第4話
文字数 2,188文字
麻貴ちゃんの手料理に舌鼓を打った後、彼女へのプレゼント手渡しました。
本人からフォトフレームをリクエストされていましたので、小鳥好きな彼女の好みに合わせて、クリスタルの素材に、スチールで小枝や小鳥をあしらったデザインのものをチョイス。
とても気に入ってくれた様子で、プレゼントを置きに、私も彼女の部屋へ同行しました。最後にこの部屋へ入ったのは、中学三年生の時。必死で卒業試験のリハーサルをしていた頃でしたから、かれこれ12年ぶりです。
当時も今も、几帳面に整理された室内には、たくさんのプレゼントが並び、掛けられていた純白のウェディングドレスに釘付けになった私。
「素敵~! これ、麻貴ちゃんが選んだの?」
「うちのお母さんと、竜太郎さんと、彼のお義母さんの4人で見に行ったんだけど、どれも素敵で選べなくて、最後には多数決で決めたの。いい加減でしょ~?」
「ううん、麻貴ちゃんによく似合いそうだわ! でも、こうして実物のウェディングドレスを見ると、実感が湧いてくるわね」
「それがね~、まだあんまり実感が湧いてないんだよね~」
そう言いながら、可笑しそうに笑う麻貴ちゃん。さっき手渡したフォトフレームを大切そうに並べる彼女に、みんなが抱いている心配を投げかけてみました。
「聞いていい? 竜太郎さんのお義母さんは、優しい?」
「うん、凄く優しくて、いろいろと気を遣ってくれてる」
「お義祖母ちゃんはどう? 優しくしてくれてる?」
「うん、優しいよ」
「嫌なこと言われたりしてない?」
その言葉に、少し困ったような顔で、唇に笑みを浮かべた麻貴ちゃん。
幼いころから、他人の悪口を言えない彼女の、それがイエスのサインであることを知っている私は、彼女が答えやすいように質問を続けました。
「麻貴ちゃんのやり方に、もっとハイレベルなリクエストをしたり?」
「そうだね~」
「リクエストされたら、どうするの?」
「お義祖母ちゃんのご要望に応える努力をするだけだよ」
「そっか。でも、大変じゃない?」
すると、麻貴ちゃんは小さく浮かべた唇の笑みをきゅっと結ぶと、今度は満面の笑顔で、こう答えたのです。
「リクエストに応えられたときね、すごく嬉しそうに笑うお義祖母ちゃんの顔を見ると、こっちまで嬉しくなっちゃうんだよね」
それを聞いた瞬間、一気に胸の不安が消え去った気がしました。
おそらく、大姑は若女将さんにしたように、まだ嫁いでもいない麻貴ちゃんにも、かなりきつく当たったことがあったのでしょう。普通の感覚なら、まず耐えられなかったと思います。でも、麻貴ちゃんが普通と違うのはその辺り。
小学生のとき、彼女を揶揄った悪ガキたちを、完膚なきまでに叩きのめした(主に精神的に)私たち。
私は、物心ついたころから、自己中で気分屋の母親から自分自身を守るために、相手の心理、特に『喜怒哀楽』を見透かすことが出来る特技を身に付けており、本人が一番恐れる、あるいは傷つく言葉で、制裁を加えていました。
ところが、麻貴ちゃんは苛められた相手にも、自分の何がいけないのかを地道に工夫しながら、ストライクど真ん中にアプローチして行くような子でしたから、悪ガキたちも、やがて彼女の虜になって行ったのです。
大姑も、そんなふうにハートを掴まれた一人だったのでしょう。イエスマンしか相手にしなかった大姑にとって、親以外で自分を受け入れてくれる初めての存在だったのかも知れません。
何より、麻貴ちゃん自身がそれをストレスに感じるのではなく、喜びとして受け入れているのですから、抱いていた心配など、まったくもって杞憂だったのだと思い知らされた私。
帰宅後、心配していた旧友たちにその旨を伝えると、ホッとひと安心したようで、後は結婚式当日を待つばかりです。
麻貴ちゃん夫婦の新居は、本店に隣接する実家の敷地内に建築中で、新婚旅行から帰ったらすぐに新生活を始められるよう、着々と準備が進んでいました。
パーティーなどの公式な場を除き、麻貴ちゃんが直接お店に関わることはせず、自分たち夫婦の家事一切と、義家族の食事の支度が彼女のお仕事になります。
母屋には、家事と大姑のお世話をするために、何人もお手伝いさんがいましたが、味の好みにうるさい大姑の口に合うお料理が出来る人がおらず、麻貴ちゃんに大きな期待が掛かっていました。
そのために、母屋のキッチンも彼女の使い勝手が良いようにリフォーム済みで、すでに週に一度はお料理を作りに通っていて、大姑も麻貴ちゃんが来るのを心待ちにしているのだとか。
お料理以外は、特に大姑のお相手はしなくても良いといわれていましたが、自ら楽しんで接している麻貴ちゃんに、これまで散々苦しめられてきた女将さんはじめ周囲の人たちにとって、まさに救世主現るでした。
何より、夫になる竜太郎さんに至っては、すでに麻貴ちゃんにベタ惚れ。
当初抱いていたハンディキャップに対する不安も、実際に会ってみると特に問題は感じられず、むしろ繊細な気遣いや優しい雰囲気に瞬殺され、3度目のデートで彼女以外にパートナーはあり得ないと確信したといいます。
それまで、自他ともにマザコン気質だと認めていた竜太郎さんも、今では麻貴ちゃんが最優先。ママのことなど二の次という変貌ぶりに、両親や友人たちからは『遅れてやって来た反抗期』と揶揄われる始末です。
