第1話
文字数 3,187文字
僕のねーちゃんは、僕のことが嫌いだ。
いや、もしかしたら、ねーちゃんには僕が見えてないんじゃないかと思うときがある。
声も聞こえてないんじゃないかと思うときがある。
父さんと母さんにはちゃんと僕が見えているのに、なんでねーちゃんだけ見えてないんだろ。
だから僕は大きな声を出す。
ここにいるよ!
こっち見てよ!
隣合ってるねーちゃんの部屋の方の壁に、ボールをバンバンぶつける。
そしたらねーちゃんは「タケル、うるさい!」って言う。
ほら、こうしたらねーちゃんには僕が見えるんだろ。
家にいたらうるさいって言われて公園に行った。
小さな子はみんなお母さんかお父さんと一緒。
友達だって一人じゃなく、お兄ちゃんやお姉ちゃんと一緒に遊んでたりもする。
僕は小学生になってからお父さんやお母さんと公園に来たことがあったかな。
ねーちゃんとなんて1回もない。
ねーちゃんは僕より10歳も大きくて、気がついたら高校生になってて、小学生の頃のねーちゃんを、僕は知らない。
いつもは友達の誰かを誘って遊びに行くけど、最近は違うんだ。
今度体育で鉄棒のテストがあるから、僕は毎日密かに逆上がりの練習をしている。
1度もできたことのないのは、クラスで僕を入れてあと3人だ。
みんなに見つからないように、いつもより遠い公園まで1人で行く。
日曜は朝から練習しに行こうと思ってたのに、その日になって、母さんが急に言った。
「お母さん、今日1日出かけないとならないから、タケル、お姉ちゃんと家でお留守番してて」
「ええ~っ!?出かけるってどこにさ!何で急に言うの!僕だって外に用事があるんだよ!」
「お姉ちゃんにはお願いしてあるから!」
大切なことはいつもみんな僕にだけ話さないんだ。
「い、や、だ!外に出たいー!」
「いやじゃないの!お姉ちゃんとお留守番してよ!お土産買ってくるから!」
お土産とかの問題じゃないんだ!
「じゃー…公園なら連れてってもいいよ」
ねーちゃんが言った。
公園に行けるならまあ…文句はない。
それよりねーちゃんが僕を公園に連れてってくれるなんて初めてのことで、ちょっと嬉しかった。
けど、ねーちゃんの言う「公園」は、うちから1番近い公園だ。
ねーちゃんはちょっと離れた日陰のベンチに座ってた。
やっぱり遊んでくれたりするつもりはないよね。
誰かが来るかもしれないと思いながらも、僕は1人で逆上がりの練習を始めた。
何度やっても腕が伸びて、全然回るところまでいけない。
熱中してて気がつかなかったけど、後ろからかけられた声に、僕はちょっとびくっとした。
「おー、タケル!何してんの」
こいつらはクラスのいじわるな3人組だ。
嫌なヤツらに見つかっちゃったな。
「…別に」
3人は僕の隣で簡単そうに逆上がりをし始めた。
どうしよう、やめよっかな。でも今やめたら…。
「タケル、やんないの?」
僕が逆上がりできないって知ってるくせに、やっぱ嫌なヤツ。
「あ、タケル、できないんじゃなかった?」
「えっ!逆上がりできないの?だっせー!」
悔しいけれど本当のことだし、僕は黙っていた。
早くどっか行ってくんないかな。
そう思ってたら、後ろから誰かの影が見えて、振り返ると、ねーちゃんがいた。
ねーちゃんは僕らには届かない1番高い鉄棒のところで、逆上がりをした。
逆上がりした後、着地しないでそのまま見たことのない回り方をした後、そこから飛んで降りた。
僕はびっくりした。
「すげー!」
あいつらが全員驚いて言った。
「ねーちゃん、すげー!」
僕も言った。
あいつらが「えっ?タケルの姉ちゃんなの?」とこっちを見た。
「そーだよ、タケルの姉ちゃんだよ」
ねーちゃんが言った。
「タケルのねーちゃんかっけー!」
あいつらが言って、僕はちょっと得意になった。
でも本当はあいつらが言ったことよりも、ねーちゃんが、「タケルの姉ちゃんだよ」と言ってくれたことの方が嬉しかった。
それからあいつらはねーちゃんのマネをして鉄棒の練習を始めたから、僕もまた逆上がりの練習を始めた。
お昼くらいになって僕らは家に帰ることにした。
逆上がりはできなかったけど、僕はそれほどがっかりしなかった。
帰り道は、行く時よりもなんだかねーちゃんが近くに感じた。
僕の今まで知らなかったねーちゃんを見たからだ。あんなに鉄棒ができるなんて知らなかったし、それから、すごくかっこいい。
僕のねーちゃんは、かっこいい!
