第7話

文字数 2,628文字

 こんな私にも数少ないけれどユニークな友人がいる。私のように親からゆがんだ愛情を得て育った子もいるし、両親が大好きで仲の良い家族を持つ子もいる。羨ましい気持ちも感じるけど私には無いものだから仕方ないと、割り切って生きていけるように徐々に気持ちが慣れつつある。

 親と仲が良い友人に話したときは「そんな家庭環境だったのね、辛かったね」と言ってくれた。家族と仲の良いあなたに、絶対に私の心なんか分かる訳ないじゃんと正直思った。けど、同情でも否定せずに肯定してくれたことが嬉しかった。この子は分からないことに対する恐怖を人に当たらず、なおかつその気持ちを分かろうと努力できる子だと思った。幸せになってほしいし、この友人関係を大事にしていきたい。今は交流がほとんど無くなってしまったけれど、様々な人種(いわゆる毒親と呼ばれる親もとで育ち、今でも生き延びている人たち)に出会えたのはいい経験になった。
 

 ゆがんだ愛情を与えられた人たちとは、不幸の自慢話のように互いの過去の話を愚痴りまくった。授業が終わってもシフトの都合上、アルバイトがない日もあった。家に直行したくないので、大学の帰りにそのまま居酒屋へ行き、
 「はぁ?そんなひどいこと言われたの?最悪だな。こっちはね……」
 「まじで?!本当に毒親って理不尽だよね。私のほうはね……」
 互いの不幸話をツマミにして飲んだハイボールやビールは美味かった。ふっくらと焼いただし巻き卵は、例え冷凍だったとしても、家で食べる料理よりも涙が出るほど美味しかった。やはり、心許せる仲間と食べるご飯は世界一美味しい。全然帰りたくなかったけど、帰らなければ家で勉強したままの教材やノートたちを置き去りにしてしまう。帰りが遅くなっても母親は怒らなかった。あまり家にも居たくなかった私は、大学帰りはほぼほぼアルバイトを入れたり、こうして愚痴を言いに居酒屋へ行ったりして、なるべく家に居ないようにしていたからだ。

 親からの愛情をもらえないが為に、ちょくちょくパートナーを変えては幸せそうな写真をインスタグラムに載せていたフジちゃんという子がいた。愛情の受け止め方が分からなくなってしまい、摂食・過食障害を併発し、手のひらの甲にぽつぽつできた吐きだこと、ばってんに数か所切り刻まれたリストカットの痕を見せられたこともある。
 「腕、痛そうだね。この赤いのは新しいやつ?」
 「そうそう。生きてる実感わいてくんだよね。血流れてると痛すぎて他のことあんま考えなくて良くなるしさ。なんかね、もうこんな生き方しか分からないんだ。こんな体でも、見せれば勝手に愛してくれるから、楽だよ」
 と諦観する彼女を、マクドナルドのコーラを飲みながら聞いていた。楽な愛情の受け方ってなんだろう。この世に「愛情」という尊ぶべき感情があるのなら、大切な人から自然と得られるものだと思いたいなと考えていたらコーラを吸いきってズゴッと音がした。

 しかも、フジちゃんには強めの虚言癖があった。全ては自分に興味を引きたいが為に、私がフジちゃん以外の子と話していると必ずその相手の悪口を言われた。今思うと嫉妬されていたのだろう。
 「あの時話してたホシバちゃんが沙織ちゃんの悪口を言っていたよー。本当はもう話しかけてこないでほしいって裏で私に相談してきたの。内緒にしてねって言われたけど、沙織ちゃんに言わないのも沙織ちゃんに申し訳ないなと思って……。」
 と親切心で私に教えてくれるのだ。ホシバさんよりもフジちゃんとの付き合いのほうがちょっとだけ長いから、信用していた、というかそんなことで嘘を付く必要がないと思っていた私は、鼻から嘘だとは思わなかった。そして次に会ったらホシバさんに事実確認を行おうとしたけど、なぜか目も合わせてくれなくなった。そして、明らかに私のことを避けるようになっていた。


 「クラブに行けば誰もが自分のことを受け入れてくれるからハマっちゃうよ」と、私を連れて行ったのは林さんという、当時していたアルバイトの同期の、目鼻立ちがくっきりとした美人だった。この子もパートナーをとっかえひっかえしていた。国家資格を取るために奨学金を借りて学校に入ったはいいが、学費が全く足りなくなり、風俗をしていたと言っていた。
 「研修や実習のストレスからか脳みそがちょっとパンクしてたんかなー。彼氏にバレて大喧嘩して、今はもうやってないけど、収入ガタ落ちで萎えぽよだよー」
 「風俗は体を張る仕事だし、病気とかのリスクもあるから見返りも高いよね。理解はなかなかされないだろうけど、自分の好きな時間で稼げるし、負担をかけ過ぎずに行える仕事の選択肢の一つとして考えるのはいいことだと思う」
 そんな話をしていたら、「ここだよー!」と指で示された。その場所は、都会から意外にも少し離れた場所にひっそりとあった。地下への階段を下りて重厚なドアを開けると、暗いフロアに青い光が照らされてジャンジャンと音が鳴り響き、男女が酒を飲んだり踊ったりしていた。クラブというものが知らない私は、これがクラブなのかとちょっと怖かった。
 「この子さっちゃん!初めてでさーちょっと緊張してるから優しくしてあげて!」
 「リンちゃんの友達なのー?よろしくね。歓迎するよー」
 「はじめまして。こういうところ初めてなんで緊張してますが、楽しそうですね」
 「めっちゃマジメちゃんじゃん!楽しんでってよー。何飲む?ちょっと安くしとくよ」
 林(はやし)という名字だからか、その子はここではリンちゃんと呼ばれていた。
 リンちゃんは2件目だというのにガブガブとお酒を流し入れていた。私はというと、危ない店じゃないかと終始落ち着かず、めちゃくちゃにビビッて警戒していた。万が一危ないお薬が入ったお酒でも飲まされていたらどうしようと信用できなかったので、ちびりと酒を飲むふりをして、終電があるのでとそのまま出てきてしまった。リンちゃんは案の定酔いつぶれ、一緒に出よう。お店に迷惑かけちゃうよと声をかけるも無反応(息はしてたの)で、お店のスタッフかはたまた常連客に介抱されて別室に連れて行かれてしまった。リンちゃんのその後は知らない。けど次の日に連絡が来たから生きてはいるとは思う。彼氏はまた怒って、リンちゃんをぶん殴るんじゃないかと思うと胸が痛くなった。可愛い顔をしているのだから、よく尽くす良い子なのだから、どうか幸せに生きていてほしい。
 
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