第1話 For lust

文字数 9,555文字

             「序章開幕」
               01
夜の帳が、欠けた月を闇へと隠す・・それは人の弱さを深く隠すように
無表情な静けさが、帳を深くする・・見えない悪夢がそこにはあった
夜は悲しみすらも、黒く覆い隠してしまう。その悲鳴も、誰の耳にも届かなかった
ただ、ドス黒く重い影が、じっとその場を支配していた・・。
冷たい木々の片隅で、嗚咽を絞り出す誰か・・。耳を塞ぎたくなる現実
癒えない傷が、誰かを抉っていた。その誰かは、まだ誰も知るよしも無い
程なくして、木々が一本増えていた・・それはギッ・・ギッと不愉快な音を鳴らして
風に靡(なび)く汚れたロープが、振り子の様にゆっくりと闇の中泳いでいた。
闇の中で、死んだ魚の様な、かつては光を灯していたその娘の目眼(まなこ)に
流されなかった血の涙が、どこか深いところに助けを求めたかの様に落ちていった・・
少女は全てが嘘になる事を願いながらも、
残酷な朝がその個体をあてもなく揺らし続けていた
月日は経つ

月日は経つ

時は残酷に経つ

現実は風化する

悲しみも隠されたのだ

真実も薄汚れた

誰もいない

誰もいなかった

誰も気付くものすらなかった

ただそこには、少女を救うはずだった光が骸を照らし、夜の帳が隠し続けるだけだった。
ダレカ
                                   タスケテ
                  1



―ねぇ、死の館って知ってる?最近掲示板で噂されてる奴―

別名、さよならの館っていうんだけどさ、元は何かの廃墟らしいんだけどさ
結構曰く付きって囁かれてんの。

今朝のトレンドにも大量リツされてた位だし、かなり有名な噂らしいよ。
何でも、そこは特別な人しか訪ねることが出来ない場所なんだってさ

・・・ちょっと何?私が厨二病?違う違う。

私は聞いただけで、ただ先輩からリプ回せってきただけだし
それにさ、話には続きがあって、この館には悪魔に魅入られた人しか入れないんだってさ
超ーウケない!?どこにでもある都市伝説みたいじゃん。

しかもさ、この情報を大量に拡散して、どこかの魅入られた人がその館に招待されて
そこから悪魔の品物を盗めてこれたら、その人含め、この話リプした人全員に巨額の富とか幸せが貰えるらしいよ。

え?遊び半分?滅相もない。信じてる訳ないじゃん。ただお金には目が眩むだけだし、
本当ならめっけもんでしょ。それに、この館には嫌な噂もあってさ、下手に遊び半分で
おまじないをするとね、数日で行方不明の後に、なんか惨たらしい死体で発見されるらしいよ?
この間の死体なんて、顔がばっくり裂けてむごい状態だったらしいよ
顔だけがズタズタなのに、他は何も外傷がなかったんだってさ、凄いよね
あじの開きっていうのかな?ぎゃはははマジゾクるじゃん!
えっ?ちょ、なんで引くわけ~?別にアタシらが当事者な訳でもなし
いいじゃんか減るもんじゃなし。
それにね、この儀式に参加したからこうなったんだし、自業自得じゃん
私はしないけどねー。
あっでもさでもさ、最近本当にこの町だけおかしな事件増えすぎだよねー
これで何十件目なんだろう?

あ、後聞きたいんだけどさ、
憶えてる?最近この学校でも話題のユーチューバーのグループがいるじゃん?
まぁこの学校じゃ知らない人いないだろうけどね?え?あんた知らないの?
この学校の女子全員的に回すよ?今時あんな型破りなくらい面白くて人気あるのに
イケメン紳士の色物集団ときたら、他校でも人気爆発、敵無しだからね

でもさ、このイケメングループがさ、最近学校に姿現してないんだよね
動画編集だの、動画作りだの熱心にっていっても、新しい通知も無いし、連絡もぱったり
最近、教師達も、何かやらかしたかって目の色変えてるじゃん?私も心配でさ

あんた、何か知らない・・って知るわけ無いか?彼らの事も知らないアンタだしね
?「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


