第1話 ぶらり金沢旅行記
文字数 4,924文字
人間は視覚に依存した進化を辿った種族である。
その進化は未だ続いているのか、SNS世代とそうでない者の間には理解できない壁があった。
たとえば、写真を撮る為だけに飲食物を買う点が顕著であろう。
――そう、時代は変わったのだ。
他にも『男なら~女なら~』という考えが古臭いと言われるようになり、いつの間にかジェンダーレスの時代。
けど、実のところあまり変わっていないのではないかと思う。
結局は、既存の考えや思想を壊すことこそが目的。そういった、既に出来上がった『何か』を否定することに躍起になる者は昔から存在した。
そして、それでもなお伝統や古き時代の感性を貫く者もまた――
金沢駅。
それは日本で唯一、世界で最も美しい駅14選に選ばれた駅である。その為、観光客の多くはまずここで写真を撮る。
その中には、大学生になったばかりの乃兎 ちゃんもいた。
「和のテイストが強い威風堂々とした鼓門 。今や海外でも通じる言葉『おもてなし』ならぬ、もてなしドーム。その二つの景観が入選の決め手となった言われている」
スマホを構える乃兎ちゃんの隣で解説するのは、同じく大学生の石動 くん。
「頼んでもいない解説どうも」
乃兎ちゃんは冷たく言い放つも、
「自分が上手く説明できるかどうか――知識を実践に活かすことができるかを試しているだけだ」
石動くんも負けていない。
「きみでも『馬の耳に念仏』という諺くらい知っているだろう?」
「そういうあんたは『口は災いの元』って諺知らないの?」
ご覧のように、二人は仲良しでもなんでもない。
現にカップルが多い中でも紛れてはおらず、明らかに浮いている。
それなのに、こうして一緒に観光をしているのは売り言葉に買い言葉が原因であった。
――それは数日前。
そこそこ有名なインフルエンサーでもある乃兎ちゃんは、映える写真を撮っていた。
その日の被写体はタピオカミルクティー。容器を満たすミルクティー、底にはたっぷり入ったタピオカ。そして、液体の上には生クリームがこんもりと盛られ、薔薇の花弁が何枚か散らされたオシャレな仕上がり。
しかしカロリーはとんでもなく、ダイエットに励む女のコにはとてもじゃないが飲めた代物ではなかった。
「よしっ!」
だから、乃兎ちゃんはほとんど口につけないで写真を撮り終わるとそれをゴミ箱へ、
「おぃ、貴様は何をしようとしている?」
捨てる前に、訊き慣れない言葉をかけられた。
――え? 貴様って……私のこと?
と、乃兎ちゃんの思考はフリーズしたまま。
それでも、手は予定通りに動いてしまった。
瞬間、男の顔が醜悪に歪む。
「貴様は食べ物を粗末にするなと教わらなかったのか?」
「――っ!」
その台詞で、乃兎ちゃんもカッとなる。
更には状況も理解する。変なナンパでも、絡まれ方をしているのではないと。
「私が買ったモノなんだから、どうしようと勝手でしょう?」
相手が正論を言っているとわかってはいるものの、いきなり攻撃された以上、素直には受け入れられない。
「あなたこそ、人様に対する口のきき方を教わらなかったの?」
よせばいいのに、乃兎ちゃんは喧嘩まで買ってしまった。
その流れで、自分がそこそこ有名なインフルエンサーであることまで喋ってしまい――
「わかった。どっちが正しいかは大多数の他人に判断して貰おう」
遠回しに炎上させるぞ? と脅される始末。
さすがにそれは御免だったので、
「私が悪うございました。もうしません。反省しています」
嫌々ながらも謝罪を口にする。
「己は謝り方を学ばなかったのか?」
貴様よりはマシになったが、まだ流せる度合ではない。