昼ごはんを食べた後は、いつも通り僕は僕の部屋、ねーちゃんは隣の自分部屋でそれぞれ過ごした。
今日はボールをぶつけたりしようとは思わなかった。
今日のねーちゃんには僕の声がちゃんと聞こえてるみたいだから。
本当はもっと一緒に遊びたいなあって思ったけど、急に遊ぼうなんて、ねーちゃんと何して遊べばいいのかわかんなくて、僕はいろいろ考えてた。
ボールはやらないだろうな、いつも怒られてるし。ゲーム?意外と上手かったりして。何のゲームが好きかな…そんなこと考えてたらいつの間にかちょっと眠っちゃってた。
「タケル。夕飯、コンビニのやつでいい?」
ねーちゃんが僕の部屋のドアを開けて言った。
「いーよ」
「じゃ、そろそろ買いに行こう」
「うん」
1日に2人で2回も外に出たことはなかった。
僕もねーちゃんもいつもみたいに何もしゃべらず、コンビニへ向かった。
だから、いつも通りのねーちゃんに戻っちゃったな、と僕は思った。
さっきの公園には、もう誰もいなかった。
公園を通りすぎようとした時、急にねーちゃんが立ち止まって言った。
「やってみる?もっかい。逆上がり」
僕はすっごくびっくりして、すっごく嬉しかった。
「え?…うん」
鉄棒に向かいながら、僕は思いきって言ってみることにした。
「あのさ。もっかい見せて。ねーちゃんの逆上がり」
こんな時、ねーちゃんに僕の声は聞こえない。
しつこく言ったら「うるさい」とか「嫌だ」って言われる。
けど、今日のねーちゃんなら、もしかしたら。
「…いーよ」
僕はなんでかわかんないけど、ちょっと涙が出そうなくらい嬉しかった。
ねーちゃんはまた、逆上がりしてクルクル回ってジャンプした。
「うわー、やっぱすげー!ねーちゃん!」
やっぱ、かっこいい!
「タケルもやってみ」
ねーちゃんが言って、僕も練習を始めた。
今度はねーちゃんが教えてくれた。
支えて回らせてくれたりもした。
手が痛かったけれど、そんなことよりも嬉しかった。
だけどやっぱりできなくて、気がついたら手にはマメがいっぱいできてた。
空にはいつの間にか満月が見えていた。
すっごく綺麗で、魔法でも使えそうな光だ。
「そろそろ帰ろっか」
ねーちゃんが言った。
「うん」
「…頑張ったじゃん」
ねーちゃんが生まれて初めて僕を褒めてくれた。
僕はもう一度、ねーちゃんに思いきって言ってみることにした。
「うん…ねーちゃん」
「何?」
「また今度逆上がり教えて」
いつものねーちゃんに戻っていませんように。
「…いーよ」
僕らは並んで帰りかけ、「あっ、ごはん!」と二人で言って笑ってコンビニへ向かった。
僕は月を見ながら思った。
この満月はもしかしたらねーちゃんに魔法をかけたんじゃないか。
今日1日、明るくて見えてなかった時からずっと。
だって、あのねーちゃんが僕に逆上がりを教えてくれるなんて。
怒りもしないで何度も何度も教えてくれて、まるで僕の味方みたいだった。
その次の日には、ねーちゃんは元に戻った。
だから僕もまたねーちゃんの部屋の方の壁にボールをぶつける毎日に戻った。
僕のこと、思い出してよ!
「タケル!うるさいってばっ!」
「じゃあ静かにするから後で一緒に公園いこ」
あの日の満月はやっぱり魔法をかけてくれたんだと思う。
だってあの日から、ねーちゃんには僕の声が時々聞こえるようになったみたいなんだ。
「いいよ、もうちょっとしたらね」
おまけに3回に1回くらいはちょっと笑ってくれる。
それは、僕にとって逆上がりができるようになる魔法よりも、ずっとずっと、いい魔法だ。
いや、もしかしたら、ねーちゃんには僕が見えてないんじゃないかと思うときがある。
声も聞こえてないんじゃないかと思うときがある。
父さんと母さんにはちゃんと僕が見えているのに、なんでねーちゃんだけ見えてないんだろ。
だから僕は大きな声を出す。
ここにいるよ!
