第45話 エピローグ

文字数 2,400文字

極秘扱
   未確認巨大浮体航行事件 報告書

 20XX年5月8日午後2時14分横須賀○地区にて海岸線から約400メートルのところに謎の浮体を確認。直径約四キロの楕円形の浮体は、沖へ向かい航行。
 無線に応答なし。
 海上自衛隊○○支部より小型船を派遣。スピーカーによる警告。

 同日午後2時45分中心に位置する高層建造物から砲撃。光学兵器か? 詳細不明。
 浮体の南西部分に直撃。損傷あり。浮体は大きく傾くも航行を続行。

※浮体について詳細情報入電※

 有限会社 霜月運輸 所有
 取締役社長 霜月耕三
 船名 ライジング・サン 神田造船製作
 船籍 パルマ共和国
 船長 霜月類(住民票および戸籍謄本確認できず)
 船長代理 葉月一草(住民票および戸籍謄本確認できず)
 海技免状保有者 神田奈月

 領海十二海里外にパルマ共和国の軍事警察所有の輸送用ヘリコプターを数台確認。これに対し、航空自衛隊より小型機2機スクランブル発進。警告。

 外務省筋より、浮体の乗船員四十三名がパルマ共和国に難民申請を行い受理された旨通告。委細不明。

 浮体について(有)霜月運輸に対して(株)トゥエルブ・ファクトリーズが引渡しを要求。
 受理、後日公海上にて引き渡された模様。

 トゥエルブ・ファクトリーズの報告と遺族の訴えにより、浮体内で邦人四十五名が死亡もしくは行方不明。
 トゥエルブ・ファクトリーズは警察の介入を拒否。政府側からの特例措置によって警察は介入を断念。遺族側は契約金の支払いによってこれに同意する模様。

以上





「重傷ではありますが、今のところ命に別状はありません」
 理央は医師の前にさしだしていたタブレットの文字をながめた。翻訳用のソフトを使用している。
 病室にはバイタルモニターの音が定期的に時を刻み、酸素吸入器の呼吸音がかすかにしていた。理央は点滴台を見た。今日は一本減っている。いい兆候だ。
「ただ、両腕の再生は難しいかもしれませんね。しかし悲観することはありません。あなたの義手、義足に使われている技術は、我々も大変興味があります。将来これを実用化することができれば、彼も生活に支障はなくなるでしょう」
「意識はいつ戻りますか」
 理央は自分の言葉を翻訳させて医師に画面を見せた。浅黒い肌をした異国の医師は、白い歯を見せた。
「脳圧検査の数値に問題がなければ、近いうちに眠らせるお薬はやめましょう。今までは本人の精神的な負担が心配でしたが。お姉さんがいらしてくれるなら、支えになってくれるでしょうし」
「I see.」
 理央は嬉しげに何度もうなずいた。そしてベッドに眠る弟の頬に触れた。

 夜風は心地よい風を送る。澪は小さなランタンを棒の先にぶらさげて、波打つ草原をあるいていた。
 幼い頃に見た、大きな切り株が見えてきた。側面にはぼうっと光る夜光性のキノコが階段のように生えている。側に立つポプラの大樹は、風に銀色の葉をひるがえすたびに優しい合唱を奏でる。
 切り株のテーブルのような切り口には、たくさんの絵本。澪はその中に「泣いた赤鬼」の絵本をみつけた。日本画めいた表紙絵を見て、急に泣きそうな気持ちになった。
 澪は切り株のまわりを注意深くまわりこむ。すると――
「ほら、やっぱりここだった」
 澪は得意げに声をあげた。視線の先には、草地に手足を投げ出してやすらかに眠っている青年の姿があった。そばに車椅子はない。ゆるやかなウェーブのついた髪が、草の一種のようにそよそよ揺れている。
 澪は灯りを置いて、彼のそばにひざまずいた。
「迎えにきたよ」
 胸に手を乗せて揺り起こす。
「類。全部終わったよ。もう起きて大丈夫だよ」
 う……小さなうなり声をあげて、青年は目を開けた。

 目を開けると、白い天井だった。
 類はそっと首を起こす。首も肩も長いこと同じ姿勢でいたためか、固まってしまったように上手く動かない。むりやり首を起こすと、ずきりと痛んだ。
 ベッドの上にいた。自分の右腕を澪が。左手を一草が。二人ともしっかりとつかんだまま白い木綿のカバーのかかった毛布につっぷして眠っていた。
「終わったのか」
 口に出して言ってみた。
 右手を握っていた澪が、目をこすりながら顔をあげた。
「おかえり、類」
 まだ眠そうな顔でほほえむ。
「ああ」
 もぞっ、と一草が肉厚の上半身を持ち上げた。
「ん。ああ。類、意識戻ったか」
「うん。二人をかなり待たせたのかな?」
 つとめてなんともないように言った。
「いいや。まだたっぷり寝てていいぜ。俺、立派に船長代行やったからな」
 一草は誇らしげに言って、ぎゅっと左手を握った。
「ああ。ちゃんと信じてた」
 そういう類の瞳から、ぽたりと安堵の涙がこぼれおちた。
 帰ってこられた。その事実だけで胸がいっぱいで、何も考えられなくなっていた。
(おかしいな。僕は頭脳派を自負してたのに)
「類、部屋の外でお父さんが待ってるから、俺呼んでくる。澪が類の心を呼びもどすのをずっと待ってたんだ」
 一草が扉の向こうに消えて、やがて入ってきたのは上等なスーツ姿の五十代の男性だった。
 懐かしい父親の姿だった。その顔つきは心労のためかひどくやつれている。その後ろには同じく五十代くらいの女性の姿。神田奈月社長の姿もあった。
 父の顔を見ただけで、類は頭の中がじーんとしびれたようになって、何も考えられなくなった。新しい涙がこみあげてくる。
「類、おかえり」
「父さん」
 それだけ言うのがやっとで、あとはただ涙を落とした。霜月耕三はさっきまで一草がいたベッドサイドにかがみこんだ。
 澪と神田社長、そして戻ってきた一草に暖かく見守られ、父子はかたく抱き合った。






引用文献・宮沢賢治「銀河鉄道の夜」
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