「そういうあなたは、女性の扱い方を学んでこなかったのかしら?」
あえて女性らしい言葉を使い、乃兎ちゃんは反撃する。
「小娘が何をほざいているのやら」
しかし、相手も負けじと返してきて――売り言葉に買い言葉。
「じゃぁ、ついて来てあんたが食べなさいよ!」
「上等だ。残さず全部食べてやろうじゃないか!」
気付けば、そういう顛末と相成ってしまった。
「私、兼六園 に行きたいんだけど?」
「ならバス、もしくはレンタルサイクルだな」
「じゃぁ、バスで」
「これ以上、脚を太くしない為か?」
「うっさい!」
場所が石川県になったのは、石動くんの希望である。なんでも、とあるコンテストに応募する為に必要だという。
もっとも、乃兎ちゃんには興味のないことだった。
彼女の興味は一瞬の刹那――映える写真だけである。
「加賀百万石の粋。日本三名園の一つ、兼六園。完成までに180年の時を経て、その大きさは東京ドームの二倍以上――」
「いや、東京ドームの大きさで例えられてもわかんないって」
鬱陶しいうんちくを打ち切りたくて、乃兎ちゃんは厳しいツッコミを入れる。
「あんたは理解できてんの? ただ、丸暗記した内容を語っているだけじゃない?」
図星だったのか、石動くんはしゅん、と静かになった。
おかげで撮影は滞りなく、静かに行えた。
そのまま金箔ソフトクリームも購入して、画像に収める。
なんでも、国内の金箔のほとんどがここ金沢で作られているとのこと。ちなみに、0.0001ミリメートルまで薄く延ばされた金は食べても消化されず、そのまま排出されるらしい。
「はい、どうぞ」
乃兎ちゃんは撮り終えた、金箔ソフトクリームを差し出す。
と、何を勘違いしたのか石動くんは手ではなく口を近付け、食べやがった。
「……おぃ」
「えっ? あっ、すまない。つい……」
まるで恋人同士のやり取りだが、乃兎ちゃんは額に青筋を浮かべ、石動くんは顔全体を青白くし――色気もくそもなかった。
「うん、旨い」
ゴールドとプラチナの半々で覆われたソフトクリームを、それはもう美味しそうに石動くんは食べる。
金箔やプラチナ箔に味などないだろうに、本当に美味しそうだ。
それがなんだか腹立たしくて、
「次は――」
乃兎ちゃんは予定になかった撮影をせんと、近くの食事処を渡り歩いていく。
まずは鴨肉を甘辛く仕上げた治部煮。
お肉に小麦粉や片栗粉をまぶしてからダシに入れるからか、表面はつやつや。そして、汁はとろりと濃厚な仕上がりになる郷土料理。
また、昨今では『じぶそば』や『つけじぶそば』もあるとのこと。
「確か、麩 も名物なんだよなぁ。地味な色合いの中で、このピンク色がまた美しい。しかも、味が染みていて旨い」
その次は金沢おでん。
メインはカニ面。香箱 カニ――北陸で獲れる、メスのズワイガニを使う。
11月から年末と短い旬でありながらも、これを目当てに多くの観光客が集まるとのこと。
だが、その前に石動くんは車麩を味わっている。
「麩が際限なく、ダシを吸い込んでいて最高だな。ふわっふわだ」
そして、メインのカニ面。
手足をもがれ、甲羅だけとなったカニの器に身はもちろんのこと、卵やミソまで詰め込まれている。しかも食べやすいよう――また、見栄えよく盛り付けられていて食欲をそそる。
「こいつは凄い。身と卵とミソを一緒に食べられるなんて。それもおでんのダシと一緒にすすれば――くぅっ、美味い!」
そのどれも、石動くんは本当に美味しそうに平らげていく。
それを見て、乃兎ちゃんはますます苛立っていく。
この無礼な男を餌付けしたいわけでも、喜ばせたいわけでもないのに、どうしてこうなってしまったのかと。