本人からフォトフレームをリクエストされていましたので、小鳥好きな彼女の好みに合わせて、クリスタルの素材に、スチールで小枝や小鳥をあしらったデザインのものをチョイス。
とても気に入ってくれた様子で、プレゼントを置きに、私も彼女の部屋へ同行しました。最後にこの部屋へ入ったのは、中学三年生の時。必死で卒業試験のリハーサルをしていた頃でしたから、かれこれ12年ぶりです。
当時も今も、几帳面に整理された室内には、たくさんのプレゼントが並び、掛けられていた純白のウェディングドレスに釘付けになった私。
「素敵~! これ、麻貴ちゃんが選んだの?」
「うちのお母さんと、竜太郎さんと、彼のお義母さんの4人で見に行ったんだけど、どれも素敵で選べなくて、最後には多数決で決めたの。いい加減でしょ~?」
「ううん、麻貴ちゃんによく似合いそうだわ! でも、こうして実物のウェディングドレスを見ると、実感が湧いてくるわね」
「それがね~、まだあんまり実感が湧いてないんだよね~」
そう言いながら、可笑しそうに笑う麻貴ちゃん。さっき手渡したフォトフレームを大切そうに並べる彼女に、みんなが抱いている心配を投げかけてみました。
「聞いていい? 竜太郎さんのお義母さんは、優しい?」
「うん、凄く優しくて、いろいろと気を遣ってくれてる」
「お義祖母ちゃんはどう? 優しくしてくれてる?」
「うん、優しいよ」
「嫌なこと言われたりしてない?」
その言葉に、少し困ったような顔で、唇に笑みを浮かべた麻貴ちゃん。
幼いころから、他人の悪口を言えない彼女の、それがイエスのサインであることを知っている私は、彼女が答えやすいように質問を続けました。
「麻貴ちゃんのやり方に、もっとハイレベルなリクエストをしたり?」
「そうだね~」
「リクエストされたら、どうするの?」
「お義祖母ちゃんのご要望に応える努力をするだけだよ」
「そっか。でも、大変じゃない?」
すると、麻貴ちゃんは小さく浮かべた唇の笑みをきゅっと結ぶと、今度は満面の笑顔で、こう答えたのです。
「リクエストに応えられたときね、すごく嬉しそうに笑うお義祖母ちゃんの顔を見ると、こっちまで嬉しくなっちゃうんだよね」
それを聞いた瞬間、一気に胸の不安が消え去った気がしました。
おそらく、大姑は若女将さんにしたように、まだ嫁いでもいない麻貴ちゃんにも、かなりきつく当たったことがあったのでしょう。普通の感覚なら、まず耐えられなかったと思います。でも、麻貴ちゃんが普通と違うのはその辺り。
小学生のとき、彼女を揶揄った悪ガキたちを、完膚なきまでに叩きのめした(主に精神的に)私たち。
私は、物心ついたころから、自己中で気分屋の母親から自分自身を守るために、相手の心理、特に『喜怒哀楽』を見透かすことが出来る特技を身に付けており、本人が一番恐れる、あるいは傷つく言葉で、制裁を加えていました。
ところが、麻貴ちゃんは苛められた相手にも、自分の何がいけないのかを地道に工夫しながら、ストライクど真ん中にアプローチして行くような子でしたから、悪ガキたちも、やがて彼女の虜になって行ったのです。
大姑も、そんなふうにハートを掴まれた一人だったのでしょう。イエスマンしか相手にしなかった大姑にとって、親以外で自分を受け入れてくれる初めての存在だったのかも知れません。
何より、麻貴ちゃん自身がそれをストレスに感じるのではなく、喜びとして受け入れているのですから、抱いていた心配など、まったくもって杞憂だったのだと思い知らされた私。
帰宅後、心配していた旧友たちにその旨を伝えると、ホッとひと安心したようで、後は結婚式当日を待つばかりです。
麻貴ちゃん夫婦の新居は、本店に隣接する実家の敷地内に建築中で、新婚旅行から帰ったらすぐに新生活を始められるよう、着々と準備が進んでいました。
パーティーなどの公式な場を除き、麻貴ちゃんが直接お店に関わることはせず、自分たち夫婦の家事一切と、義家族の食事の支度が彼女のお仕事になります。
母屋には、家事と大姑のお世話をするために、何人もお手伝いさんがいましたが、味の好みにうるさい大姑の口に合うお料理が出来る人がおらず、麻貴ちゃんに大きな期待が掛かっていました。
そのために、母屋のキッチンも彼女の使い勝手が良いようにリフォーム済みで、すでに週に一度はお料理を作りに通っていて、大姑も麻貴ちゃんが来るのを心待ちにしているのだとか。
お料理以外は、特に大姑のお相手はしなくても良いといわれていましたが、自ら楽しんで接している麻貴ちゃんに、これまで散々苦しめられてきた女将さんはじめ周囲の人たちにとって、まさに救世主現るでした。
何より、夫になる竜太郎さんに至っては、すでに麻貴ちゃんにベタ惚れ。
当初抱いていたハンディキャップに対する不安も、実際に会ってみると特に問題は感じられず、むしろ繊細な気遣いや優しい雰囲気に瞬殺され、3度目のデートで彼女以外にパートナーはあり得ないと確信したといいます。
それまで、自他ともにマザコン気質だと認めていた竜太郎さんも、今では麻貴ちゃんが最優先。ママのことなど二の次という変貌ぶりに、両親や友人たちからは『遅れてやって来た反抗期』と揶揄われる始末です。