娘」という名称が出て、俺とペン子さんはギクッと反応してしまう。
「んん? どうしたの、二人とも」
「い、いやいやっ、な、なんでもないぞ!」
「は、はいっ、な、ななななんでもないですっ!」
 やばい。俺もペン子さんも秘密隠匿能力が低すぎるっ。と、とにかく、こういう場合はどんどん話題を繋いでいくことだっ!
「お、男の娘喫茶なんてあったのか?」
「うんっ、そうだよ♪ 裏通りにちょっと入ったところにあるんだ♪ でも、衣装がボク好みじゃないんだよね~。ボクは普通のメイド服のほうが好きだから♪」
 よしよし、話題を逸らすことに成功した。あとは、この話題を発展させて弥生にベラベラしゃべらせておけばいいだろう。
 そして、俺の狙い通りに、弥生は秋葉原の男の娘喫茶事情について訊かせてくれた。秋葉原エリアにはいくつか店舗があって、どちらも女性客に大人気らしい。まぁ、弥生レベルなら、どこへ行っても看板(男の)娘になれると思うが。
 というか、やっぱり、弥生のほうが俺よりも男の娘に向いているんじゃないかと思うんだがなぁ……。変身するまでもなく、こんな女っぽいんだし。
「……って、ごめんねっ! 二人ともデート中だったのに」
 ベラベラしゃべっていた弥生が、話を切り上げて謝ってくる。話すようにしむけたのは俺だけどな。
「いや、だから、デートじゃないからな!」
「も~、隠さなくてもいいのに~♪ それじゃ、ボクは買い物行くから♪ また明日学校でねっ♪」
 そう言って、弥生は歩き始めてしまった。
「あ、ああっ、じゃあな、弥生っ」
「あ、はいっ、また明日です、弥生さんっ」
 とりあえず、俺とペン子さんは弥生のことを見送るしかなった。結局、誤解されたままな上に、気を使われてしまった。
「そ、それじゃ……帰りますか」
「は、はいっ」
 散々デートだのなんだの言われてしまったので、なんか意識してしまうじゃないかっ。
 俺とペン子さんの関係は、男の娘戦士と、男の娘戦士推進団体の職員というだけだ。一緒に暮らしているといっても、それは支援のためであって、それ以上のものではないっ。それはわかっているのだが、俺も年頃だからな……。意識するなというほうが無理がある。
 秋葉原をこうして歩いていても、通行人がチラ見しまくるほどに美人なペン子さん。性格は今まであった女の子のなかで、文句なしに最高。各種テクニックも持っていて、まさに男の理想像。抜群のプロポーションの持ち主でもある。
 そして、慎ましやかでありながら、趣味のことになると自嘲しないペン子さん。そのギャップが、けっこう好きだったりする……。って、いかんいかん。意識しちゃだめだっ、これからも一緒に住み続けるんだからっ!
 うーむ、それにしても……弥生と別れてから会話が続かない。気まずい……というのとはちょっと違う。なんというか、甘酸っぱい感じというか!
「え、ええと……あのっ……な、なんでもないですっ!」
 そして、ペン子さんも俺に話しかけようとしては、途中で取り消したり。こちらのことを意識しているのがわかる。そんなペン子さんがかわいいと思ってしまう。
 しかし、ずっとこんな調子で生活するとお互い気づまりすぎる。なんとか緩和していかないとっ!
「きょ、今日の夕飯はなんですか?」
 まずは、当たり障りのない会話を。
 疑問形で話しかけることで、向こうに答えさせるという会話術の初歩だ。そこから、話を発展させていけばいい。
「そ、そうですねっ! きょ、今日は、お刺身にしようかと思っています。昨夜、団体に頼んでおいたので、夕飯に合わせて漁港直送の新鮮な魚介類が届きます。捌くのは、私がやります」
 うむ、包丁の使い方も、抜群というわけか。やっぱり、ペン子さんはあらゆる意味でテクニシャンだ。洋食だけでなく和食もできる。そもそも、香辛料を使った本格的なインドカレーまで作ってたしな。家にいながら、世界の料理を高クオリティで堪能できるとは、本当に恵まれている。
 いいものを食べさせられると、その分がんばらなきゃって気にもなる。人間の三大欲求なだけに、食欲はおろそかにできない。あと、睡眠欲も。もう一つの性欲については、ノーコメントだ。
 ……というか、そんなもの意識してたら、美人と共同生活できないからっ!
 テンパってしまっているせいで、いつもよりも頭の中が散漫になって無駄なことを考えてしまう。これは、よくない。早くご飯を食べて、お風呂に入って、さっさと寝よう。
 ……ま、まぁ……昨日みたいに背中を流されたり、布団の上でマッサージされたりすると、困るんだが……。なんとか、そこはお断りせねばっ!
 その後も、ペン子さんとの会話はあまり続かなかった。家に帰るまでの道のりが、こんなに遠く感じられたのは初めての経験だった。
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登場人物紹介

牝野雄太……男の娘戦士に選ばれてしまう。帰宅部であることに誇りを持つ男子高生。

牝野雄太(変身後)……超かわいいJK風男の娘戦士。ネットに勝手に投稿された動画が大ヒット。濃ゆいファンとクラスメイトたちに応援され、ときおり恥ずかしい動画を撮られながら戦う。

双木弥生……見た目は美少女だが、性別は男(?)。雄太のクラスメイト。スキンシップが大好き。

男川乙女……男川流剣術の後継者であり、政府が宇宙からの侵略者に備えて開発したパワードスーツを着用し「女の娘戦士」として戦う。雄太の幼なじみ。

百合宮ペン子……男の娘戦士推進団体戦闘支援科のお姉さん。公私さまざまな面で雄太をサポート。学生時代は男の娘もののネット小説を投稿していた。


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