「写真を撮るだけで、きみは食べないのか?」
仏頂面を浮かべていると、当然の質問。
「私は――」
反射的に結構と吐き出そうとするも、容赦なく腹の虫が鳴ってしまい沈黙。
「我慢はよくないぞ?」
子供に言いきかせるような物言いをされ、乃兎ちゃんはお怒りになる。
ただ、素直な性格ではなかったので怒鳴ったりはしなかった。
「あのさぁ、ここまで私が奢ったわけじゃん」
「いや、俺は君が捨てる分を貰っただけだ」
「……つまり、一銭も払う気はないと?」
「そうは言っていない。ただ、 事実をはっきりさせただけだ」
「女の金で豪遊、か」
「人聞きの悪いことを言わないでくれ」
ここまで面倒くさい絡み方をされれば理解できるようで、
「わかった。次は俺が払う」
石動くんは折れた。
そういうわけで、二人はその形から『まるびぃ』の愛称を持つ金沢21世紀美術館で様々なオブジェやアートを堪能し、その流れで金沢城公園。国の重要文化財にも指定されている『三十間長屋』を始め、城下町ならではの石垣や門、櫓などを見物と撮影する。
その間、乃兎ちゃんは何もねだらず食べていなかった。
「あのー、ちょっと休憩しない? ほら、そこのお茶屋さんとかで?」
石動くんはびびりながら勧めるも、
「まだ結構よ」
乃兎ちゃんは歯牙にもかけない。
もしかしなくとも、これは高いモノを奢らされると石動くんは諦める。最悪、近江牛か能登牛辺りを覚悟しなければならないと。
だが案に相違して、乃兎ちゃんが選んだのは海鮮だった。
場所は金沢市民の台所として、300年近い歴史を持っている近江市場。
金沢城公園からは歩いて10分とかからなかった。
「……時価?」
市場にある200近いお店の一つにて、石動くんはメニューから嫌な値段表記を見つける。
「すいませーん!」
なんという嫌がらせか、乃兎ちゃんは元気な声でその時価表記のお魚を注文した。
そうしてやってきたのは、のど黒の炙り刺身に握り寿司。
「んー、脂が乗ってて美味しい。さすが、白身のトロと言われるだけあるじゃない」
乃兎ちゃんが意趣返しのように、美味しそうに食べる。
けど、実のところ他意はなかった。
長い間、写真を目的の外食しかしておらず、友人と一緒の時はお喋り先行。そして、一人の時は安さと美容重視だったからか、本当に美味しく感じていた。
それもこれもデリカシーの欠片もなく、他人の奢りでばくばく食べていた男のおかげだと、乃兎ちゃんは少しだけ感謝する。
「ちゃんと教わってはいたのよ。食べ物を粗末にしては駄目だって」
今更ながら、乃兎ちゃんは反省を示す。
「でもね。そういう教育の元、無理やり食べさせられたことがあるからか、食事に対してちょっと苦手意識っていうか、反抗心があったのかも」
小食の乃兎ちゃんにとって、そういう嫌な記憶は沢山あった。
「まっ、言い訳だね」
それでも、やっぱり素直じゃないからか謝りはしなかった。
「こちらこそ、不躾な物言いをしてしまい済まなかった」
とはいえ、ここで余計な言葉を吐くほど、石動くんは馬鹿じゃない。
「俺が間違っていたとは思わないが……ズルいところもあった。君以外にも、食べ物を粗末にしていた人はいたのに……俺は君にだけ文句を付けた」
もっとも、こちらも素直からは程遠いようだった。
お互いに心の中で反省を示し、相手に言い訳をするだけで謝りもしない
でも、これでわだかまりはなくなった。
「この後、どうする?」
つまり、一緒に行動する理由もなくなってしまった。
そう言う意味で乃兎ちゃんは訊いたのだが、
「『主計町 茶屋街』に行って、その流れで『ひがし茶屋街』かな?」
石動くんはわかっていないようだった。