こっち見てよ!
隣合ってるねーちゃんの部屋の方の壁に、ボールをバンバンぶつける。
そしたらねーちゃんは「タケル、うるさい!」って言う。
ほら、こうしたらねーちゃんには僕が見えるんだろ。
家にいたらうるさいって言われて公園に行った。
小さな子はみんなお母さんかお父さんと一緒。
友達だって一人じゃなく、お兄ちゃんやお姉ちゃんと一緒に遊んでたりもする。
僕は小学生になってからお父さんやお母さんと公園に来たことがあったかな。
ねーちゃんとなんて1回もない。
ねーちゃんは僕より10歳も大きくて、気がついたら高校生になってて、小学生の頃のねーちゃんを、僕は知らない。
いつもは友達の誰かを誘って遊びに行くけど、最近は違うんだ。
今度体育で鉄棒のテストがあるから、僕は毎日密かに逆上がりの練習をしている。
1度もできたことのないのは、クラスで僕を入れてあと3人だ。
みんなに見つからないように、いつもより遠い公園まで1人で行く。
日曜は朝から練習しに行こうと思ってたのに、その日になって、母さんが急に言った。
「お母さん、今日1日出かけないとならないから、タケル、お姉ちゃんと家でお留守番してて」
「ええ~っ!?出かけるってどこにさ!何で急に言うの!僕だって外に用事があるんだよ!」
「お姉ちゃんにはお願いしてあるから!」
大切なことはいつもみんな僕にだけ話さないんだ。
「い、や、だ!外に出たいー!」
「いやじゃないの!お姉ちゃんとお留守番してよ!お土産買ってくるから!」
お土産とかの問題じゃないんだ!
「じゃー…公園なら連れてってもいいよ」
ねーちゃんが言った。
公園に行けるならまあ…文句はない。
それよりねーちゃんが僕を公園に連れてってくれるなんて初めてのことで、ちょっと嬉しかった。
けど、ねーちゃんの言う「公園」は、うちから1番近い公園だ。
ねーちゃんはちょっと離れた日陰のベンチに座ってた。
やっぱり遊んでくれたりするつもりはないよね。
誰かが来るかもしれないと思いながらも、僕は1人で逆上がりの練習を始めた。
何度やっても腕が伸びて、全然回るところまでいけない。
熱中してて気がつかなかったけど、後ろからかけられた声に、僕はちょっとびくっとした。
「おー、タケル!何してんの」
こいつらはクラスのいじわるな3人組だ。
嫌なヤツらに見つかっちゃったな。
「…別に」
3人は僕の隣で簡単そうに逆上がりをし始めた。
どうしよう、やめよっかな。でも今やめたら…。
「タケル、やんないの?」
僕が逆上がりできないって知ってるくせに、やっぱ嫌なヤツ。
「あ、タケル、できないんじゃなかった?」
「えっ!逆上がりできないの?だっせー!」
悔しいけれど本当のことだし、僕は黙っていた。
早くどっか行ってくんないかな。
そう思ってたら、後ろから誰かの影が見えて、振り返ると、ねーちゃんがいた。
ねーちゃんは僕らには届かない1番高い鉄棒のところで、逆上がりをした。
逆上がりした後、着地しないでそのまま見たことのない回り方をした後、そこから飛んで降りた。
僕はびっくりした。
「すげー!」
あいつらが全員驚いて言った。
「ねーちゃん、すげー!」
僕も言った。
あいつらが「えっ?タケルの姉ちゃんなの?」とこっちを見た。
「そーだよ、タケルの姉ちゃんだよ」
ねーちゃんが言った。
「タケルのねーちゃんかっけー!」
あいつらが言って、僕はちょっと得意になった。
でも本当はあいつらが言ったことよりも、ねーちゃんが、「タケルの姉ちゃんだよ」と言ってくれたことの方が嬉しかった。
それからあいつらはねーちゃんのマネをして鉄棒の練習を始めたから、僕もまた逆上がりの練習を始めた。
お昼くらいになって僕らは家に帰ることにした。
逆上がりはできなかったけど、僕はそれほどがっかりしなかった。
帰り道は、行く時よりもなんだかねーちゃんが近くに感じた。
僕の今まで知らなかったねーちゃんを見たからだ。あんなに鉄棒ができるなんて知らなかったし、それから、すごくかっこいい。
僕のねーちゃんは、かっこいい!