喧噪から離れたどこか寂しい小屋の中に誰かの佇む影があった
遠くで野犬だろうか?空しく吠えた声が木霊してはすぐ消える
人影は、辺りを警戒しながら、探索を続けている

「やっぱり噂は噂でしかないよな・・都市伝説なんて、そんなもんか」

俺は呟く・・そうだ、幽霊だの妖怪だのいたら苦労しない
あってせいぜい都市伝説位なものだし、そもそも人に易々と見えはしないのだ
俺は、俯きながら片手でスマホを操作する

ツイッターの画面には最近この寂れた田舎町に起こる怪奇事件の噂が、今日のトレンドに
ずらりと席巻している。まぁ、田舎だからだろう。時折の猟奇事件が起こる位ならまだしも、最近立て続けに物騒な事件が相次いでいる

噂では、事件に巻き込まれた被害者はツイッターの噂の儀式を試して神隠しに遭った後で
行方不明となり、大抵は死体となるか、行方不明のままでいるかのどちらからしい
自分が見て聞いてきた話では、ほとんど死体だと言う事くらいは聞いていた
まぁ死体の状況まではほとんど知らないけど、問題なのはその儀式だ
儀式も内容は意外とあっさりしていて、ツイッターで裏アカを作り
そこで自身の願いを呟くこと
だが、これは多分都市伝説な噂になりつつある話だし、儀式の詳しい内容が
これといって他には何も載ってない事から特有のデマだろうが、
自分が考察した中では被害者には共通点があった。
事件に巻き込まれた被害者達は、事件の起こる前に
ツイッターに、死にたい、等と自殺を仄めかす様な発言を最後に消えていた
「あくまで俺の予測なんだけど、昔から悪い出来事ばかり当たるからなぁ」
そういって一旦、手にした携帯画面から視線を逸らした

「俺だって・・・・」ふいに、溜め息が零れる

夕日も後少しで影を落とすのだろうか、ひどく寂しくなってきた
「これから・・どうしようかな・・」居もしない誰かの気配に怯えながら
自分自身についても、笑えない事が一つある事を思い出す
正直、今の自分の状況の方こそ自分でも理解できない
あてもなく彷徨って、気付けばここへ戻ってきたけども・・

自分にはここ最近の記憶が何も無い
正確に言えば、一日一日経つ度に忘れていってるが正しい気もするのだろうが
何故か最初に覚えていたのは自分がここで目覚めて、傍で見つけた携帯に映り込んでいたツイッターの「噂」と宛先不明からの「DM」
そこには一言、こう書かれていた

「契約者様へ 返却期間が過ぎました
失われた記憶をお返ししますので是非一度当館までお越しください
夕日迫る館で、お待ちしています」

それを見た瞬間背筋にただならぬ冷汗を感じた
携帯を持つ手が、わからないほどに小刻みに震えていた 
そのDMは返信もできず暫くしたら消えてしまっていた
宛先不明で薄気味悪くて最初は考えない風にもしたが、
黙って待っていても記憶も何も自分には戻ってきやしなかった

その後はは不思議と頭がぼんやりしながら、隠れるように街を歩き続けた
まるで夢遊病者の様に切りも無く
頭の片隅で0な自分が存在していることに、失望と虚しい嘲笑と
どこかで歓喜していた
何故だろう 0になっている自分が心の何処かで怖いはずなのに
子供が玩具を買ってもらった様な、思春期の子供が大人の階段を上るような
自由を手に入れた気がした

でも、熱が徐々に冷める頃、ひどくさみしくなった憶えはある
まるで自分が悪魔にでもなったかの様な別人さに戸惑う
いや、記憶も何も無いのだ。過去の記憶も思い出せない。
自分が誰かなんて所詮自分ですらわからないのだから戸惑う意味ももはや無い事が恐ろしかった
過去も、名前も、記憶も、自分が誰かさえわからない
ただただ他人が怖かった