「……まぁ、いいか」
それならそれで問題ないと、乃兎ちゃんはあえて口にはしなかった。
そうして、二人はノスタルジックな街並みへと足を向ける。
今度はちゃんと足並みを揃えて――
きっと、沢山いるカップルに紛れることになるだろう。
その進化は未だ続いているのか、SNS世代とそうでない者の間には理解できない壁があった。
たとえば、写真を撮る為だけに飲食物を買う点が顕著であろう。
――そう、時代は変わったのだ。
他にも『男なら~女なら~』という考えが古臭いと言われるようになり、いつの間にかジェンダーレスの時代。
けど、実のところあまり変わっていないのではないかと思う。
結局は、既存の考えや思想を壊すことこそが目的。そういった、既に出来上がった『何か』を否定することに躍起になる者は昔から存在した。
そして、それでもなお伝統や古き時代の感性を貫く者もまた――
金沢駅。
それは日本で唯一、世界で最も美しい駅14選に選ばれた駅である。その為、観光客の多くはまずここで写真を撮る。
その中には、大学生になったばかりの
「和のテイストが強い威風堂々とした
スマホを構える乃兎ちゃんの隣で解説するのは、同じく大学生の
「頼んでもいない解説どうも」
乃兎ちゃんは冷たく言い放つも、
「自分が上手く説明できるかどうか――知識を実践に活かすことができるかを試しているだけだ」
石動くんも負けていない。
「きみでも『馬の耳に念仏』という諺くらい知っているだろう?」
「そういうあんたは『口は災いの元』って諺知らないの?」
ご覧のように、二人は仲良しでもなんでもない。
現にカップルが多い中でも紛れてはおらず、明らかに浮いている。
それなのに、こうして一緒に観光をしているのは売り言葉に買い言葉が原因であった。
――それは数日前。
そこそこ有名なインフルエンサーでもある乃兎ちゃんは、映える写真を撮っていた。
その日の被写体はタピオカミルクティー。容器を満たすミルクティー、底にはたっぷり入ったタピオカ。そして、液体の上には生クリームがこんもりと盛られ、薔薇の花弁が何枚か散らされたオシャレな仕上がり。
しかしカロリーはとんでもなく、ダイエットに励む女のコにはとてもじゃないが飲めた代物ではなかった。
「よしっ!」
だから、乃兎ちゃんはほとんど口につけないで写真を撮り終わるとそれをゴミ箱へ、
「おぃ、貴様は何をしようとしている?」
捨てる前に、訊き慣れない言葉をかけられた。
――え? 貴様って……私のこと?
と、乃兎ちゃんの思考はフリーズしたまま。
それでも、手は予定通りに動いてしまった。
瞬間、男の顔が醜悪に歪む。
「貴様は食べ物を粗末にするなと教わらなかったのか?」
「――っ!」
その台詞で、乃兎ちゃんもカッとなる。
更には状況も理解する。変なナンパでも、絡まれ方をしているのではないと。
「私が買ったモノなんだから、どうしようと勝手でしょう?」
相手が正論を言っているとわかってはいるものの、いきなり攻撃された以上、素直には受け入れられない。
「あなたこそ、人様に対する口のきき方を教わらなかったの?」
よせばいいのに、乃兎ちゃんは喧嘩まで買ってしまった。
その流れで、自分がそこそこ有名なインフルエンサーであることまで喋ってしまい――
「わかった。どっちが正しいかは大多数の他人に判断して貰おう」
遠回しに炎上させるぞ? と脅される始末。
さすがにそれは御免だったので、
「私が悪うございました。もうしません。反省しています」
嫌々ながらも謝罪を口にする。
「己は謝り方を学ばなかったのか?」
貴様よりはマシになったが、まだ流せる度合ではない。
