ドンジャラ放浪記

文字数 1,390文字

 「(ホー)」と呼ばれる捨て牌を置くエリアには、既に「ハヤオ少年」の牌は4つ切られており、親のエツヒコが「タカノ家あがり」で待ってはいないと踏んだ。ここで親に和了(アガ)られるのは厳しい。「タカノ家あがり」も親なら6万ソニックである。勝負に出るなら今だと思った。
 
 誰かの親が倉庫に眠っていた年代物の「ソニックマン・ドンジャラ」を児童館に寄贈すると、児童館の空気は殺気だったものになった。なぜならがガキ大将でいじめっ子のゴトウくんを、ガリ勉だったエツヒコが完膚なきまでに叩き付けて勝ってしまったからだ。幼稚園のころから長らくの「弱者」と「強者」が入れ替わった瞬間だった。
 勢いに乗ったエツヒコは、ゴトウくんの子分たちのみならず、4年生じゅうの男子から勝利を納め、ドンジャラ王座として君臨するようになった。再戦を申し込んだゴトウくんは半端な知識で「燕返し」というイカサマをしたため、エツヒコに見破られ、ガキ大将としての信頼は地に落ちた。
 最初のころは友人のエツヒコの快進撃を素直に喜んでいた俺だったが、そうも言ってられなくなった。去年のバレンタインデーにチョコをくれたユリカちゃんが、ゴトウくんを倒してからというもの、エツヒコが好きになったという噂を聞いたからだ。
 なぜエツヒコなのだ、エツヒコなら俺でも良いはずだ。ドンジャラがなければエツヒコは単なるひ弱なガリベンではないか。ならばドンジャラでエツヒコに勝つほか無い。そうした思いに駆られた俺は、必死になって真田広之の映画から片山まさゆきのマンガまで麻雀の勉強をした。

 改めて河を見直し、「コンコルド博士」や「ソラミちゃん」の牌が切られているのを確認する。スジから言って、間違いなく安い手だろう。読み切ったと感じた俺は、「ソニックマン」の牌を切る。
「ロン。タカノ家あがり」
 放銃した瞬間しまったと思った。エツヒコの和了(アガリ)をみると「ハヤオ少年」の代わりに「ソニックマント」があった。「ソニックマン・ドンジャラ」では、「ソニックマント」はオールマイティであり、オールマイティ牌があるのは麻雀とドンジャラが大きく異なる点だった。麻雀の打ち筋を研究し過ぎて、忘れていた視点だった。
 震えながらソニックチップを渡す。エツヒコが八重歯を見せてヒヒヒと笑うと、
「色気をだすから」
 と小馬鹿にした口調で言ってきた。エツヒコがちらりと児童館の奥を見ると、視線の先にユリカちゃんが静かに読書をしていた。エツヒコは俺の目的を知っていたのだ。
 頭に血がぼりそうになったが、ここでそうしてしまえばヤツの術中にまんまと嵌る。気を静めようと、1本場の洗牌に集中した。自分の中で一度ユリカちゃんという存在を「無」の部分に追いやろうと努めながら、見たことのないアニメのキャラの牌を混ぜた。
 

 児童館の片隅でドンジャラに興じる男子たちを、ユリカは静かに見つめていた。卓を囲む4人全員に感じたのは、「なぜ男子はこうも馬鹿なのか」という、冷めた感想だった。
 ゲームだけでヒエラルキーだのイカサマだの騒ぎ立て、その勝敗で女子に見栄を張ろうとする、その態度にあきれにも近い感情を抱いた。そしてこの男女の隔たりは、長く自分という女性の前に横たわっているのだろうと、予感めいたものをなんとなくで胸に感じた。男子たちの白熱をよそに、手元の『アルジャーノンに花束を』の続きのページをめくっていった。
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