ベテラン交渉人の失敗 3

文字数 516文字

「は? ふざけてんじゃねえ!」

橘は返答せずに、その小部屋の扉を背もたれにして座り込んだ。

「何があろうと、話すつもりもここから出るつもりも無い!」

犯人は続けて言い放った。

橘は持ってきた漫画本を広げて読み始めた。

沈黙が続く。

犯人の息づかいと被害者の震える息づかいが聞こえる。

漫画本を一冊読み終えた。

また違う漫画本を取りにいこうと立ち上がった。

その拍子に扉が、かたかたっと動いた。

「入ってきたら、この女を殺すからな!」

犯人は慌てて言う。

「いや、漫画本を取りに行くだけだよ」

橘は返した。

新たに漫画本を手に取り、再び扉を背もたれにして座った。

ひと気の無い漫画喫茶では漫画本のページを捲る音すら際立つ。

「橘さん、食事の用意が出来ました」

耳に付けていたイヤフォンに無線が流れた。

「やっと届いたか」

橘は立ち上がり、自動ドアから出る。

橘は菓子パンとペットボトルのミネラルウォーターが三つずつ入っているコンビニの袋を受け取る。

再び立て篭もる小部屋の前に立った。

「お前も食べるか?」

橘は犯人に言う。

「一人か?」

犯人は言う。

「ああ、一人だよ。店員の姉ちゃんもお腹空いただろうから渡したいんだけど」

「じゃあ、上から投げろ」

小部屋の扉は上部が僅かに開いている。
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