「そういうあなたは、女性の扱い方を学んでこなかったのかしら?」
あえて女性らしい言葉を使い、乃兎ちゃんは反撃する。
「小娘が何をほざいているのやら」
しかし、相手も負けじと返してきて――売り言葉に買い言葉。
「じゃぁ、ついて来てあんたが食べなさいよ!」
「上等だ。残さず全部食べてやろうじゃないか!」
気付けば、そういう顛末と相成ってしまった。
「私、
「ならバス、もしくはレンタルサイクルだな」
「じゃぁ、バスで」
「これ以上、脚を太くしない為か?」
「うっさい!」
場所が石川県になったのは、石動くんの希望である。なんでも、とあるコンテストに応募する為に必要だという。
もっとも、乃兎ちゃんには興味のないことだった。
彼女の興味は一瞬の刹那――映える写真だけである。
「加賀百万石の粋。日本三名園の一つ、兼六園。完成までに180年の時を経て、その大きさは東京ドームの二倍以上――」
「いや、東京ドームの大きさで例えられてもわかんないって」
鬱陶しいうんちくを打ち切りたくて、乃兎ちゃんは厳しいツッコミを入れる。
「あんたは理解できてんの? ただ、丸暗記した内容を語っているだけじゃない?」
図星だったのか、石動くんはしゅん、と静かになった。
おかげで撮影は滞りなく、静かに行えた。
そのまま金箔ソフトクリームも購入して、画像に収める。
なんでも、国内の金箔のほとんどがここ金沢で作られているとのこと。ちなみに、0.0001ミリメートルまで薄く延ばされた金は食べても消化されず、そのまま排出されるらしい。
「はい、どうぞ」
乃兎ちゃんは撮り終えた、金箔ソフトクリームを差し出す。
と、何を勘違いしたのか石動くんは手ではなく口を近付け、食べやがった。
「……おぃ」
「えっ? あっ、すまない。つい……」
まるで恋人同士のやり取りだが、乃兎ちゃんは額に青筋を浮かべ、石動くんは顔全体を青白くし――色気もくそもなかった。
「うん、旨い」
ゴールドとプラチナの半々で覆われたソフトクリームを、それはもう美味しそうに石動くんは食べる。
金箔やプラチナ箔に味などないだろうに、本当に美味しそうだ。
それがなんだか腹立たしくて、
「次は――」
乃兎ちゃんは予定になかった撮影をせんと、近くの食事処を渡り歩いていく。
まずは鴨肉を甘辛く仕上げた治部煮。
お肉に小麦粉や片栗粉をまぶしてからダシに入れるからか、表面はつやつや。そして、汁はとろりと濃厚な仕上がりになる郷土料理。
また、昨今では『じぶそば』や『つけじぶそば』もあるとのこと。
「確か、
その次は金沢おでん。
メインはカニ面。
11月から年末と短い旬でありながらも、これを目当てに多くの観光客が集まるとのこと。
だが、その前に石動くんは車麩を味わっている。
「麩が際限なく、ダシを吸い込んでいて最高だな。ふわっふわだ」
そして、メインのカニ面。
手足をもがれ、甲羅だけとなったカニの器に身はもちろんのこと、卵やミソまで詰め込まれている。しかも食べやすいよう――また、見栄えよく盛り付けられていて食欲をそそる。
「こいつは凄い。身と卵とミソを一緒に食べられるなんて。それもおでんのダシと一緒にすすれば――くぅっ、美味い!」
そのどれも、石動くんは本当に美味しそうに平らげていく。
それを見て、乃兎ちゃんはますます苛立っていく。
この無礼な男を餌付けしたいわけでも、喜ばせたいわけでもないのに、どうしてこうなってしまったのかと。
「写真を撮るだけで、きみは食べないのか?」
仏頂面を浮かべていると、当然の質問。
「私は――」
反射的に結構と吐き出そうとするも、容赦なく腹の虫が鳴ってしまい沈黙。
