朝から自称子孫とバトル!

文字数 2,197文字

「朝か……」
 目を覚ませば昨日までと同じ、平凡だが平和な日々が――、
「……始まるはずなのに」
 背中に温もり。そして、お腹に手を回されて、うしろから抱きつかれている。
「えーと……」
 首を動かして、背中にぴったりと張り付いている温もりを確認すると、間違いなく昨日の悪夢の主だった。
「……ついに俺は二次元の世界に逝ってしまったのか……?」
 魔法を使えるようになった覚えはない。有名な都市伝説である「三十歳まで童貞なら魔法が使える」説には該当しない。年齢が。
「童貞なら余裕でクリアだがな!」
 そして、童貞である俺には、現在の状況は過酷である。
 柔らかすぎる女の子の体。背中にあたっているふたつの膨らみは……そりゃあ当然、胸だろう。うん。この場所に別の部位があったら、ホラーだ。
「う~ん……んにゅんにゅ、おなかすいたよぉ……」
 来未(仮)の寝言に心臓が止まりそうになった。だが、幸か不幸か、目が覚めてはいないようだ。
 お、落ち着け、末広新次(しんじ)、十七歳……童貞。……うしろの自称子孫を起こさないように、細心の注意を払って、現状から脱出するんだ……!
 しかし、現実はいつだって残酷だ。
 来未の両手はしっかりと俺のことを抱き締めている。
「手を外すのは無理か。ならば……」
 俺はずりずりと体を下の方にずらしてゆき、脱出を試みようとした。
「う~ん……ごはんっ!」
 来未はこちらを炊飯器と勘違いしているのか、しっかりと俺を捕まえて離さない。
 くううっ……どこまで食い意地が張ってやがるんだ、こいつは……!
 十七年の人生において、未だかつてないピンチだった。
 ……落ち着け。まずは相手を知ることだ。己を知って、相手を知れば、百戦しても危うからずって、じっちゃんが言ってた……。
 眠りが深いようなら、多少強引に抜け出しても大丈夫なはずだ。
 そう考えて、俺は振り向いて来未の顔を観察した。
「くー」
 無邪気な寝顔を晒している……が、思ったより顔が近い。近すぎる。息がかかるぐらいの距離だ。
 ま、まずい……。
 急にドキドキしてきてしまった。胸の鼓動が高まって、苦しくなる。
 自称子孫とはいえ、あまりにも美少女すぎる。そして、柔らかい感触と肌の体温。……童貞の俺には過酷すぎる試練だった。
 俺は、紳士だ。紳士たるもの、こんなことで動揺してはいかん……!
 だが、いつだって現実は残酷だった。
 不幸が俺を襲った。
 ……来未の瞳が、ゆっくりと開かれたのだ。
「んにゃ……?」
「んにょ……?」
 思わず、来未に合わせて寝ぼけ語を口にする。
「――っ!?
 来未は目を大きく目を見開いて、言葉にならない悲鳴を上げた。
「ち、違う! 話せばわかる!」
 慌てて俺は誤解を解きにかかった。だが、
「け、けだものぉー!」
「ごはぁあぁあーっ!?
 来未は俺に頭突きを食らわせると、布団の上に立ち上がって、ファイティングポーズをとった。
「……い、いくらあたしがかわいいからって、子孫に向かって何してくれちゃってるのよ、この、ばか先祖! けだもの先祖! ゴミクズ先祖!」
「ば、ばかやろうっ! お、俺は無実だ潔白だっ! お前が勝手に布団の中に入ってきたんだろぉおっ!?
 体が熱くなるのを感じた。顔は沸騰するかと思うぐらいに真っ赤だ。こんな不名誉な誤解は、絶対に解かないといけない。それこそ、婦女子の寝こみを襲った疑惑なんてかけられたら、末代までの恥だ。
「う、嘘っ!」
「本当だっての! 朝から心臓に悪い思いをさせやがって! おかげで寿命が三十年は縮んだわっ!」
 来未は頭に手をやると考え込んだ。
「……う~ん、言われてみると、床が冷たいから、布団のあるところに移動したような気がしないでもないような……」
「まったく、人をなんだと思ってんだ」
「だめな先祖」
 即答で貶められた。
「やっぱり本当に悪夢でも幻聴幻覚のたぐいではないのか、これは……」
 目が覚めたら、なかったことになってると思ったのに……。まさか、こんな意味不明なことが俺の身に降りかかるとは……。
 俺は眩暈を覚えた。もう一度、寝直して、平凡だが平和だったあの頃(約一日前)に帰りたい。
「だから何度も言ってるのに~! あたしは未来から来た子孫なのっ!」
「百京歩譲って、仮にそうだとして、だ。……お前はなにしに来たんだ?」
「暇つぶし」
「帰れ」
 俺は即答で玄関を指差した。
「な、なんでよっ! せっかく子孫が遊びに来たんだから歓迎しなさいよ! パーティーとか開いちゃいなさいよ! 記念日にして毎年祝いなさいよ!」
「ああもう嫌だ、こんな三次元……」
 いつだって三次元は思いどおりにならない。俺の心を追い詰める。
「……って、あんた、時間は大丈夫なの? 学校」
 来未は置き時計を指差した。時刻は八時十二分を経過中……あ、もう十三分になる。
「あうっ! 遅刻する!」
 急がないと完全にアウトだ。
「……って、俺の朝飯がねぇっ! 食パンすらねぇ!」
 犯人は目の前で下手な口笛を吹いている来未だ。
「ちっ! お前、俺が帰ってくるまでにいなくなってろよ! わかったな!」
「気が向いたらね」
 もうこんな意味不明な事象にかまってられない。俺は鞄をとって靴を履くと、一目散に走り出した。
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登場人物紹介

末広新次……一次落選を連発するワナビ。高校二年生。

末広来未……未来からやって来た子孫を自称する少女

蔵前明日菜……常に高次まで原稿が残るハイワナビ。高校一年生。

妻恋希望……文芸部部長。高校三年生。

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