昼ごはんを食べた後は、いつも通り僕は僕の部屋、ねーちゃんは隣の自分部屋でそれぞれ過ごした。
今日はボールをぶつけたりしようとは思わなかった。
今日のねーちゃんには僕の声がちゃんと聞こえてるみたいだから。
本当はもっと一緒に遊びたいなあって思ったけど、急に遊ぼうなんて、ねーちゃんと何して遊べばいいのかわかんなくて、僕はいろいろ考えてた。
ボールはやらないだろうな、いつも怒られてるし。ゲーム?意外と上手かったりして。何のゲームが好きかな…そんなこと考えてたらいつの間にかちょっと眠っちゃってた。
「タケル。夕飯、コンビニのやつでいい?」
ねーちゃんが僕の部屋のドアを開けて言った。
「いーよ」
「じゃ、そろそろ買いに行こう」
「うん」
1日に2人で2回も外に出たことはなかった。
僕もねーちゃんもいつもみたいに何もしゃべらず、コンビニへ向かった。
だから、いつも通りのねーちゃんに戻っちゃったな、と僕は思った。
さっきの公園には、もう誰もいなかった。
公園を通りすぎようとした時、急にねーちゃんが立ち止まって言った。
「やってみる?もっかい。逆上がり」
僕はすっごくびっくりして、すっごく嬉しかった。
「え?…うん」
鉄棒に向かいながら、僕は思いきって言ってみることにした。
「あのさ。もっかい見せて。ねーちゃんの逆上がり」
こんな時、ねーちゃんに僕の声は聞こえない。
しつこく言ったら「うるさい」とか「嫌だ」って言われる。
けど、今日のねーちゃんなら、もしかしたら。
「…いーよ」
僕はなんでかわかんないけど、ちょっと涙が出そうなくらい嬉しかった。
ねーちゃんはまた、逆上がりしてクルクル回ってジャンプした。
「うわー、やっぱすげー!ねーちゃん!」
やっぱ、かっこいい!
「タケルもやってみ」
ねーちゃんが言って、僕も練習を始めた。
今度はねーちゃんが教えてくれた。
支えて回らせてくれたりもした。
手が痛かったけれど、そんなことよりも嬉しかった。
だけどやっぱりできなくて、気がついたら手にはマメがいっぱいできてた。
空にはいつの間にか満月が見えていた。
すっごく綺麗で、魔法でも使えそうな光だ。
「そろそろ帰ろっか」
ねーちゃんが言った。
「うん」
「…頑張ったじゃん」
ねーちゃんが生まれて初めて僕を褒めてくれた。
僕はもう一度、ねーちゃんに思いきって言ってみることにした。
「うん…ねーちゃん」
「何?」
「また今度逆上がり教えて」
いつものねーちゃんに戻っていませんように。
「…いーよ」
僕らは並んで帰りかけ、「あっ、ごはん!」と二人で言って笑ってコンビニへ向かった。
僕は月を見ながら思った。
この満月はもしかしたらねーちゃんに魔法をかけたんじゃないか。
今日1日、明るくて見えてなかった時からずっと。
だって、あのねーちゃんが僕に逆上がりを教えてくれるなんて。
怒りもしないで何度も何度も教えてくれて、まるで僕の味方みたいだった。
その次の日には、ねーちゃんは元に戻った。
だから僕もまたねーちゃんの部屋の方の壁にボールをぶつける毎日に戻った。
僕のこと、思い出してよ!
「タケル!うるさいってばっ!」
「じゃあ静かにするから後で一緒に公園いこ」
あの日の満月はやっぱり魔法をかけてくれたんだと思う。
だってあの日から、ねーちゃんには僕の声が時々聞こえるようになったみたいなんだ。
「いいよ、もうちょっとしたらね」
おまけに3回に1回くらいはちょっと笑ってくれる。
それは、僕にとって逆上がりができるようになる魔法よりも、ずっとずっと、いい魔法だ。