「我慢はよくないぞ?」
子供に言いきかせるような物言いをされ、乃兎ちゃんはお怒りになる。
ただ、素直な性格ではなかったので怒鳴ったりはしなかった。
「あのさぁ、ここまで私が奢ったわけじゃん」
「いや、俺は君が捨てる分を貰っただけだ」
「……つまり、一銭も払う気はないと?」
「そうは言っていない。ただ、 事実をはっきりさせただけだ」
「女の金で豪遊、か」
「人聞きの悪いことを言わないでくれ」
ここまで面倒くさい絡み方をされれば理解できるようで、
「わかった。次は俺が払う」
石動くんは折れた。
そういうわけで、二人はその形から『まるびぃ』の愛称を持つ金沢21世紀美術館で様々なオブジェやアートを堪能し、その流れで金沢城公園。国の重要文化財にも指定されている『三十間長屋』を始め、城下町ならではの石垣や門、櫓などを見物と撮影する。
その間、乃兎ちゃんは何もねだらず食べていなかった。
「あのー、ちょっと休憩しない? ほら、そこのお茶屋さんとかで?」
石動くんはびびりながら勧めるも、
「まだ結構よ」
乃兎ちゃんは歯牙にもかけない。
もしかしなくとも、これは高いモノを奢らされると石動くんは諦める。最悪、近江牛か能登牛辺りを覚悟しなければならないと。
だが案に相違して、乃兎ちゃんが選んだのは海鮮だった。
場所は金沢市民の台所として、300年近い歴史を持っている近江市場。
金沢城公園からは歩いて10分とかからなかった。
「……時価?」
市場にある200近いお店の一つにて、石動くんはメニューから嫌な値段表記を見つける。
「すいませーん!」
なんという嫌がらせか、乃兎ちゃんは元気な声でその時価表記のお魚を注文した。
そうしてやってきたのは、のど黒の炙り刺身に握り寿司。
「んー、脂が乗ってて美味しい。さすが、白身のトロと言われるだけあるじゃない」
乃兎ちゃんが意趣返しのように、美味しそうに食べる。
けど、実のところ他意はなかった。
長い間、写真を目的の外食しかしておらず、友人と一緒の時はお喋り先行。そして、一人の時は安さと美容重視だったからか、本当に美味しく感じていた。
それもこれもデリカシーの欠片もなく、他人の奢りでばくばく食べていた男のおかげだと、乃兎ちゃんは少しだけ感謝する。
「ちゃんと教わってはいたのよ。食べ物を粗末にしては駄目だって」
今更ながら、乃兎ちゃんは反省を示す。
「でもね。そういう教育の元、無理やり食べさせられたことがあるからか、食事に対してちょっと苦手意識っていうか、反抗心があったのかも」
小食の乃兎ちゃんにとって、そういう嫌な記憶は沢山あった。
「まっ、言い訳だね」
それでも、やっぱり素直じゃないからか謝りはしなかった。
「こちらこそ、不躾な物言いをしてしまい済まなかった」
とはいえ、ここで余計な言葉を吐くほど、石動くんは馬鹿じゃない。
「俺が間違っていたとは思わないが……ズルいところもあった。君以外にも、食べ物を粗末にしていた人はいたのに……俺は君にだけ文句を付けた」
もっとも、こちらも素直からは程遠いようだった。
お互いに心の中で反省を示し、相手に言い訳をするだけで謝りもしない
でも、これでわだかまりはなくなった。
「この後、どうする?」
つまり、一緒に行動する理由もなくなってしまった。
そう言う意味で乃兎ちゃんは訊いたのだが、
「『
石動くんはわかっていないようだった。
「……まぁ、いいか」
それならそれで問題ないと、乃兎ちゃんはあえて口にはしなかった。
そうして、二人はノスタルジックな街並みへと足を向ける。
今度はちゃんと足並みを揃えて――
きっと、沢山いるカップルに紛れることになるだろう。