第2話 Dr.ハルセの苦悩
文字数 2,197文字
自分の気力が戻っていないことは自分が一番よくわかっていて一番恐怖に感じていることだ。
実際に今回の患者回復のニュースは全国的に報道され、ハルセを知らない人をも驚かせた。
おかげでこれまでのある領域での有名人枠を超えて、ハルセの名は知られることとなった。
今より良い条件でウチで働かないか?というオファーや講演依頼は殺到した。
結果を出し、世間にも認められ、この上なく喜ばしいはずなのに、
心の底では何故か冷めた目で見ている自分に気づいている。
特に周りが喜んでくれる分、余計に自分との感じ方の落差に戸惑ってしまう。
常にイライラし、緊張しているのがよくわかる。にもかかわらず、ふとした時にぼーっとしてしまう。
頭や体が重い。気分が晴れない。
忙しく働くことや、上を目指すために邁進することには慣れているが、
休むことはほとんどしてこなかった。
だから「休め」という言葉を掛けられると
そんなに自分はダメなのかと必要以上に否定的に受け取ってしまう。
うまくいかない壁にぶつかることには正直慣れている。
医療や治療は一筋縄ではいかない。
この患者にうまくいった方法でも別の患者ではまったく効果がないこともザラだ。
だからこそいつも真摯に患者に向き合いうまくいく方法を探し当ててきた。
うまくいかなければうまくいく方法を考えればいい。調べればいい。
しかし、今回はそれが通用しない。
うまくいかなかったわけではなく、うまくいったのに自分の調子が上がらないのだ。
やりたいのにやれない。
そのくやしさからにじむイラつきは、ついつい周囲にぶつけてしまう。
うまくやりたいはずなのに。
八方塞がり
これが今のハルセの状態だ。
この男の名前はイノウ
ハルセの同期で医局入局以来ずっと一緒に働いてきた同志でもある。
真面目一辺倒のハルセとは違い、イノウは、腕は良いが気さくで要領がいい。
すぐに自分ひとりで問題を抱え込んでしまう性格のハルセにとって
追い込まれたときにイノウの軽口に何度も救われてきた。
正反対のハルセとイノウだが、なぜだかウマが合いこれまでお互いうまくやって来た。
イノウはハルセの不調に気づいていた。
イノウは当時からハルセが患者にのめりこんでいることに危機感を抱いていた。
ハルセはいつも患者に真摯に向き合うが今回ばかりは常道を逸していた。
しかし、その声はハルセには届かなかった。
誰も患者を理解しようとできない中でハルセだけが必死だった。
あの患者が助かったのは奇跡としか言いようがなく、
イノウは、その奇跡はハルセが起こしたんじゃないかとは思っている。
ハルセの熱心さに刺激され、周りのスタッフもだんだん治療にのめりこんでいった。
あの時の患者に関わったスタッフは不思議に恐ろしいほどの一体感に包まれていた。
世間でどう思われている人間か。
自分がこの患者についてどう思うか。
そんなことはどうでもいい。
ただただ、自分たちの仕事の手を止めなかった。
医師、看護師、コメディカルそれぞれの第一線が担当として集められ、患者の回復に寄与した。
誰もが何かもっと良い方法はないかと考え、話し合い、行動した。
その神がかった上昇志向は、お互いを尊敬し、尊重することにつながった。
小さなことでも上手くいけばみんなで喜び、共有し、連帯感はさらに強まった。
スタッフ全員で手をつなぎ進んでいっているような感覚はそれぞれが随所で感じ取れた。
難局をひとつひとつ乗り越えれば乗り越えるほどその空気感は、場を高揚させ、
連帯感はより一層強まった。
スタッフたちの士気が上がれば上がるほど、ハルセへの信頼感もまし、のしかかる重圧はより強まっていった。
ハルセは、この道の専門だからというプライドがあった。
上手くいっているときには最悪の状態をシュミレーションし、難局に差し掛かればまた新たな一手を考えた。
常に緊張した状態で一息つく暇などなかった。
ハルセはやり切った。
医師として人間として
本当に精いっぱいにやり切った。