かろうじて助かったのは、一般教養や知識はあった事、そして驚いたのは
古くさい財布の中に金がぎっしりあったこと

薄汚れてはいたが小さな薄紅色の小さな小さな指輪と、顔の無い誰かの写真・・
その写真を見るのは何故か怖くて、薄紅色の指輪は見ていると不思議な気持ちに包まれた

最初の起きてからは暫く頭がパニクり、近くのコンビニにも行けなかったが
歩いている人たちを観察して、恐る恐る腹も減ったのでコンビニで買い物をした
そこで週刊誌に、携帯に移されていた事件が乗っていて詳しい噂の
内容を知ったのだった

警察に行くことも考えたのだが、その前に人に会うのが堪らなく怖くて
買い物もやっとだったし、
たとえ記憶を知る家族や友人に再会出来たとしても今の自分には
実感すら沸かないからこそ、警察に行くのも躊躇った。
自分を説明出来ない事になぜかむかむかしたんだ。
そして、警察署の前にいっただけでも酷くイライラした
・・それは何故なのか、今もわからない。


一息ついて、自分の姿を見た後に、錆び付いた酷く殺風景な廃屋を見渡す
今の自分はジャケットとチノパン、顔は・・う~ん幼く見えるなぁ
加えて寝ていないせいか、酷く顔色が悪い 
そこに殺風景な小屋なのだから余計に寂しさが募るのだから、やり切れない
なぜか夏だというのに部屋はうすら寒い 
なので、手持ち無沙汰にとりあえず携帯を見た・・
まだ充電は切れていないのだけど、もしかすると後数時間もすれば切れるかもしれないな
まぁ、何とか買っておいた乾電池式の充電器で暫くは代用できるだろうけど
問題はこれからだ

時間を見てみる
バグっているのか、ずっと同じ時刻で固まっている
今はまだ夕日が差す手前ちょい辺り・・じっとしてたいけど、何も手がかりがない以上
ここに立ちぼうけしてても始まらないか

仕方なく持っていたコンビニの袋を片手に、部屋を後にした

山道沿いをただあてもなく登り、歩く
だんだんと道が道じゃ無くなっているのは気のせいか?
うぅ・・どうやら気のせいじゃ無いらしい
戻ろうにも、かなり歩いた気もして、今更引き返そうにも手持ちの飲み水も尽きそうだし
足も痛い
どこかで休みたいのだが、足場も急になっていて、もはや引き返す事も出来ない
いっそ開けた場所まで出てから、行動を考えなきゃなと反省しかけた頃、
狭い道を掻い潜った先に道が開けた

―ここはどこなんだろう―
どうやってこんな道に出たんだろう
整然とした木々が並木道の様にはしっていて、薄汚れ壊れかけたレンガ模様で舗装された
道の上を、ゆっくり怖々と歩く
ふいに、蜜柑の香りが夏風に乗って漂ってきた気がして、妙にそれが懐かしくて
まるで夏が枯れるような、終わるような気にさせた。
僕はただ黙って立ち止まり、足下を見つめた。辺りを染め出した宵の闇に
目をしばたたせながら、あれ?もぅそんな時間だったのかと時計を見つめる
しまった・・。壊れてるんだっけ・・。
いいや、とりあえず歩こう
そうして自分は、ゆっくりと先へ歩いた。

暫く細い曲がり道をくねって行った先に、まるで元々はどこかの屋敷に続くみたいな
道の先に、似つかわしくない大きな館が見えた
そんなに大きい見た目じゃなさそうなんだけど・・。
門の眼前まで差し迫った時に、急に冷や汗がこめかみを翳め落ちて、地面に落ちた
ふいに、背中をゾクリとした悪寒が走る

大丈夫なのかな・・・ここ

今更になって、自分は引き返せない恐怖に飲まれそうになってきた
でも・・行くしか無いか・・どうせ記憶がない自分には居場所なんてない

門の近くの両脇に、草花に囲まれた二つの道がある
枯れた草木と対照的に、もう一方には、バラや彼岸花が生えていた
誰かが手入れしてるのか?でも、近くにも家の窓を見上げてみても、静謐さだけしか
感じられないから、まるで人がいない様に見える

両脇の道をついで、見やるが、何故か頭が急激に痛んだ

「いっ痛っ!?」

激しく眼下が軋んだ様に痛んだ 
ついで、猛烈な吐き気に襲われる
その場に倒れそうになりながらも、門前の前の手摺りの柵にしがみつく

(な、なんだったんだ今の・・急に)
「帰った方がいいのだろうか」
途方もない気持ちを察したかの様に、急に雨が降る
「つ、冷たっ」まるで冷水の様に冷えた雨が、急に振り付ける
仕方ない、・・俺は溜め息をついた
開きもしない頑丈そうな漆黒の扉をじっと見つめた後、観念して扉を叩いた

ゴンゴン
ゴンゴン

まるで悪魔の鐘の音というのだろうか・・
鳴らしてから気付くが、ドアノッカーは、蔦に絡まる悪魔の姿だった

大きな鉄の音を響かせてからも、急に心臓の鼓動が早鐘を打ち、不安に襲われた
館の主人になんて言おう・・雨宿りさせて・・というしかないか
取って食われなきゃいいけども・・

・・・・・・・
・・・・・・・

暫く待ったが、誰も出てくる気配も、気付いて近づいてくる音も無い
本当に聞こえているのだろうか?
それに、そもそもこんなへんぴな場所にある館自体かなりおかしいはず・・
元来た道を振り返ろうかと思案した時、どこかでチリンと音が聞こえた
そうしてそのすぐ後に、扉から
カチャ と音が響いた 
少し戸惑ったが意を決して、重たい扉から館内に入ってみた
重く不気味な音を出しながら、扉はゆっくりと開いた
一瞬躊躇った後、一歩を踏み出し、するりと扉をすり抜けて館内に足を踏み入れた

館内はひどく静寂が支配していた
まるで荘厳な屋敷とでもいうのだろうか 
微かにブルーライトに照らされてるかの様で入ってまず眼前に飛び込むのは
大きなホールから上に繋がる階段が両脇から伸びておりちょうど
部屋が幾つか見える


その上がってすぐの広い空間に、テラスにあるようなテーブルや椅子に
埃を被ってそうなビリヤード台に壁には外国製の高そうなダーツがかけられている
他にも綺麗な姿見や奥には美術品の絵画も壁に立てかけられていて
廃屋そうなのに、偉く威厳と異彩を今も尚、放っていた
まるで美術館(ミュージアム)みたいで幻想的なのだが、人がいないのか
灰かぶりが見れる

「す、すいませーん、誰かいませんかぁ」
「雨宿り・・したいのですが・・」コミュ障な自分の弱々しい声が空しく闇に消えた


誰も出てはこないし、自分以外、なんの音も聞こえない
(人・・住んでんのかな?)
近くにはかつて貴重だったと思わせるような革製のソファ
仕方ないので手で埃を払い、ちょこんと座らせてもらう

・・・ん?なんだろう
凄く座り込んだだけで、普通のソファの感触と違う事がわかった
なんだかお尻周りが優しく包まれた様な柔らかい感触
何故だか座った瞬間、ビビッと頭に電流が流れたみたく気持ちよかった
なんなのだろう・・自分が貧乏人だからなのだろうか?
なんだか不思議な座り心地だった

なんだか恥ずかしいやら申し訳ないやらな気持ちになったので
即座に腰を浮かす
今度は深呼吸をしてから、大きな声で呼びかけた

「すいませーーーん、誰かいませんか?」
・・・が、何度も試すがやはり何も反応は返らない

仕方ないので、一旦外に出ようかと扉に向かった時・・・
あれ?今度は開かない
嘘だ、なんで開かない?さっき入ってきたばかりだというのに
押しても引いても、まるで外側から押さえつけられたかの様に開かなかった
「こ、壊した・・のかな?どうしよう」
急に今立っている暗闇に、恐怖感が湧いて心細くなる すると
チリン チリン
微かに大気が震え、音がした
どこから鳴るのだろう?一応扉の傍に視線をやるが、別段何の変化がない
ん?
この小さな白い紐は?
どういう作りか知らないけど、紐が微弱に揺れている
その糸の先がどこかへ繋がっている
歩いて辿ると、壁に立て掛けてある箱の様な物に繋がり、その蓋を開けると
「うわぁ、凄いな」
中には、各種部屋名がありランプが付いている
どうやら・・これは、来訪を告げるインターフォン?みたいな電信装置か何かだろうか?
どういう作りなんだろう?なんだかおかしい不気味さが心に這い寄る

帰りたいが、帰る場所も帰り道も塞がれたんだし、もう進むしかない
機械を見ると、地下の監視室という部屋のランプが薄く点灯してる
監視室?嫌な名前だしよりによって付いた場所がそこかよ・・それに
電気が通ってる?じゃぁ、人が居るのでは?では何故誰も来ないのだろう?
ますます帰りたくなってきたが、依然、静寂だけが募っていく
ランプも消えそうに無い
仕方なく周りを見渡すとカウンターがある
電話はないか?そう思ったが見つからないので、しらみつぶし何かないか探す
すると、壁に見取り図が大きく貼られていた
大きい屋敷なんだなぁ。その地図を見ると、二階の他に三階もある
が、ここには一階から見える部分の張り紙しか見当たら無い
さっき見つけた監視室はどこか探すと、・・・あった!
今居るのが、カウンターだから・・

――ゾワッ―
一瞬、強い寒気に襲われる
どうやら、今自分のすぐ目の前の暗い通路
この一回脇の通路を奥まで行った先に、管理人室がある
その部屋内に監視室も兼ねてるのだろうか
でも、少しおかしくないかな・・ランプが静かに点滅を繰り返すままなのに
誰も気付いてる様子も無い
壊れてるのか、はたまた人はいないのか
胸がハラハラして、呼吸が浅くなるのを堪えながら、ゆっくりと薄暗い通路へ
恐る恐る足を伸ばす
緊張と冷や汗が背中を流れたのを感じながら、たどたどしい足取りで歩く
闇の中に命までもが吸い込まれそうな暗闇だった
蠢(うご)めく不安にただただ心までも飲まれて、押し潰されそうになる 
僅かに床の軋みを立てて奥へ進んだ
なんだろう?なんだか感覚全てが妙にざわざわしていく
慎重にゆっくりと暗い通路を歩く
どこかの部屋が拭き晒しに見えてて、白いカーテンが夏の月明かりに照らされて
涼しそうに靡いていた
何故か、寂しい気持ちになりながらも、奥へ進む
さっきの部屋も広くて殺風景な部屋だった
うぅ、壁になんか知らない人の絵がある
覗かれてる気分でひどくぞわぞわする・・着いた
ようやく奥の寒々しい薄汚れたドアの前に立つ
表記(ネームプレート)には管理人室/監視室 と書かれてあり、一呼吸つく
すると、、
ふいに、どこか階上の方からか、ガシャンと窓が割れる音と、何かが転がる大きな
音がした。鉄のノブを回そうとした手が強ばる
肩を震わせながら、なんとなく後方を恐る恐る確認して耳を澄ます
――ベチャ!?・・ズルズル・・ゴリゴリ・・ズッ・・ズッ ・・・何の音なんだ?
気持ち悪い音が響いた
だから暗闇に目をやるが何も見えない
ただ、この音は・・
誰か居るのか?
いや違う
なんだか嫌な気配がする
背筋が急激にざわざわした
声が枯れるような胸のざわつきに気づき、自分の肩を抱いた
すると
グシャッ!?ガラガラ
何かを潰した音が聞こえた後に、階段付近に何か大きな何かが落ちた音が
盛大に響いた
誰かいた、、っとほっとする前に、肩がわななき、後ろ手にドアノブを掴む
回そうとしたのに・・あれ?嘘だよね
・・・回らない!?

そうこうしてる間に、自分のはるか後ろから、何か動物の短い嗚咽が聞こえた気がした
何かでズガッズガッと、鈍い音で何かを叩く音が響いた

なんだ?

一体何が起きてる

向こう側で?

嘘だよね?おかしいよね?
確かに聞こえた
ヒィって短い音・・
それは悲鳴?
いやいやいや怖い怖いありえない
頭が電気が過剰に流れてパニックになる
さっきから鉄のノブを後ろ手に回そうとするがうまく回らない
そうだ、振り向いて開けば
そう思った矢先、
  ナ  ニ   カ    キ   ズ  カ  レ   タ

一瞬の静寂の後 ナニカの気配が
ズルズル引きずるように、足音が響く
その遅い足取りは急に、不自然なまでのリズミカルで軽佻な足音に変わる
やばいっ!瞬間的に体が拒否した
一心不乱に冷たくなったドアノブに手をかける
ガチャガチャ ガチャガチャ
ノブは応答してくれない 狂った様にその音は心臓に呼応する
ガチャガチャガチャ 乱暴に押したり引いたりする
それでも開かない 鍵がかかってるのか錆びてるのか開く素振りもない
開けよ!
そう思った矢先
               ーチョウダイー
耳元に、這い付く様なねっとりしたおぞましい声がした・・同時に甘美な匂いが微香する

気付けば、足音は止まっていて、膝から自分は崩れ落ちていた

暫くして目頭を冷たい涙が潤み落ちそうになる
肩の力も一気に脱力した
息を整る暇も無く、ただ脱力感と恐怖感がごちゃ混ぜで息が出来なくなる
苦しい・・苦しい・・
気付けば後ろも確認せずに、ただ懲りずにノブに手をかけた
カチャ
それはなめらかに開いた音がして、押してもいないのに扉が開いた
部屋の中薄ぼんやりとして、ほのかに紅い光が灯り支配していた
目をこらすが見えない・・
何故だか立とうとするが、腰にうまく力が入らずガクガクする

必死におぼつかない足取りで、薄闇の中を探り、奥へ向かった
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
開けなければよかったんだ

折れ曲がったナニカが宙ブラリンに浮いていた
必死でその間接部はくっつきたがっているのに、それは酷く剥がれそがれていた
見てはいけないものだった
赤黒く、生ぬるく、濁りきった眼
底がなく窪んだ死骸
そう、それは誰かに操られた陽気なパペット
赤い帽子を被り、力なくうなだれた生気の無い無慈悲な微笑み
全てが深紅で染まっていた
ただ、その奇妙な操り人形の死に顔の半分が妖しい程に生前の生気を無慈悲に放ち
狂った美彩を闇の中で放置していた
静かに・・ただ静かに微笑を濡らして・・少し離れた鏡で自分を見た
そして又、自分の顔も心も歪み、声にならない叫びをあげる
そこに映っていたはずの自分の顔が醜く削がれ、ぼやけ、溶けていた
顔無しの仮面の中に、はっきりとした憎悪に包まれた眼光がある
醜い生気を根こそぎ奪うような窪み・・溶けた瞳 恨みがましい狂気


後ろに誰かが立つ気配がした


恐ろしくて後ろすら振り向く余裕は無かった


そしてボトッと血なまぐさいナニカが目の前に転がった


ゆっくりと視界がスローに押し流されて瞬間、
何故か諦めた笑みが自分の顔を支配した
「チョウダイ」綺麗な声が頭を掠める
瞬間、体が丸ごとねじ切られていきながらも、その人形(死体)に手を伸ばす・・

吊っていた糸が切れた
死体の四肢が捻れて落ちた後、その先にナニカが飾られていた
まるで聖櫃に眠る聖女の様に、誰かが眠っていた

心がドクンと波打った後、視界は弾けた
無残にも自分が引き裂かれて行くのを感じていく


血が飛び散る
何度も何度も部屋の中に執拗に、乱暴に、凄惨に
それは・・
痛かった
辛かった
苦しかった
何度も何度もダレカに無造作にバラされた
死の感覚なんてないはずなのに、意識だけがソコで揺らめいていた
意識が途絶えかけた闇の中、最後に自分の首が、聖櫃の傍らに落ちた
光も闇も落ちぬ意識の先で、聖櫃の中の人形が笑った気がした
「オカエリナサイ」
何も聞こえなくなった自分の頭部を異形のダレカに掴まれ、
「イタダキマス」 狂った声で顔を引きちぎられて絶命した・・
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